24 結果から言ってしまうと、ベリウスに会うことは出来なかった。 闘技場の奥、ベリウスの私室に繋がるという扉の前に立っていた統領代理のナッツという男に取り次ぎを頼んだが、ドンの使いだと名乗ったレイヴンでも、親交のあったアカでも(そういえば彼女はダングレストで、ベリウスに連絡を取れとドンに命じられていたのをユーリたちは思い出した。手紙のやり取りはあっても本人に会ったことはないのだとアカは言ったが)、新月の晩でないとベリウスは人に会わないのだと言われてしまった。決まりなのだ、と高圧的でなくむしろ申し訳なさそうに言われては、仕方ないと引き下がるほかない。 とりあえず新月の時にまた出直すことにして、その日は闘技場内の宿で一夜を越すことにした。 ドンに経過報告の手紙を出す、というレイヴンを宿に残し、他のメンバーは休む前に街の様子を見て回ろうと闘技場を出た。すると、露天商の女性と話しているパティの姿を見つけた。買い物をしているようだが、何やら相手の様子がおかしい。街の人間らしい男性が女性に歩み寄り、こそこそと話をすると、女性がおずおずとパティに問いかけた。 「あのぉ…その格好……すいませんが、あなた、アイフリードのお孫さん…?いやね、ちょっとした噂が流れてるんだ。アイフリードみたいな服着てその孫だって名乗る娘がいるって…」 パティが息を呑んだ。その様子に女性は確信したようで、やっぱり、と呟く。黙ってパティの支払った料金を受け取り、品物を渡した。 「あの…もううちにはあまり、来ないでいただけますか、ね…」 「それは…うちがアイフリードの孫だからかの?」 「あ、えと…そのですね。うちは別にいいんですよ、でもね、ほら、お客さんとかが…」 「え?いや…わたし?ちょっと待ってくださいよ、わたしゃ、何もそんなこと…」 「ちょっと、言ったじゃないですか。ギルドの義に反した奴の孫が来たら、店のイメージダウンだって」 「そりゃ、だって人々を守るっていうギルドの本分破って、多くの民間人を殺戮した人物の孫だし…」 「……くだらねぇ話してるじゃねぇか」 二人のやりとりを遮ったのは、俯いたパティではなくユーリだった。低めた声に、男女の肩が震える。 「な、何だよ…?」 「こんな子どもに何の責任があるってんだ。こいつが直接、何か悪いことをしたのか?」 「……まあ、ユーリ、そうカリカリするな。いつものことなのじゃ」 ユーリはあんたのことを思って、とリタが声を上げるが、パティはそれに返さず店の女性に視線を向けた。 「心配せんでも、うちはすぐにこの街を出て行くのじゃ。んじゃの」 そしてリタが呼び止める間もなく、街道へ向けて走っていってしまう。何事もなかったようにそれぞれの行動に戻る男女を、ユーリはもう咎めようとしなかった。 「……パティがアイフリードの孫って…どういうことでしょう?」 「そんな話聞いたことないけど…本当なのかな?」 エステルとカロルが不安げにこちらを見るので、アカは短く溜め息を吐く。 「アイフリードの孫だって名乗る子がいるって噂は、うちも聞いてたよ。パティがそうなんだろうとも思ってた」 「え……じゃあ本当?」 「どうだかね」 アカが聞いたのは、あくまで『パティの存在』だ。アイフリードに孫がいたという事実は知らないし、聞いたこともない。 「にしても、アイフリードってそこまで評判悪いのか?」 「ああ、ギルド関係者は悪く言う奴が多いね。ブラックホープ号事件でギルドの信用を地に貶めたから」 「……なるほどな」 踵を返して闘技場に向かうユーリに、エステルはパティのことはほうっておいていいのかと問う。だが彼が答える前にジュディスが口を開いた。 「あの子のことよ、強く生きるわ、きっと」 「ああ。それより早く帰らないと、おっさんが待ちくたびれてまた悪さを始めかねないぜ」 「……そう、ですね……」 エステルは頷くが、皆が宿に向かって歩き出した後も、パティが走り去った道を見つめていた。 「…パティ……」 あんなことに、慣れちゃ駄目です ×
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