09 話の種の尽きないダングレストの今最も熱い話題は、突如街を襲った巨大な魔物に関することだった。そして帝国の所有する兵器、ヘラクレス。その存在を知ったユニオンが、帝国との友好協定を喜んで受ける筈がない。ドンが提示したのは『対等な立場』での協定だ。あんなものがあっては対等とは言えない。 ドンからエステルを追えとの命令を受けたレイヴンは、ユニオン本部を出て暫く、突貫で修復された橋の袂に立つ人影に目を瞬いた。 「……案内役って、もしかしてお前さんのこと?」 エステルたちの向かった先なんて知らない、と言い返してみた際(まぁそれを調べるのが自分の仕事なのだが。ドンにもそう怒鳴られたし)、外に案内役を用意していると言われたのだ。一体誰がと思ったが、まさか彼女だったとは。 アカはふっと笑うと、すぐに彼に背を向け歩き出す。橋へと。 「ちょ、ちょっと!まさかお前さんも行くの!?」 慌てて呼び止めれば、振り返った彼女は涼しい顔をして当たり前だろう、と言った。 「あんた自分で案内役だって言ったろう」 「いや言ったけども!」 そんなにおかしいだろうか。アカは怪訝そうに眉を顰めて、しかしすぐに納得する。レイヴンが疑問を抱くのも無理はない。彼女の性格を考えれば、エステルたちを追うための案内、など引き受ける筈がないのだから。 「……ま、案内ってのは口実に近いんだがね」 「口実?」 「ああ。あの子らについていきたいだけさ」 困惑したような顔でアカを見つめていたレイヴンの顔から、途端に表情がなくなる。それは彼女にとって見慣れたものだった。トリムの港や、ユニオン本部でも見せた顔。それが示すのはーー警告だ。 「俺の仕事、わかってんでしょ」 「……」 「お前さんがあの嬢ちゃんのそばにいることに、どれだけのリスクがついてくることになるかも」 まるで子どもに言い聞かせるように。静かに、いつもの胡散臭さなど少しも感じさせずに言うレイヴンに、この姿をリタあたりに見せたらどんな反応をするだろう、とアカはどこか他人事のように考えていた。 「……わかってるよ」 わかっている。少ないリスクで利益を得ることを第一に考える、自分らしからぬ選択だということを。大した利益も望めないのに、多大なリスクの中に身を投じようという自分が、自分だって信じられない。 「けど、興味が湧いちまったんだ」 罪を背負う覚悟のもと、ラゴウを斬り捨てたユーリに。ダングレストの街を襲った巨大な魔物に。その魔物に毒と呼ばれたエステルに。その興味がこの身を突き動かし、蚊帳の外に立つことを許さない。アカはどこか困ったように笑った。その笑みを正面から見たレイヴンは目を見開く。 「さっさと行こう。追いつけませんでしたじゃ話にならんだろう」 「……あ、ああ」 羽織を翻し、今度こそ橋を渡り始めたアカを、複雑そうに顔を歪めてレイヴンは見た。早くしろ、と彼女が振り返るまで、歩き出せないまま。 「……お前さんが、何かに興味を持つなんて」 一体、どれくらいぶりだろうか ×
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