赤星は廻る | ナノ



酒は飲んでも

 



とある街で宿泊した日。パーティー最年長であり自他共に認めるおっさんであるレイヴンが、珍しく一番に起きてきた朝のことだった。

「ふわぁああ…ってギャーッ!!

他の仲間たちが朝食に下りてくるのを待つべく、大欠伸と共に食堂に入ったレイヴンは、そこのカオスっぷりに悲鳴を上げた。酒場を兼用している宿屋の一階にあたる大食堂。そこが見事な地獄絵図になっている。

「アカ!?ちょっとアカ!何、なんなのこの状況!!」

「…う……」

床に倒れ込む者たちの中から見慣れた赤を見つけてその胸ぐらをひっ掴み、勢いよく前後に揺さぶる。仮にも女性に対して酷い仕打ちであるのはわかるが、今はそんなこと二の次だ。
アカは顔面蒼白で、緩く口を動かすだけで返事は無い。そこで彼女が毒を食らっていることに気付いた。いや、なんで?ここは結界の中でありそのうえ安全な宿屋の中だ。毒を持った魔物など出現しない。

「ちょっと、何よコレ!」

「ア、アカ!?」

レイヴンの悲鳴を聞き付けたのか仲間たちが慌ただしくやって来たが、残念ながら状況を説明出来る者は今現在いない。レイヴンの頼みに応えたエステルがリカバーを唱えたことにより、アカの毒状態は回復した。
長時間その状態でいたのか、回復してなお息も絶え絶えなアカに問いを重ねると、彼女は震える手を持ち上げてある一ヶ所を指した。

「……青年?」

その先には、テーブルに突っ伏して眠るユーリの姿。床に横たわるアカや他の者たち同様、大量の酒瓶に半ば埋もれている。彼の腰掛ける椅子にラピードが歩み寄るが、室内に充満する匂いの最も濃い場所の一つだ、すぐに唸り声を上げて後退ってしまった。

「青年が何かしたの?」

「…それ、飲まされた」

と言ってアカが指を動かし、テーブルの端に置かれた瓶の一本を示す。レイヴンはその瓶の口についた液体を指先で拭い、ペロリとひと舐めして、後悔した。

「〜〜〜〜〜っっ!!」

「ど、どうしたんです?」

口を両手で押さえて蹲ってしまった彼にエステルらは戸惑う。治癒術をかけてもらって多少回復したアカが床に座り直し、痛む頭に顔を顰めながら昨夜から早朝にかけての出来事を語り始めた。





全員揃っての夕食の後、割り当てられた部屋に向かった未成年組を見送って、ユーリとアカ、レイヴンの年長組は暫し大人同士の話に花を咲かせた。この時に飲んでいた酒の量は、まだ大したものではなかった筈だ。老体に寝不足は禁物なのよと一抜けしたレイヴンが確認している。

「で、その後も暫く飲んでたら、酔っ払い連中に絡まれちゃってね。例のごとくユーリが喧嘩買って、いつの間にやら飲み比べさ」

「ああ、それでこの状況なのね…」

レイヴンが床で寝転げたりテーブルに突っ伏す酔っ払いを呆れた顔で眺める。バカっぽい、とリタが溢した。

「それで、まさかお前さんも参加したの?らしくないわね」

「参加させられたの。うちでも逃げられない状況だったって理解してほしいね」

そして喧嘩をふっかけてきた張本人と取り巻き数人が、ユーリとアカよりも遥かに早く限界を迎えて潰れた。他の酔っ払い連中がそれに歓声を上げ、一緒になって盛り上がったマスターが今日は奢りだと何本か瓶を渡してきて…

「その中にあれがあった、と」

先程アカが指した瓶に視線を向けて、げんなりとした顔でレイヴンが言う。珍しく似たような顔をしてアカは頷いた。その意味がわからないエステルは首を傾げるが、リタは彼らの態度でわかったらしく溜め息を吐くだけ。
レイヴンがあのような顔をするのは、決まって食事にプリンやクレープといった類いのデザートがついた時だ。そして話に聞いていたアカの体質から察するに、彼らが嫌そうに見るあの瓶には甘味の強い酒が入っていたのだろう。少なくとも、ひと舐めしただけのレイヴンすら撃沈するぐらいにはゲロ甘の。まあ、ユーリにとってはお好みの味だったのだろうが。

「それを酔っ払ったユーリくんに無理矢理飲まされてね」

「…なんだよ、あの程度で文句言うなって」

あ、起きた。仲間たちの視線を集める青年は、いつもより数倍悪い目付きで(おそらく酷い頭痛に襲われているのだろう)同じ顔色のアカを睨む。

「あのねぇ、君はうちの体質知ってるだろう?」

「酔ってたんだよ。悪かったな」

「まあ、うちも酔ってたから飲まされちまったんだがね。あれはもう少しで死んでたわ」

先程の彼女の様子から考えれば、その言葉も冗談には聞こえなかった。実際あと少し回復が遅れれば、毒に侵された彼女の命はなかったろう。
しかし二日酔いに苦しむ二人にとっては、そんな事実も些事にすぎないらしい。暫しの会話の後、ユーリは再度机に突っ伏し、アカは床に横たわった。

「…こりゃ、今日中に出発は無理だわな」

「みたいですね…」

「まったく、このバカ共は…」

レイヴンらの呟きに、出入口付近まで避難していたラピードが一声鳴いた。





ハメを外すのはほどほどに





 


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