赤星は廻る | ナノ



エステルと

 



「おや」

デイドン砦に向かう途中。闇に包まれた街道で、寝ずに火の番をしていたアカが気配に気付いて振り返る。隣で横たわるラピードがピクリと耳を動かしたが、それだけだ。

「どうしたんだい、エステル」

「いえ……その」

ユーリと共に休んでいた筈の少女が、そこにいた。少し困ったように笑った彼女の言いたいことを察して、ラピードとは反対の左隣の地面を叩く。エステルは一瞬きょとんとした顔をするが、その意に気付くとそこに腰を下ろした。花びらのようなスカートの先がふわりと浮いて、ゆっくりと落ちる。

「剣の手入れをしていたんですか?」

「そう。大事な商売道具だからね」

結界の外を旅するということは、いつ魔物に襲われるかわからないということでもある。今のように複数人いれば見張りを交代制にすることも可能だが、一人になればそうもいかない。アカほど旅慣れていれば些細な気配で目覚めることも出来るが、初めて旅するというエステルではそうはいかない。休める時を無駄にするなと言いたいところだが、アカはそれを口にはしなかった。結界の外に初めて出たという興奮と、フレンに早く追い付かなければという焦りで、眠ろうにも寝付けないのだろう。仕方ないかと苦笑する。こういう時は、暫しの間話し相手をしてやったほうが気持ちが落ち着くものだ。

「……アカは、魔物を倒すことに迷いがありませんよね」

「そりゃあね。いちいち躊躇ってたら仕事にならないさ」

「わたしも、ユーリみたいに闘うことそのものを楽しめればいいんですけど…」

「おや、よく見てるんだね」

人を見るの好きなんです、と頷いた少女に笑った。確かにユーリは、戦闘になると生き生きとした目をする。自分も戦闘は好きなほうだが、彼はその上を行くと思っていた。

「相手を傷付けるのは嫌だけど…」

「そ、やらなきゃこっちがやられる。魔物のほうにゃ躊躇いとか容赦ってもんは無いからね」

「……そう、ですね」

傭兵として魔物と闘い続ける生活を送る自分には無い感情だ。アカは手入れを終えた剣を鞘に仕舞いながら、俯く少女に目をやった。
城に住んでいた少女。貴族のお嬢様のような立ち振舞い。世間知らず。甘い考え。しかし剣の腕は(型通りとはいえ)騎士団に入団しても通用するレベルだから、足手まといにはならない。更に治癒術の扱いはそれを上回る。邪魔になるとすれば、その心か。……いや、

「相手を思いやる気持ちってのも、きっと大切なものだと思うよ。それが魔物相手でも」

「……そうなんです?」

「うちみたいに割り切れない人なら、きっと持っててもいい気持ちだよ。躊躇いさえ捨てられれば、ね」

意味もなく命を散らすのではなく、他の誰かのためにと思えば、殺したほうとしては納得が出来るんじゃないか。それがたとえ都合の良い解釈で、独り善がりなものだとしても。

「……わかりました。わたし、躊躇いません」

その代わり、倒した魔物の名前を全て覚えておきます。そして帝都に戻った時、その魔物のお墓を作って、石碑に魔物の名前を全て掘ります。
少女の予想だにしない言葉に面食らったが、アカはそれを止めることなく苦笑するだけだった。

「アカは、どうして傭兵になろうって思ったんです?」

起きてしまったらしく、欠伸を繰り返すラピードの背を撫でてやると、少し羨ましそうな顔をしたエステルに問われた。……まだまともに触らせてもらえていないらしい。

「どうしてっていうと?」

「一人で護衛屋って大変そうじゃないですか。それに…」

「ああ、一応女だからね。信用無くて客とれないんじゃないかってんでしょ」

「え、ええ…」

確かにそれはその通りなのだが、今では大して気にしていない。誰かを養わなければならない責任も無いし、一人で生きていくには十分なのだ。

「傭兵はね、楽なんだよ。ああ、気持ちがね」

客を守るのは金のため。目的地に着いてしまえばハイさよなら。深く関わる必要はない、そのとき限りの関係で済むから。告げれば、エステルが少し悲しそうな顔をした。

「誰かと関わるのが嫌なんです?」

「さあ、どうだろう。単に深く関わりたいと思う相手がいなかったのかもしれんし」

「……人が、嫌いなんですか?」

「あのね、そうだったら今こうして君らと一緒にいるのは何なの。別に嫌々ついてきてるわけじゃないんよ」

「あ、確かにそうですね」

その後はこれまでの仕事の話や、訪れた街の話などを求められるがままにしてやった。やがて眠りについたエステルの頭を膝にのせてやりつつ、焚いた火が消えてしまわないよう木の枝を放り込む。

『人が、嫌いなんですか?』

「……」





あながち間違いでもないのかもしれない、と思ってしまった





 


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