制服の上から厚手のコートをしっかり着込み、毛足の長いマフラーを首にぐるぐると巻きつけて。手袋をしている筈の両手はさらにコートのポケットに突っ込んで、それでもしゃんと伸びた、寒がりな彼の背中。

「リオン」

最近漸く、少しだけ慣れてきた彼の名を呼べば、鼻の頭を赤くした少年が振り返った。寒さに弱い彼の足を止めないよう、小走りに駆けて隣に並ぶ。

「ちょうど良かった。お店に行こうかと思ってたんだ」

「ちょうど…ってことは、俺に用事?」

「そう。今日学校だったの?日曜だし、クライサには休みだって聞いてたけど」

「いや、休みだよ。俺は生徒会の仕事があっただけ」

「そっか」

2月12日。親友から聞いていたのと同じく、レイの学校も休みにあたる日曜日である。
受験シーズン真っ只中の今も、一年生ほど気楽に構えてはいられないが、三年生ほど切羽詰まる必要もない二年生である彼らにとっては、普通に有り難い休日だ。学年末の試験にもまだ時間があるし、それを証明するように、親友はバスケ部の友人の頼みで助っ人として大会に参加しているらしい(上機嫌そうなメールが数日前に届いた)。

さて、本題である。
学校も休みで、親友と遊ぶ約束をしていたわけでもないレイが、ここまでやってきたのにはもちろんわけがある。俺に用事、と問うたリオンは正しく、レイは彼に渡すものがあったのだ。先に連絡をしていなかったため、彼の自宅でもある喫茶店に赴き、もし本人が留守であればマスターに預けようかとも思っていたのだが、途中で会えたとなれば運がいい。

「それで、用って?」

ちょうど問うてきたリオンに頷いて、肩に掛けたトートバッグに目を落とす。手帳やポーチをよけて伸ばした手に、簡単にラッピングされた袋が触れた。

2月12日。つまりは明後日が、女子にも男子にも大事なイベント、バレンタインデーである。
当然、レイはクライサと手作りチョコを渡し合おうと話していたのだが、その時に親友のほうから質問されてしまったのだ。あの副会長には渡すのか、と。そしてレイが答える前に、彼女はとても爽やかな笑顔を見せて、こう言った。

『レイがアイツに渡すなら、あたしも渡すよ』

……そんな脅迫めいた宣言をされては、渡すなどと言えはしない(殺してやる、と顔に書いてあった)。
それでも、レイとしてはリオンはいつも世話になっている相手である。出来ればチョコを渡したいと、悪いとは思いつつもクライサには内緒で、こうして当日より早めに会いに来たというわけだ。

(クライサ、怒るかなぁ)

騙したようで申し訳ない。後で話すべきだろうか、いや、それで彼女がまたリオンに当たるようなら、今度はリオンに申し訳ない。だけどーーいや、まずはこれを渡してしまわねば。
巡り続けそうな思考を振り払い、袋をバッグから取り出そうとした時、

「レイ」

唐突に左肩を掴まれ、リオンのほうへと引き寄せられた。
抱き寄せるようなその行動、途端に接近した距離に何事かと問う間もなく、レイの脇を猛スピードの車が通り過ぎていく。危ねぇな、とリオンが短く呟いた時には既に体は離れていて、彼の行動の意味を、レイは遅まきながら理解した。
さり気なく彼の右手側に移動させられており、車道側に立ったリオンは、何事もなかったように前を向き、歩き出す。

「…?どうした?」

一歩半ほど進んで、レイが歩みを止めたままであることに気付き、足を止める。首を傾げたリオンに、レイは咄嗟に答えることが出来ず、掴んだ筈の袋を放してバッグを肩に掛け直した。

「ん…と、ごめん、用事思い出した」

「え、俺に用って…」

「ううん、もう大丈夫。また何かあったらメールするから」

「?…ああ」

踵を返し、来た道を駆け出したレイは、リオンの目が見られなかった。

(我ながら、苦しい言い訳だったかな)

挙動不審に見られてしまっただろうか。少なくとも不自然ではあったろう。気にしないでいてくれると有り難いのだが。

(……あ)

駆けながら、思い出す。
礼を言えなかったこと、チョコを渡せなかったこと、それから。

(名前……初めて呼ばれた)







自宅である喫茶店の戸を開けると、定位置にいる筈の兄の姿はなく、かわりにカウンターの指定席に座る見慣れた男に『おかえり』と告げられた。
まさか『ただいま』と返せるわけもなく、他に客の姿がないことを確かめてから、カウンターテーブルにカバンを置き、椅子に腰掛けながらマフラーと手袋を外す。この様子だと、兄は奥の物置だ。

「まったく、若いというのはいいものだな」

一息つく間もなくそんなことを言われ、ふたつ席を空けた向こうにいるクロフォードを横目で睨んだ。……まったく、いつから見られていたのやら。

「うるさいな。…我ながらベタだったって思ってるんだよ」

溜め息混じりに告げれば、また小さく笑った気配を感じる。何を言っても彼に口で勝てる気はしないので、いつだってリオンは口を噤むしかない。
寒さだけでない理由で赤くなった目元を、ぐいと乱暴に擦り上げる。

「さて、どこかの誰かにウケそうな話だが」

完全に面白がっている口ぶりの男に目を向ければ、空になった中身を見せるようにカップを持ち上げられ、溜め息を吐きながら席を立つ。コートと制服の上着を脱ぎ、ワイシャツの袖を捲りながらクロフォードの差し出したカップを受け取った。

「兄貴の淹れるやつほど美味くないからな」

「君の淹れるものも好まれているということだよ」

ついでにチョコレートパフェまで頼んでくる男に、リオンは肩を竦めて応じるしかなかった。







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