「ラブコメのにおいがする」

化学薬品の匂いとコーヒーの香りくらいしかしないだろうに、化学準備室の扉を開けたクライサはクロフォードの姿を見つけるなりそう言った。

「また唐突だな。君の辞書に『脈絡』という文字はないのか」

「うん、ないのかも。そのうち買い換えるよ」

ちょうどコーヒーを淹れていたクロフォードは、棚から新しくカップをもう一つ取り出し、客に出す茶を用意してやる(化学準備室とはいえコーヒーメーカーくらいは置いてある。それを初めて見た時クライサは、そこはビーカーにアルコールランプだろう、と怒っていたが知ったことではない)。

「またアイツだよ…絶対アイツだよ副会長!きっとまたアイツが、あたしの知らない間にあたしのレイと、あたしの許可もなくラブコメしたんだ…」

「なんでそう思う?」

「第六感?なんかそう感じた」

「…君のレイ好きには、本当に感心したくなるな」

本来クロフォードの定位置である席に腰を下ろし、持参したカバンから可愛らしいラッピングの大きなハート型をした箱を取り出した。机に寄りかかっていたクロフォードは、差し出されたそれを受け取り、上下に開く形になっている箱の蓋を持ち上げる。ムラもなく綺麗な色をした茶色のチョコレートに、でかでかとホワイトチョコのペンで書かれた『義理』の文字。わざわざハート型にしてくるところに性格が出ているのだろう。

「ラブコメ反対。ラブコメだめ、絶対。アイドントウォントラブコメ」

「おかしいな。君、英語S判定だったろう」

「ね、クロ先生何か知ってるでしょ!」

「知ってたとして、教えると思うかい?」

「思うよ。だって、教えたほうが絶対面白くなるもん」

鋭いな、と笑いながらチョコを置き、かわりにコーヒーカップを持ち上げる。確かに、アレは教えてやった方が後々面白いことになりそうだが、口止め料をいただいてしまったあの少年がへそを曲げかねない。

「…お返しはショートケーキをご所望かい?」

「…………。特別おいしいのね」

義理チョコの賄賂をなかったことにしてやれば、意を察したクライサは溜め息を吐いて頷いた。

「そんなに気になるなら、レイに直接聞けばいいだろう。どうせ後で会う約束でもしているんだろ?」

「そうだけど……ダメだよ」

どうして。問うクロフォードに、クライサの俯きがちな視線が更に下を向く。

「だって、レイを困らせる。あたしは、あの副会長のこと、どうしたって気に食わないから、アイツのことをレイと話す時も責める口調になっちゃうんだ」

本人を相手にするならまだいい。だけどレイとの話題に出てきた時は、このモヤモヤした思いをぶつける相手がいないため、レイに当たってしまうようになるのだ。そのたびに彼女が困ったように笑うのを見て、何をしているんだと自責の念に駆られる。
ただでさえ先日、バレンタインのチョコについて彼の話をした際、こちらの我が儘を押し付けたのだ(チョコを渡すなと直接言ったわけではないがあれでは同義だ)。

「なら、解決方法はひとつしかないな」

「え?」

「レイに聞けないなら、もう片方がいるだろう」

「……急用が出来た。またね、クロ先生。お返し楽しみにしてるから」

途端に据わった目をしたクライサが席を立つ。こちらの返答も待たずに退室していく背中にグッドラックと声をかけ、乱暴に閉まった扉に肩を竦めた。
この時間なら生徒会室にいるだろうと予測される副会長なら、あの狩人の目をした少女相手でも心配はないだろう。

「……あの二人がくっついたらどうする気なんだろうな、あいつは」

本当に、見ていて飽きない子どもたちだ。





【H24/03/08】



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