痛む足を引き摺りがちにのろのろと歩き、目的地に着くとノックもせずに扉を開く。
失礼しまーす、と間延びした挨拶を口にしながらそこにいる筈の人間を捜すが、室内にいたのは目的の人物と同じ色をした髪を携えた、しかし性別からして全く違う化学教師だった。

「あれ、クロ先生って保健の先生だったっけ」

「ああ。知らなかったのか?」

「真顔で冗談言うのやめてよ、先生が言うとホントっぽいから。リザ先生いないの?」

「急用で外してる。昼休み頃には戻るらしい」

「それで、クロ先生がそれまで留守番してるってことか」

「まあ、そんなところだね」

厚めの専門書を片手に主不在の部屋で寛いでいるクロフォードに言葉を返しながら、部屋の隅に置かれた棚の引き出しを開けた。
運動部の男子と喧嘩をしたり素行の悪い先輩男子と(略)で度々保健室にはお世話になっているので、包帯やら湿布やらがどこに置かれているのかは把握している。

「なんだ、怪我でもしたか?」

「ん?今の時間体育で、外でサッカーやってたんだけどさ、考え事しながら参加してたらちょっとミスって足捻っちゃって」

「あれ、君のクラスか。で、どんな考え事を?」

「どこぞの副会長を闇討ちする方法とか」

湿布を一枚取り出して、クロフォードのいる机のそばに置かれた椅子に腰を下ろすと、彼が立ち上がってこちらに手を差し出した。その意を読み取って湿布を渡せば、空いているほうの手で靴下を脱いだ左足首に触れてくる。
確かめるように肌を押す指に一瞬眉を寄せると、そこを中心になるように湿布を貼られた。今度は痛みでなく冷たさに顔をしかめる。

「そんなにあいつがレイに近付くのが嫌か」

「当たり前。あたしのレイに手ぇ出す奴は地獄に落とす」

「レイに好きな男が出来たらどうするんだ?」

貼られた湿布の上から足首を数度摩ってから、靴下と靴を履き直し立ち上がる。礼は言わなかったが、彼も気にした様子は無さそうだ。

「うーん、そんなこと考えたくもないけど……そうだなぁ、その時はあたし、クロ先生を好きになろうかな」

「ははは。君が相手に困ったのなら、考えてやろう」

「そうならないよう頑張るよ」

互いに冗談とも本気ともつかないような口調で交わして、クライサはひらひらと手を振りながら部屋を出ていった。クロフォードは扉が閉まるまでその背を見送り、足音が遠退いてからまた口を開く。

「あいつは手強いぞ」

「……別に」

返った声は少年のものだった。
部屋の奥に設置されたベッドから体を起こした茶髪の彼は、乱暴な動作で薄いカーテンを開けて床に足を下ろす。
少年と目を合わせた男が、にぃと笑った。

「……なんだよ」

「若いって素晴らしいなと思ってね」

「なんだそりゃ」





保健室でのニアミス
(軍配はどちらに?)







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