今日は、この西本願寺から少し離れたところにある神社で祭りが催されている。
以前、新選組が警備にあたった祇園の祭りやそれ以外みたいに、神輿や山車が出るような大きなものではなく、神社の御神体の御開帳に合わせて出店が並ぶ程度のものらしい。
別に上から警備を命じられたわけではないのだが、なんでもその御神体を何者かが狙っているという噂があり、一応警戒しておくかってことで、手の空いている隊士は順次見回りに行くように……と、土方さんが言ったのは朝食の時のことだった。

「で、君は行かんのかい?」

雪さん。視界に逆さまに入ってきた赤毛と見慣れた微笑みに、あたしの口からは無意識に彼女の呼び名が零れる。
自室の縁側でゴロンと仰向けに転がって、日向ぼっこの真っ最中だったわけです。まぁだからといって、頭上からあたしの顔を見下ろしている彼女に、邪魔をするなと腹を立てることもないけれど。

「千鶴と土方さんは?」

「とうに出かけたよ。どこかの誰かが仕事を済ませてくれたおかげで祭りに行く時間がとれた、と随分上機嫌そうだったけれどね」

「ふぅん。よかったね」

一応目的は見回りだが、ついでに少しくらい祭り見物もしてきたらいい、と言ったのは近藤さんだ。
で、新選組預かりという立場にある千鶴とあたしは、幹部の付き添いがあれば祭りに行ってもいい、と鬼副長殿から寛大なお言葉をいただいていた。

…のは良かったのだが、あたしの大事な大事なお友達である千鶴が一緒に祭りに行きたいらしい副長殿は、仕事が多くて祭りなんぞ行ってる暇はないと。
そうなれば、誰の出番ってあたしの出番。あたしでも出来そうな仕事を、彼が取りかかる前に済ませてやって、祭りに出かける時間を作ってやったのだ。ええ、もちろん可愛い可愛い千鶴の笑顔のためですもの!

「他のみんなは?」

「ほとんどが出かけたようだよ。新八さんは何やかんやで謹慎を命じられたらしいけれど」

「あー…うん、まぁ仕方ないんじゃない?」

平助と左之はそれぞれちょっとした問題を抱えていたらしいけど、どうやら無事解決したようだ。
イチくんは、名目どころか見回りこそ目的なんだろうなってちょっと苦笑する。
…あれ、総司って昨日までの体調不良を理由に外出禁止にされてたんじゃ……いや、何も言うまい。

「雪さんは行かないの?」

「私よりも君さね。もう出かけたろうと思えば、こんなところで猫と戯れて」

「かわいいでしょ。よく一緒にお昼寝してるんだよ」

「祇園の祭りの時も、警備なんかより遊びたい、と駄々をこねていた君が、今回に限って朝餉の時からやたら大人しくしていたり…何か不都合なことでもあるんかね」

「ねぇ雪さん、この子に名前つけるなら何がいい?」

腹の上で眠っていた白猫を両手で持ち上げながら上体を起こす。やっぱり無難にシロかなぁ。雪さんの名前もらってユキとか。あ、それとも呼ぶ時の面白さ考えて、歳三?あぁでもこの子女の子だ。じゃあ千鶴にしようか。
矢継ぎ早のあたしの声に返さないまま、背後で短い溜め息を吐いた雪さんがあたしの頭に手を置いた。それでぐしゃぐしゃと髪を掻き回すものだから、あたしはたまらなくなって両手を頭のガードに回す。もちろん手を放すことになった猫は、満点をつけたくなる姿勢で見事に着地し、まるで勝手な名前を付けられるのを嫌がるみたいに、さっさと境内の方へ駆けていってしまった。

「ちょっと、雪さん!?」

「まったく……君も大概手のかかる子さね」

総司といい勝負だ、なんて面倒くさそうに言われて、アイツと比べられるなんて心外だと反論するのはほとんど脊髄反射。自慢じゃないが、こちとら手のかからない子と言われて育ってきたのだ。…ま、ある程度の年齢からは、わざわざ(主に兄の)手がかかるように生きてきた自覚はあるが。

