「マスタングの妹か。噂はよく耳にしてるよ、クライサ・リミスク」
「そりゃどーも。どうせロクな噂じゃないだろうけどね」
『氷の錬金術師』の関わる噂と言えば、テロ組織を潰したとか、反軍組織のアジトを破壊したとか、そんな内容のものばかりだ。
不本意ながら、小さな暴れ馬だの暴走列車だのと妙なあだ名も付けられてしまっている。
それらが全て、自分の行動が招いた結果だとはわかりたくないが、既に理解済みだから仕方ない。
「つーか准将、こんなとこで何してんの?仕事は?」
「怖いもの知らずだな。初対面の将軍相手にタメ口か」
「こんな小さなことで怒るような人間じゃないと判断したから」
「それは褒め言葉?」
「もちろんですともさ」
廊下のど真ん中を陣取っていては通行の邪魔だからと、人が通るのを妨げないぐらいの空間を作ってやるべく隅に移動する。
お互い挨拶だけで済ませようとしたのに、何となく会話を楽しむような流れになってきた。ま、別に急いでるわけじゃないから構わないけど。
「そういうお前は仕事か?わざわざイーストからご苦労なことだな」
「話のそらし方が微妙ですぜ。ズバリさぼりの真っ最中でしょ、准将」
「……さすが、常習犯の妹兼補佐官は違うな」
強気な彼女の態度にクロフォードは少し困ったように笑うが、実際のところそれほど困ってもいないのだろうと、クライサは何となく気付いた。
何だろう、この感覚は。
彼がとにかくエドワードに似てるから、というだけじゃない。
自分の奥まで見透かされていそうな、それでいて自らの秘めるものは一切漏らそうとしない、そんな双眸に言葉が紡げなくなる。
ふと、彼がクライサから視線を外した。
小柄な少女を見下ろしていた目が、彼女の後方に向けられている。その視線を追って漸く、この廊下で立ち止まっている自分たち以外の存在に気が付いた。
「リオン」
クライサの背後にいたのは、彼女と共に中央に来ていたリオン・アサヌマ少尉(私服)だった。
足を止めクロフォードを凝視している少年は、初めて彼と出会った瞬間のクライサと同じように大きく目を見開いて固まっている。
「エドワードがでっかくなった……!!」
彼の口から発せられたのは、クライサたちの予想通りの言葉だった。