赤星は廻る | ナノ



21

 



ーーまったく、退屈しなくていいことだ。

厄介事にとても好かれたユーリたち一同が何事もなくノードポリカに渡れたわけもなく、内輪の海のど真ん中、テルカ・リュミレースのへそと呼ばれる海域にさしかかったところで立ち往生することとなってしまった。
視界を妨げる深い霧。フィエルティア号は、アーセルム号というらしい巨大な船と衝突した。アーセルム号はボロボロの古い船で、アカもカウフマンも見たことのない型だ。人気のないその船から、フィエルティア号へとタラップが降ろされた。
幽霊船の呪いだか何だか知らないが、駆動(セロス)魔導器がうんともすんとも言わなくなってしまったので、ユーリたちはアーセルム号を探索することにする。船内にはやはり人影はなく、時折魔物が襲ってくることを除けば特異点はなかった。

船長室らしき場所に辿り着いた彼らの目に映ったのは、中央の机に突っ伏した骸骨。この船の船長だった者だろうか。椅子に腰掛けたまま逝ったらしい白骨死体は、大切そうに紅色の箱を腕に抱えている。
ユーリは、近くにあった日誌の開いたままになったページに目を落とした。

「アスール歴232年、ブルエールの月13?」

アスール歴もブルエールの月も、帝国が出来る前の、今から千年以上も昔に使われていた暦だ。続けてエステルが先を読み上げる。
日誌には、船が漂流して40日以上経っていること、水も食糧も既に尽き、船員が次々と飢えに倒れていったことが書かれていた。日誌を書いた人物ーーおそらくこの船長は、しかし自分はまだ死ねないのだと、必死に生き延びようとしていたことが読み取れる。

「ヨームゲンの街に、『澄明の刻晶(クリアシエル)』を届けなくては……」

「『澄明の刻晶』?」

「魔物を退ける力を持つものだと書いてあります。これがあれば街は助かる、と」

「魔物を退ける力……結界みたいなものか?」

「…『澄明の刻晶』を例の紅の小箱に収めた。ユイファンにもらった大切な箱だ。彼女にももう少しで会える。みんなも救える。……でも結局、この人は街に帰れず、ここで亡くなってしまわれたんですよね…」

それから千年以上もの間、この船は海を彷徨っていたのか。

「紅の小箱ってのはコレかね」

アカは白骨死体の腕の中を指す。そこに抱え込まれた箱に手を伸ばし、ジュディスはためらいなく取り上げた。大胆なその行動に驚きつつ、それを受け取ったレイヴンが蓋を開けようと試みるが、鍵が掛かっているらしく開く気配がない。

「あ、あ、あ、あれ……」

その背後でカロルが怯えた声を上げた。何事かと振り返れば、部屋の壁に取り付けられた大きな鏡に、騎士のような出で立ちをした髑髏の魔物が映っている。

「逆のようね」

「ああ」

呟くようなジュディスの声にアカは頷いた。その目はレイヴンの抱える小箱に向けられている。魔物を退ける力を持つ『澄明の刻晶』。

「魔物を引き寄せてる」

鏡の中から出てきた髑髏の巨体。ユーリたちは一斉に武器を構えた。





まったく、次から次へと!





 


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