……なんて、内心の半分で言いながら、もう半分で自覚してる。今のあたしは、ちょっくら面倒くさい。
いつもみたいに、やった祭りだ遊びに行こう、と総司あたりと出かければよかったのに(彼が外出を禁じられていたとか、あたしたちにかかれば関係ない)、今日に限ってはどうもそういう気分になれなかった。
なんてことはない、ただ夢見が悪かっただけ。起き抜けから沈んだ気分がなかなか浮上しなくて、ならせめて千鶴には楽しい思いをしてきてもらいたいと、らしくもなく余計なことをしてみただけだ。

そんなあたしの心情も、彼女には見透かされてしまっているらしい。
乱れた髪を手のひらで撫でつけながら、恨みがましく睨んだあたしの視線を、雪さんはいつも通りの食えない笑みでさらりと受け流す。そしてあたしに背を向けるように歩き出しながら、こんなことを言った。

「おいで、クラ」

「は?」

「見回りがてら祭り見物。一人で行ったってつまらんし、付き合っとくれよ。新八さんは謹慎中、一君や他のみんなは既に出かけてしまっているからね」

「……何それ、消去法?」

失礼だなぁなんて苦笑しながらも、あたしの中に選択肢は存在していない。

「しょうがないから付き合ってあげるよ、雪さん」

脇に置いていた借り物の刀を拾いながら、あたしの足は彼女の背中を追っていた。








・・・おまけ・・・





「「…………」」

「……何だよ。言いたいことがあるならさっさと言えばいいだろうが」

あたしと雪さんのじと目攻撃に耐えきれなくなったらしい土方さんが、居心地悪そうな顔で漸くこちらを向いた。

「いえ別に。ただ土方さんが心底憎らしいなと思って」

「本当にてめぇは清々しいほど正直だな」

「浴衣姿の千鶴と祭りに行ったとなれば、この子の恨み買うのは当然でしょう。諦めるべきさね、土方さん」

昼間、祭りに出かけた土方さんと千鶴は、なんかよくわからんが御神体を狙っていたらしい風間を見事退け(恋愛成就だの真剣白刃取りだの千鶴が言っていたが、やはりよくわからない)、その褒美ってわけじゃないが今度はちゃんと祭りを楽しんでこいと言った近藤さんのはからいで夜の祭りに出かけて行った。二人して浴衣を着て。もちろん、千鶴は女物の浴衣を着て。

「はぁ……ほんと呪わしい。ずるいよ土方さんマジぶった斬りたい。浴衣着た千鶴かわいかったなぁ、いやいつもかわいいんだけど。あーあ土方さんに渡したくないなぁ千鶴かわいい超かわいい」

「気持ちはわかるがほどほどにね。土千だって可愛いし和むし癒やされるじゃないさ」

「そうだよね…うん、だから困るんだよ。あぁジレンマ。個人的には平千も癒やされるんだけどさぁ」

「……何を話してんだお前らは」

「聞かないほうがいいですよ」

悔しいが、土方さんと一緒に帰ってきた千鶴の幸せそうな顔といったら……はぁ。そりゃもう楽しかったんだろう。なんか気が抜けてきた。
あ、ちなみに今あたしたちがいるのは近藤さんの別宅。千鶴が女物の浴衣を着るのに屯所ではまずいから。それなりに遅い時間なので、あたしと雪さんが護衛兼迎えに来たのだが、まぁ要は二人の(いや千鶴の)浴衣姿を見たかったのだ。で、今は千鶴の着替え待ち。

「自分はかわいい千鶴堪能した上に二度も祭り行っちゃってさ。あたしたちには帰れって言ったくせに。せっかく楽しんでたのにさ」

「それはお前と雪人が的屋を荒らすからだろうが!いくつも店めちゃくちゃにしやがって!」

「荒らすつもりなんてありませんでしたよ。潰す気だっただけで」

「余計悪いわ!!」

いや土方さん、雪さんと一緒にしないでください。あたしは的屋荒らし、もとい的屋潰しの雪さんと違って、ごく普通に遊んでただけですから。ちょっと積み木屋と輪投げ屋の店主に土下座されたけど(得意分野)。

「お待たせしました、って、あれ…?」

「あ、おつかれ千鶴。すっかり元通りの男装かぁ…仕方ないとはいえちょっと残念だよね」

「あの、クラちゃん、何かあったの?土方さんと白波さんが…」

「あぁうん、土方さんが暖簾に腕押してるだけだから気にしないで」

「う、うん……?」







おわり


長々書いたけど、雪さんに「荒らすつもりじゃなかったんです。潰す気だっただけです」を言わせたかっただけ←






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