18 「あのユーリってのに惚れたか」 アカは目を真ん丸にした。滅多に見られない表情にドン・ホワイトホースはふん、と鼻を鳴らす。 「……唐突に何を言い出すんだい、ジジィ」 「心配しなくても、おめぇが考えてるような意味じゃねぇ。……おめぇが誰かについてくとかぬかすなんざ、初めてじゃねぇか」 あの怪鳥がダングレストを襲った後、アカは街を出る旨をドンに伝えた。ユーリたちを追う。それにドンは目を瞠って、それから細めた。彼女が、仕事以外で他人と行動を共にすることは非常に稀だ。 「まぁ、ユーリくんが気になってるのは事実かね。あいつはうちが知らないタイプの人間みたいだし」 「随分気に入ってるみてぇじゃねぇか。バルボスの件も、率先して手助けしてやったんだろ。似合わねぇことしやがって」 「やめとくれよ、そのニヤニヤ笑い。うちはただ、あいつとそのまわりの子らに興味があるってだけさ」 自分が何かに興味を持つこと自体が非常に珍しいのだと、アカ自身にもわかっている。それをわざわざ否定する気もない。否定する理由もない。興味を持った。彼らに対してアカが抱くのは、あくまでそれだけなのだ。 やれやれと言いたげに、ドンが見せつけるような溜め息を吐く。 「いつまでも引きずってんのはどっちだ」 「……何?」 「そうやってビビって逃げてるうちは、待ってたって何も変わんねぇぞ。いつまで腰抜けでいる気だ」 「待つ?」 ーー何を? 何も待ってなんかいない。 待つものなんて知らない。 待つ意味なんてない。 何も。 何も変わらない。 変わらなくていい。 そんなもの、望んでない。 「アカ。てめぇは『アカ』だ」 「……ああ、そうさ。うちは『アカ』だ。それがどうしたんだい」 「てめぇにはてめぇの心があんだ。その声をちゃんと聞いてみな」 「……心の、声……」 「耳塞いだまんまじゃ、なーんも聞こえねぇぞ」 「…耳の穴かっぽじって聞いても、あんたの言うことは意味がわからんよ」 バシンと平手で背を殴られた。部屋を追い出すような仕草、痛む背にアカは文句を言おうと振り返る。しかしドンは既にこちらを向いていなかった。 「アカ?」 「……!」 ハッとして顔を上げると、エステルが心配そうにこちらを見ていた。何度か呼んだのだ、というエステルに考え事をしていたと謝罪を入れ、現状を確認する。 そうだ、今後の方針が決まったところで一夜を明かし、各地のエアルクレーネ調査にユーリたちを利用するために旅に同行する、と言ったリタを仲間に加えて宿を出たところだった。デズエール大陸に渡るためには船を調達する必要がある。そのため港に向かっているのだ。だが。 「確かこの時期は、大抵の船が出せなくなってた筈だが…」 「えっ、そうなんです?」 「ああ。定期便も休みの筈だし、船出してるとしたら『幸福の市場』くらいじゃ…」 アカの声を遮るように、男たちの悲鳴が響く。何かから逃げているようなそれを聞きつけて、ユーリたちは足を止め、そちらを見た。 「待ちなさい!金の分は仕事しろ!しないなら返せ〜っ!」 波止場の一角で声を張り上げている女が見えた。長い赤髪を背中に垂らし、眼鏡をかけた彼女の後ろには傭兵風の男が控えている。 「あのおねーさん、確かデイドン砦で…」 「カウフマンだね」 「『幸福の市場』のボス、っつったっけ?」 「そ。『天を射る矢』や『紅の絆傭兵団』と同じく5大ギルドのひとつ、『幸福の市場』の社長。つまりはユニオンの重鎮さ」 「ふーん…」 はたして、好都合ととるべきか ×
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