「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは、マスター。これ、兄さんから」
若い女性が出入りするようなカフェには程遠いが、シンプルながらそれなりにお洒落な喫茶店。
人通りの少ない路地の目立たぬ場所にあるせいか客は少ないが、ここの珈琲その他はまだ十代の小娘である彼女らでも、絶品だということがわかる。
ここのマスターと知り合いらしき、レイが兄と呼ぶ親戚の男が、彼女と親友の少女をこの店に連れて来てくれたのは、つい三週間前のことだ。
どういった経緯で知り合ったのかは知らないが、ロイと名乗った彼は、親友の姉であるレベッカとも友人関係にあるらしい。
「ああ、ありがとう。珈琲でいいかな?」
「うん。お願いします」
クロフォードに届け物を頼まれることがあり、親友とも二、三度はここに来ているが、まだ『通う』と言うほどではない。
しかし、落ち着いた雰囲気で満たされているからだろうか、レイはこの店が気に入っていた。
「今日は友達は一緒じゃないんだね」
「ああ、クライサはまだ学校。バスケ部に助っ人頼まれたんだって」
「なるほど」
出されたカップを右手で持ち、揺れる水面をぼんやりと眺めていると、背後でカラカラと音がした。扉に取り付けられている、小さなベルの音だ。
客が入ってきたのだろう、と特に気にも留めずにいたのだが、カウンター席に座る自分の横に気配を感じて顔を上げる。そして、見上げた先にいた人物に、目を見開いた。
「よ。最近よく会うな」
あの、茶髪の少年だった。
親友の通う学校の制服を身に纏い、鞄を肩から提げているリオンがそこにいた。
ニコリと微笑んだ彼に、本当にね、と笑みを返す。
「こんな店に来るとは思わなかったよ。ここ、若い客向けじゃないし」
珍しそうに見下ろしてくるので、そっちこそ、と言い返してやろうかと思ったが、それより早くマスターが口を開いた。
おかえり、と。
「……?」
「ただいま、兄貴」
「着替えたら下りて来なさい。少し手伝ってくれ」
「はぁ?また?」
「君に会いたがっている客もいるんだよ」
「…はいはい、わかったよ」
「……えーと、」
状況の理解に遅れて首を捻ると、店の奥に足を向けていたリオンが振り返った。その振る舞いは明らかに、この場に慣れた者のそれだ。
「つまり、ここは兄貴の店であり、俺の家だってこと」
「……だよね」
親友と一緒に来るのは、なるべく避けようと思った。
世間って狭いもんだ
(似てない兄弟…)