3 おっさんの場合 足元の術式が消える。目前まで迫った魔狼に舌打ちし、変形させた弓の刃でその喉元をかっ切った。すぐさま詠唱を再開しようとするが、新たに自身に向かってくる魔物を見ればそうもいかない。視線を向けたのは、右後ろにいるエステルでも、その近くで彼女を守るユーリでもなく、左前方でリタの詠唱を守るラピードでもなければ、回復に駆け回るカロルでもない。最前線で剣を振るう、赤い髪。 「守ってちょーだい!」 「……」 し か と ! 踊るように振るわれた刃が狼の首を跳ね、もう一方の剣ではリタのほうへ向かおうとしていたベアに衝撃破を飛ばす。レイヴンの声は届いていたーーどころか彼女に向けられたものだとわかっているだろうに、その目は一度もこちらを向きもしない。他前衛組はそれぞれに忙しく、当然おっさんなんぞに構っている暇はない。何コレいじめ? 「ちょっとアカ!なんで守ってくんないの!?」 突進してきた猪の眉間に矢を撃ち込みながら不平を叫べば、漸く彼女がこちらを向いた。へっ、と鼻で笑って。 「その程度、自分でなんとか出来るだろうよ」 コ イ ツ め ! アカが言えば、レイヴンの顔が引き攣るのが遠目にわかった。 大きな爪を振るうベアの腕を避け、懐に入り込みつつ胴を十字に切り裂く。返り血が服を汚す前に後方に飛び、振り返れば、見えたのは魔物数体を相手に肉体労働をしているレイヴンの姿。 「アーカ」 ひぃひぃ言いながら刃状に畳まれた弓を振るう彼を眺めて一息ついていると、咎めるような窘めるような顔をしたユーリと目が合ってしまった。アカは肩を竦め、双剣を握り直しながら走り出す。ブーツの上から装備した武醒魔導器にエアルを込めれば、熟した魔核が赤く輝きアカの右手に握られた剣も同様の光を纏う。 一時レイヴンから魔物が離れたその瞬間、彼は地面に矢を撃ち込み、得意のステップロングを駆使して素早く後方に飛び退いた。同時にアカの剣が地面に突き刺さり、その場からレイヴンがいたあたりまでの地を割り棘状になった岩が連続して突き出す。それは魔物がいる場所まで届かなかったが、レイヴンの矢によって術式の刻まれた地面に触れた途端、大爆発を起こして巻き込まれた魔物たちは倒れ伏した。それを免れた魔狼が爆煙の中からレイヴンに飛びかかる。だが彼は動かない。 「まったく、相変わらずえげつない技だわな」 レイヴンが首を傾けると、途端に来襲した刃が狼の眉間を貫いた。彼の背後には左手を持ち上げたアカの姿。その手に剣はない。 「およ、それって褒め言葉?」 「そう思うならそれでいいさ」 絶命した魔物から剣を引き抜き、持ち主へと投げる。ついでに、かすったんだけど、と血の滲んだ頬を指せば、悪いね、と笑顔が返ってきた。あの顔はわざとだ。 「アカとレイヴン、信頼し合ってるんですね」 息ピッタリでした、と笑うのはエステルだ。憧れに似たものがその視線に含まれているのは、きっと気のせいではないのだろう。 まだちらほらと魔物の姿は見えるが、リタの魔術が絶好調な上ラピードとジュディスもかなりご機嫌なので、あとは彼らに任せておけばこの戦闘も終わるだろう。カロルとレイヴンが早くも素材採取を開始した。 「……信頼?」 「はい。…わたし、何か変なこと言いました?」 「声掛け合うことどころかアイコンタクトもせず協力して敵倒すなんて芸当見せりゃ、信頼し合ってる以外言い様がねぇだろ」 会話に参加してきたユーリの言葉に、なるほどと手を打つ。つまり、先程のレイヴンとのコンビネーションアタック的なものを指して言っているのだろう。確かに、示し合わせていたわけではない。だが。 「別に信頼してるわけじゃないさ」 ユーリにとってのラピードやフレンといった関係ではない。そんなわけがない。 「うちは『知ってる』だけだ。『信じてる』んじゃない」 意味がわかっているのかいないのか、目を瞬かせるエステルの横で、ユーリが微かに眉を上げるのが見えた。対してアカは口に笑みを刻む。 「だってほら、あんな胡散臭いおっさんに背中預けるなんてこと、ユーリくん出来る?」 「いや無理」 「ちょっとそこの若人たち、なんか知らんけどおっさんの悪口言ってんでしょ」 「いやだなーおっさん、盗み聞きなんて趣味が悪いぜ」 「ついでに気持ち悪い」 「気持ち悪い!?ちょっとそれどういう意味よアカ!!」 「気持ち悪いの意味もわからないたぁついにボケたかい?やだねぇすっかり年寄りだよ」 「……もう何とでも言ってちょうだい」 「げ、元気出してくださいレイヴン!胡散臭くても趣味が悪くても気持ち悪くてもボケてても、レイヴンにも良いところはありますから!」 「……」 「……」 「……うん、ありがとね……」 ▼姫様はトドメを刺した! (そう、それは信頼などではなくて) ×
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