『放課後、兄さんに荷物届けに行くから』

クライサの学校に行く、と。
レイからメールがあったのは、朝、HR前のことだった。

「クライサちゃん、帰りにスタバ寄らない?」

「ごめん、先約あるんだ!また誘って」

待ちに待つこと七時間。掃除当番を終わらせるなり鞄をひっ掴み、駆け出した背中にかかる友達の声に手を上げて教室を出る。ほどよく混み合った廊下の同学年生たちの間を駆け抜け、向かうは二階、化学準備室。
以前、最上段から飛び降りるところを目撃され、リオ・エックスフィート教諭にグーでぶん殴られた階段を、それ以来更正された通りに二段飛ばしで降りる(もちろん、リオ先生は普通に一段ずつ降りろと告げたのだが、クライサがしつこく三段飛ばしを続けたため、二段で譲歩という形になった。その時のやり取りは伝説として、無駄に全校生徒に知れ渡っている)。
ちょうど階段を上がっているところの友人と踊場ですれ違いざま挨拶を交わし、左側通行を守った足は、勢いを殺さぬまま二段飛ばしで残り半分を降りきる。二階。あとは北棟にある目的地までの短い距離を駆け抜けるだけだ。

「ぅわった!」

「っと」

にやけそうになる顔を引き締めながら足を踏み出した途端、今まさに曲がろうとしていた角から進んできたらしい人にぶつかりかけた。危ない危ない。急制動をかけ、よろめいたクライサは、しかし無様に転げるような真似はしない。即座に右足を後方に出して、上体を傾けたままながら完璧にバランスを取ってみせる。
普通教室は四階から下に学年が上がっていくつくりだから、二階には職員室のほか、三年の教室が並んでいる。昨年から上級生男子と頻繁に喧嘩してはうっかり勝ってしまうことで有名なクライサでも、こんなところで余計な火種を生むつもりはない。特に、大事な用がある今だ、余計な時間はかけたくない。即座に謝ろうと顔を上げた時、視界に入った見慣れた顔に「げ」と知らず声が零れていた。

「副会長」
「姫」

我らが生徒会副会長様、リオン・アサヌマ。さして動じた様子のない(リアクションの薄すぎる)茶眼が見下ろしてくる。その副会長様が口にした呼び名に、クライサは苦虫を噛み潰した。訂正してやりたいが、無視したい気持ちも相当なもんだ。

「ねぇ、君、他校生だよね?それ、○○高の制服でしょ」

もっと言えば、ここで会ったが百年目、今日こそ地獄の入り口へ強制送還してやる、な気分だが、何しろ彼に関わっている時間が勿体無い。ここはスルーが吉、と既に道を空けてくれている副会長の脇を通り過ぎようとした時、何だか心当たりのある台詞が聞こえて、声のしたほうへ目を向けた。

「重そうだね。手伝おうか?」

「どこ行くの?君、ちょいちょいこのガッコ来てるよね」

視界の端で副会長様も同じ方向を見ているのが確認出来た。三年の普通教室の前で、セーラー服姿の少女が二人の男子生徒に絡まれている。話しかけられている?いや、絡まれている。他校の生徒が珍しいのはわかるが、遠巻きに眺めているだけならいざ知らず、絡みにかかるとは何事だ。それもレイに。舌打ちしたクライサの横で、リオンが溜め息を吐く。
こちらの学校より一時間授業が少なかったらしいレイは、自校の制服のまま、それなりに多い荷物を持って、化学準備室へ向かうところだった。前方を塞ぐようにして話しかけてくる男子共に目もくれず、迷惑そうに歪むでもない顔を遠目に眺めて、まぁクールビューティー、なんてクライサがときめいている暇などない。

「…………野郎…」

なに馴れ馴れしくレイに話しかけてやがんだコンチクショウ。近い。近いんだよ馬鹿、あと五キロは距離をとれ。あ、テメェ、触ったな?今レイの肩触りやがったな?
イライラムカムカギリギリギリ。胃のあたりがぐるぐるしてきたのを感じながら、一歩、また一歩と足を踏み出す。目が合ったレイの、無表情に近かった顔が、微かに明るくなるのを見て、ニコリと微笑んだ。

「ちょっと。その子、あたしの友達なんで。ちょっかいかけんのやめてくんない?」

上級生がなんだ。レイに害なすものは皆虫ケラじゃ。不機嫌を隠さぬ低い声音で告げれば、男子二人が牙を剥く。

「ああ?」

「…なんだ、白雪姫じゃねぇか」

とっても気に食わない呼び方をされた上に鼻で笑われた。先程のリオンなんかよりよっぽど腹が立つ。カチンときたと同時に出そうになった右手を、背後で左手が掴んで止める。こんな場所で喧嘩する気はないっす。とはいえ、よく耐えたあたし。
しかし相手はそんなことお構いなしなようで、片方がこちらの胸倉を掴んできた。ああ、ワイシャツをそんな掴み方したら皺が寄る。リボンも歪むし。

「そういや俺ら、お前には借りがあんだよな?」

「そうそう。だからちっと顔貸してくれよ。あ、なんならこっちの子も一緒にさ」

どうやらこの二人、以前クライサと殴り合いの喧嘩をした上で見事にボロ負けしたグループのメンバーだったらしい。だが残念、全く記憶にない。逆上されても面倒なので黙っていたが、態度に出たらしくあっさり沸点越えした。面倒な。っていうか時間、勿体無い。
だがもう一方の生徒がレイの肩に腕を回した時、いよいよ色んなものがブチ切れた。

「先輩、ガキ相手に大人げないっすよ」

けれど、握り締めた拳を目の前の男の顔面に叩き込む前に、声の主の手が割り込んできた。胸倉を掴む彼の手首を掴み、……多分かなりの力を加えている。ギリギリ音が聞こえてきそうで、若干憐れみかけたクライサの目前から、胸倉を放した手が引いていく。
脇に立つ彼を見上げれば、今の今まで存在を忘れていた、副会長様。

「げ、アサヌマ……」

え、ちょっと何その反応。
クライサと同時にリオンの姿をみとめた男子たちが、途端に尻尾を垂らした。リオンはといえば、特に威圧感もろ出しにしているわけでもなく、いつものようなリアクションの読み取りづらい無表情を彼らに向けているだけ。それとも何か、彼らにはクライサに見えない何かが見えているのだろうか。

「先輩方も、こんな時期にこんなとこで問題起こしたかないでしょう。進路決まってても、決まってなくても」

「う……け、けどさぁ…」

「この場は流してくださいよ。ほら、先生方にまで話広まっちゃうと面倒だし」

「…いや、それでもこのままガキにナメられたままってのは…」

「生徒会室すぐそこだし、うだうだやってると、ギャラリーに会長が加わっちゃうかもしれないですけど」

「失礼しましたーっ!!!!」

脱兎。
背中を見送れない速度で駆けていった彼らに、ぽかんと口が開く。けれどすぐに我に返り、手際良くレイの荷物のほとんどを取り上げているリオンに振り返った。

「なにアレ!ねぇ何したの副会長!?」

「虎の威を借っただけ」

「は?」

「生徒会長閣下を敵に回したい奴はいないってこと」

「…………は?」

「化学準備室でいいんだよな?さっき入ってくの見たし、多分いると思うけど、あの人」

「あ、うん。ごめん、お願い」

「ほら、行くぞー姫」

「それやめ…っていうか、なんでアンタまで来ようとしてんの!?ナチュラルに!!」

「あ」

「え、何、レイ?」

「こんにちは、クライサ」

「…………うん、こんにちは」

「(本当面白いな、この二人…)」







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