赤星は廻る | ナノ



01

 



ただ、自分のためだけに生きてきた。
誰だってそうだろう、と思う。だって自分が一番大切で、どんなに親しい友人も、仲間も、家族も、結局は二の次なのだ。何かを『大切』だと思うのは自分の心なのだから。自分に何かあっては……死んでしまっては、何の意味もない。

だから、命を懸けて他者を助ける者の行動の意味が、まったくわからなかった。わかる必要もないと思っていた。そんな者、存在しないとさえ思っていた。
だって誰もが自分が大事。それが当たり前のことなのだから。












ダングレストはいつも騒がしい街だ。その喧騒がアカは嫌いではないが、その真っ只中にいるのは好きではなかった。下手に大通りを歩いて、度々起こる喧嘩の仲裁などに駆り出されてはたまらない。そのため、人気の少ない裏通りや屋根の上が、普段から彼女の通り道になっている。
この時も、アカは大通りを離れ、『天を射る重星』の屋根の上から街を眺めていた。

ガスファロストでフレンが言っていた通り、ラゴウは騎士団によって捕らわれた。騎士団・ユニオン間ではヨーデルとドンの間で友好協定の話し合いが行われ、正式な調印も時間の問題となった。これでラゴウの思惑は叶わぬこととなったろう。
しかし、正しく裁かれる筈だったラゴウは、評議会員という立場を利用して罪を軽くし、ほんの少し地位が低くなるだけで済まされるようだ。このことは、彼の処分がわかった直後にアカがカロルに教えたから、すぐにユーリにも伝えられただろう。

「さて、あいつはどうするのかな」

自身は臆病ながら、正義感の強いカロルは怒りにふるえていた。酷いことしてたのに、と。
ユーリもそうなのだろうか。歪んだ法に守られたラゴウと、法を正せない帝国に怒りを抱きながら、やり場のない感情を耐えているのだろうか。それとも、帝国に身を置きながら、彼を裁くことの出来ないエステルやフレンに怒りをぶつけているのか。
アカはそこまで考えて、やめた。答えなど知る必要はない。暇潰しの問答をやめた彼女は、目標が動くのを確認するとすぐにその場を離れた。屋根伝いに飛び、街の東にある橋が見える位置で足を止める。

「……アレクセイがいないと思って、はめを外しすぎましたか」

橋の上には人影が三つあった。ラゴウと、残り二つは彼の護衛と思われる者。都合の良いことに、その会話も風に乗って聞こえてくる。

「フレン・シーフォ……生意気な騎士の小僧め。この恨み、忘れませんよ。評議会の力で必ず厳罰を下してやります」

ラゴウは、さすがに寝静まっている深夜のダングレストに油断しているのか、一人の情報屋が聞いているとも知らずにそんなことを言った。やはり欠片も反省していないらしい。

(ま、どうでもいいがね)

さて彼の今後の行動は何なのか。ただそれを知るためだけに様子を見ていたアカは、視界の隅に映ったものに素直に驚いた。たった一人、橋へと歩みを進める、黒い影に。





ああ、そうきたか





 


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