53 「幻狼斬!」 スピードを駆使するユーリが相手の背後に回り込み、振るう剣をバルボスはギリギリで防ぎ受け止める。腕力で勝る彼はユーリを剣ごと押し返すが、その瞬間背後で爆発した闘気に目を見開いた。 「さよならだ」 振り返った時にはもう遅い。大剣を薙ぐ間もなく、下方向から襲う斬撃がバルボスの身を裂いた。刃の閃きの向こうにはアカの姿。剣を振るう彼女の表情は子どものように無邪気でーーしかしその目は、氷のように冷たかった。 「ぐおおっ!!」 傷を受け、よろめいたバルボスは歯車の端で膝をついた。ユーリとアカ、そして手下たちを退けたフレンやカロルらも距離をとったまま彼を見る。 「もう部下もいない。器が知れたな。分をわきまえないバカはあんたってことだ」 ユーリの言葉に、バルボスは苦しげに呻きながらも声を上げて笑った。どうやらそのようだ、と。 「では、おとなしく…」 「……これ以上、無様をさらすつもりはない」 裁きを受けるようにとエステルが前に出ようとするが、それを制するようにバルボスが彼女を睨んだ。そして片方しかない目を、今度は正面のユーリへと向ける。 「……ユーリ、とか言ったな。お前は若い頃のドン・ホワイトホースに似ている…そっくりだ」 「オレがあんなじいさんになるってか。ぞっとしない話だな」 「ああ、貴様はいずれ世界に大きな敵を作る。あのドンのように」 ーーそして世界に食い潰される。 アカは横目でユーリを窺った。しかし彼の目は真っ直ぐバルボスに向けられている。 「悔やみ、嘆き、絶望した貴様がやってくるのを…先に地獄で待つとしよう」 はっとしたユーリやフレンが駆け出すが、一瞬早くバルボスの足が床を蹴り、巨体を宙に投げ出した。その身は塔の中央部、空洞の底へと落ちていく。ユーリたちは遠退いていく高笑いを聞きながら、ただ無言でその暗闇を見つめていた。 水道魔導器の魔核も取り返し、塔を脱出したユーリたちは正門の前で、先にダングレストに戻ると言うフレンを見送った。エステルも共にと彼は言ったのだが、仲間たちといることを望んだエステルに折れ、姫様の面倒は責任持って見てやるというユーリに彼女を任せて去っていったのだ。散々念を押されたため、寄り道もせずにさっさと街に戻らねばならない。 「魔核も取り戻したし、これで一件落着だね」 「まだ一件落着にゃ早いぜ。こいつがちゃんと動くかどうか、確認しないとな」 「魔導器の魔核はそんなに簡単には壊れないわよ」 リタの言葉にカロルがふぅん、と呟いた。 「そうなんだ。知ってた、レイヴン…?」 と背後に振り返るが、そこにあの男の姿はない。気付けばアカの姿も見当たらなかった。リタの溜め息。 「またあいつらは…」 本当に自分勝手ね ×
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