「……あのさぁ」
場所は黒の教団本部、食堂。
現在そこを利用しているエクソシスト数人のうちの一人である空色の少女が、自分の向かいの席に座る人物から横に視線をずらしながら口を開いた。視線を向けられた張本人である青年は、不機嫌そうに細めた目で視線を返す。
「なんで、アンタがそれ食べてんの?」
と言ってクライサが指差すのは、テーブルの上に置かれた小さな袋だ。その中には彼女お手製のチョコチップクッキーが詰まっており、その一枚が神田の右手の親指と人差し指の間に挟まっている。
それはクライサがロウのためにと作ったものであり、間違ってもその兄に贈られるものではなかった筈だ。しかし先程からボリボリと雑に食しているのはどう見ても神田。……あれー?
「それ、ロウのために作ったんだけど」
「……毒見だ」
「ああそうかい。なら毒入れてやりゃよかったね」
これがアレンだったら、すみませんお腹すいてたんですとか言うのだろうが、神田は甘いものが嫌いらしいから、冗談では食べたりはしないだろう(っていうか神田が冗談で何かをするってのが想像出来ない)。多分マジだ。マジで毒見してるつもりだ。……ホント絞めてやろうか、このシスコン。
「で、いつまで毒見する気よ。全部食べちゃう勢いだけど」
「どれか一枚だけに毒が入ってる可能性もあるだろうが」
「うん、一枚残らず毒入れてやるべきだったって反省してる」
「てめぇ、やっぱりロウに毒盛るつもりだったんだな!?」
「てめぇにだよ」
六幻を構えた神田が袋から意識を逸らした隙に、ラビの手が伸びた。が、剣先を向けられてもお構い無しのクライサが、それに気付いて彼の手をバシリと叩く。
「なにアンタまで食べようとしてんの」
「ユウばっかずるいさ!いいじゃん、オレにも食わせてよ」
「アンタは石でも食ってろ」
「ひどい!!」
そこでクスクスと小さく笑う声が聞こえて、彼らの動きが止まる。声の主を見れば、クライサの向かいの席に座るロウが手を口にあてて笑っていた。
「あ」
兄たちの視線を集めていることに気付いてロウは笑うのをやめ、目を丸くする。クライサの顔がぱあっと明るくなった。
ようやく、笑ってくれた
ここ暫く、ずっと浮かない顔をしていたからみんな心配していたのだ。かといって何かあったのかと尋ねれば、ロウのことだからきっと無理矢理笑顔を作って隠そうとする。だから聞けなかった。
「え……何?みんな」
「いーや、何でもないさ」
「うん、何でもないよ」
「ああ、何でもない」
「?」
にっこりと笑ったラビとクライサが首を振り、微笑みを浮かべた神田が頭を撫でれば、ロウは首を傾げるも緩く笑った。
「やっぱりロウには笑顔が似合うさー」
「ああ」
「?なぁに、ラビ兄、ユウ兄」
「それはそうとクッキー返しやがれよ神田」