28 オレで良いだろ?なんて言いながら、ユーリ青年、かなり乗り気だ。 円形の観客席から、中央にある戦闘の舞台を見下ろす。連日開催されている闘技大会は、しかし飽くことのない観客に席は満たされ、喧しいほどの歓声に包まれている。その注目は全て中央で戦うたった二人へ向くのだから、確かにユーリが言ったように、チャンピオンを倒せばギルドの名は瞬く間に上がるだろう。 ……彼が個人的に興味があったとか、ただ暴れたかったとしか思えないのだが。 アカと同じく観客席にいる仲間たちに見守られ、ユーリは順調に予選を勝ち上がり、見事チャンピオンとあいまみえることとなった。 だが、その名が進行役によって高らかに呼ばれた途端、アカは目を瞬く。仲間たちもまた、驚きに声を上げる。 “フレン・シーフォ” 闘技場に響き渡った名を裏付けるように、舞台に登場した、重厚な鎧に身を包んだ空色の騎士。ユーリの金髪の親友は、同じ舞台上にいる親友の姿に驚き、思わずといったふうに名を呼んだ。 「ど、どうしてフレンが…」 エステルの口にした疑問は、皆が思ったものだった。 鎧姿である以上、彼がここにいるのは騎士団の任務だからだろう。ならば、闘技場で勝ち上がる任務とは一体何なのか。まさか、ラーギィの言うように、『戦士の殿堂』を乗っ取るつもりではあるまい。 熱を増す歓声の中心にいる二人は、比較的平静でいるようだった。何事か会話しているようだが、生憎、ここまでは聞こえてこない。だがユーリが苦笑めいた表情をしたことで、アカは察した。 「こりゃ、ハメられたね」 「え、どういうことです?」 「騎士団が邪魔だったか、『凛々の明星』が邪魔だったか、あるいは両方か……誰かさんの思惑に乗っかっちまったってことさ」 ラーギィにより仕組まれたことなのか、彼もまた歯車だったのかは、この場では言及出来ない。今わかるのは、このままではユーリとフレンの潰し合いになってしまうということだ。 だが、彼らとて馬鹿ではない。何度も剣をぶつけ合い、距離をとってはまた打ち合う二人に、決着を付けようとしている様子はない。この大観衆の中、どうやってこの茶番を切り上げようか決めあぐねているのだろう。 「ユーリ・ローウェル!!」 その時、上空から叫び声が聞こえた。 闘技場のど真ん中、ユーリとフレンの前に飛び降りた、一つの影。ザギ。……あのど派手頭、どこから飛び降りてきたんだ。 「ユーリ!オレに殺されるために生き延びた男よ!感謝するぜ!」 「ちっ、生き延びたのはお前のためじゃねぇぞ」 「オレを初めて傷つけたお前を、オレは絶対この手で殺す!」 大観衆の面前だろうが全くお構いなしらしい。闘技場に響き渡るような大音量で語られる内容に、観客たちは皆ポカンだ。 「おやおや、熱烈な告白だねぇ。ユーリくんてばモテモテなんだから」 「のんきなこと言ってる場合じゃないよ、アカ!あれ見て!」 ザギが見せつけるように掲げた左腕は、遠目にもわかるほど異様な形をしていた。気持ち悪い、とカロルが顔を歪める。腕が、魔導器に改造されていた。 「あんな使い方するなんて……!」 「あの魔導器…!」 ノール港にあった天操魔導器の無茶な使われ方にも怒っていたリタは、やはりこれもお気に召さないらしい。わなわなと拳を震わせる彼女の横で、何かに気付いたふうにジュディスが言った。そして突然駆け出し、舞台へ飛び降りるものだから、仲間たちは慌てて後を追う。 「どうだ、この腕は?お前のせいだ。お前のためだ!くくくく!」 「しつこいと嫌われるぜ!」 舞台の中心部に辿り着いたジュディスたちは、ユーリと共にザギに向き直り、武器を構える。その様子を、観客席からアカは眺めていた。 何だ。ジュディスの様子はただ事ではなかった。ザギのあの左腕を見た途端、顔色が変わった。 「ファイアボール!」 リタの放った魔術を、ザギは食らわない。彼の左腕にある魔導器が赤く発光し、術エネルギーを吸収してしまった。 闘技大会は中止と見ていいだろう。リングアナは突然の乱入者とルール無視で始まってしまった戦闘に、ただおろおろと目を彷徨わせながら立ち竦んでいるだけだし、観客の半数近くは状況の異様さに身の危険を感じて退出を始めている。 ある意味、上手く場を濁すことが出来たわけだと苦笑して、いや笑い事ではないのだけどとまた笑ってしまった。 何度目か、リタの魔術を吸収しようとした魔導器は、ついにその許容量を越えてしまったらしく、赤くギラギラと輝いてザギの顔を歪めた。ザギは暴走する魔導器に舌打ち、呻きながら左腕を掲げ、溜め込んだエネルギーを放出するように光の弾を撃ち出す。上空に向けられたそれが、放物線を描き、地面に着弾して爆発を起こすと、空いた壁の穴から何体もの魔物が場内になだれ込んできた。 「あの馬鹿、面倒なことを……」 この闘技場の中には、見世物のために捕らえられている魔物が多くいる。おそらく今の爆発で、魔物を閉じ込めていた結界魔導器が壊れたのだろう。さらに大きくなった混乱にアカは舌打ちするが、当のザギは腕を押さえて去ろうとしているところで、それを追おうとするジュディスらも魔物の妨害に遭っているようだった。 ユーリたちはザギの追撃を諦め、魔物の駆除に当たっている。 その中、魔術の詠唱をしていたリタの身体から突然強烈な光が溢れ、彼女の放った魔術が暴発した。普段より明らかに強い魔術が数体の魔物をまとめて倒すのを、混乱する観客席からアカは見ていた。 どうやら、アーセルム号から持ってきたあの紅い箱が原因らしい。この箱のせいなのかと、箱を出して見ていたエステルの手から、それを奪い取った者がいた。ラーギィだ。出口へ駆ける彼の後を、すぐさまラピードとジュディスが追う。 あの箱に入っているのは、『澄明の刻晶』という正体不明の物体だ。それをラーギィが奪っていったということは。 (奴は、その正体を知っているのか……?) 自身が追うには遅いことを知っているアカは、ラピードとジュディスが彼に追いついていることを期待して、漸く観客席を後にした。 『澄明の刻晶』、その正体は ×
|