「裏切られることを、考えたことはありますか?」

変わらない、笑顔。
こちらが一瞬目を見開いたのを、多分、彼は予想していた(だからこそ、それを口にしたのだ)。少しだけ憎らしくなってしまったのは、内緒。

「……どういう意味」

「信じている人物ほど、裏切られた時の衝撃は大きいでしょう?」

やはり笑顔のままで返した彼に、無意識に握り拳をつくっていた。
いっぺん殴っていいですか?
あーハイハイ。
殴りかかったところで避けられるだけですもんね、あたしは本調子じゃないから。
ええそうですとも、いつもなら、あの爽やかな笑顔に右ストレートの一発ぐらい、綺麗に叩き込んでやれますとも、そう本調子なら!(強調)

……気を取り直して。
大きく息を吸って、そして吐き出す。胸の中が落ち着きを取り戻したと同時に、口を開いた。


「トワはあたしを裏切らないよ」


だって、わかるから。
理由なんて、根拠なんてないけれど、本能的に感じるから。
だから、


「あたしもトワを裏切らない」

揺らぎのない空色を向けられた漆黒は、笑みを深くしてから、彼女に背を向けた。扉へと進む足音。彼の背中に、クライサは口を閉ざしたままだ。

「ああ、それと」

扉の向こうへ消える前に、彼が振り返った。その顔にはやはり(彼女によく似た、)笑み。たまには他の表情も見せてみやがれ、と、喧嘩を売りそうになる暴れ馬が一頭。

だが次いだ漆黒の言葉に、彼女の思考は止まってしまった。


「やはり、そうして強気でいていただかないと、皆の士気が上がりませんからね。リミスク少佐」


扉の閉まる音。それが響いた一拍後、抱えていたバスケットを足元に落としてしまった。

あんにゃろう。
何て言いやがった?
『そうして強気でいて頂かないと』?






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