彼女の身を貫かんとしていた爪はおろか、肩ごとその前足は床に転がった。斬り落とされたのだ。イルミナの持つ剣によって。
「『どうして』?」
彼女のでも、男のものでもない幼い声。イルミナの表情が僅かに安堵に弛む。
「アンタ、錬金術師でしょ。分からない?ダイヤモンドは元は炭素なんだよ」
上体を起こした少女は口元を歪めた。楽しげに笑うその表情は、さながら悪戯が成功した子供のようだ。
それと対照的に男はハッと目を見開いている。どうやら、クライサの発言の意図するところに気付いたらしい。
炭素は原子同士の結合の度合いにより、鉛筆の芯のように脆いものからダイヤモンドのように頑丈なものまで、固さが変わる。
そう、
「あたしが氷錬成しか出来ないと思わないでよね」
先程の一瞬でクライサは、合成獣の表皮のダイヤモンドの成分である炭素の結合を、極端に弱いものにしたのだ。
「くっ…だったら僕がまた結合を強くすれば…!」
「あら。そんなこと、この私がさせると思う?」
男が高い天井を見上げれば、そこには人影。合成獣の足、肩、背を足場にその真上に跳んだイルミナの影である。その手には勿論、愛用の剣。
「やっ…やめろぉぉおッ!!」
男の声に耳を貸す筈もなく。
「イルミナさん、思う存分やっちゃって」
「もちろんよ」
巨大な合成獣は、見る影もなく斬り刻まれた。
「…僕の…僕の合成獣……最高傑作が…」
うわ言のように繰り返す男。その視線の先に、先程までの巨体は無い。怒りに満ちたイルミナによって、それはいくつもの、ただの肉塊になってしまった。
「クラちゃん!しっかりしなさい!!」
クライサはといえば、イルミナの雄姿を最後まで見ることなく意識を飛ばしてしまった。その怪我を思えば無理もないが。体を抱き上げ揺らしても、一向に目を覚ます気配はない。
「く…くく…」
不気味な笑い声が聞こえたと思うと、呆然と座り込んでいた男が出口に向かい歩き出していた。
「あ!こら、待ちなさい!!」
「はっはー!!地下にある爆弾で吹き飛ばしてやる!お前らなんて死んじまえ!!」