×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

邂逅に堕ちる


腹ごしらえに皆で鍋をつついた後、ふらっと消えた尾形が一人の少女を連れて館に戻ってきた。
全体的に色素が薄いと思わせる少女のその顔を見て杉元と白石は「あ」と声を合わせる。その声に反応するように彼女もこちらを向いて「あぁ」と、君達か。と言いたげな顔をした。
そうしてニコリと笑みながらこちらに二歩、三歩と間を詰めてくるものだから数刻前の出来事が頭をよぎって白石は勿論、杉元も警戒して思わず後ずさる。
彼女は気にした様子なく笑みを浮かべたまま口を開いた。


「吐き気はもうない?目眩立ちくらみは?」
「ウウン、ダイジョウブ」
「もう元気ダヨ」


笑顔で迫られて二人の言葉が硬くなりまるで機械のようにそう返す。彼女に押されるように男二人がまた一歩後ずさったのはきっと気のせいではない。
二人の返答を聞いて彼女は「本当に?」と念を押すように目を細めて聞いた。その仕草に嫌な意味でどきりとして二人は上下に頷いて肯定してみせた。
事実、杉元も白石も吐き気は治り目眩もなければ先刻振舞われた鍋をペロリと平らげ、お代わりさえしたほど元気である。
するとどうだろうか、笑みを貼り付けて迫っていた彼女がスッと笑顔を引かせるとその勢いを落とした。


「そう……」


まるでつまらないと言いたそうに途端興味を無くした様子の彼女に白石は内心で「(こえぇぇ)」と冷や汗を流す。


「体調に異変でも感じたらすぐ言ってね?薬の調合には自信あるから」


取って付けたかのように言われて杉元は視線を泳がせた。
冗談じゃない、あんな荒治療。初対面で突然口に手を突っ込まれて問答無用で吐かされるなんてトラウマものだ。
そう思っても相手は自分より幾分か年下の女人。どう切り替えすべきか少しだけ考えていれば、彼女の背後にいた影がスーッと屋敷の奥へ消えていった。
それを目で追って杉元はゆっくりと口を開く。そうだ、そういえば。


「…尾形と一緒に居たけどさ、二人って知り合いなのかい?」


正直杉元も白石も尾形百之助に良い印象は持っていない。杉元に関して言えば尾形とは初対面で殺し合いをした仲であるし、白石は初対面にして脅されたりもした。
となるとこの彼女も初対面で散々なことをしてくれたと思うが状況の違いでは雲泥の差である。
尋ねた杉元に彼女が「尾形さん?」と不思議そうな声を上げて背後を振り返る。


「あれ、いない」
「尾形なら奥行っちゃったよ」


背後にいると思っていたらしい彼女に白石が告げれば彼女は納得したようにまた向き直った。


「知り合い……か、なんて言っていいのかな」


杉元に聞かれた言葉を呟いて少し悩んだ様子で目を伏せる彼女に、まさか恋仲なんて言わないよなと嫌な予感を覚えて返ってくる言葉をただ待つ。
んー、と間延びして考えるような声を上げて暫く彼女は困ったように笑った。


「尾形さんを拾った人、何だけど…」
「……拾った?」
「うん、担当っていうのはもうしっくりこないしなぁ…知り合いではあるけど友人とかそんなんじゃないし…じゃあ何かって聞かれたら…それかな」


尾形さんを拾いました。
と、何やら自分に言い聞かせるように呟いた後、彼女はそう言い切った。

拾った、とは。

腑に落ちない表情でいる二人を見て彼女は何か察したのか、あぁ、と口にすると自分自身を指差す。


「私、医者なの」


そう続いた言葉に杉元も白石も絶句した。自分達より幾分も若いこの女の子が、初対面にして強制的に吐かせてきたこの女の子が、医者と。


「拾ったというのは、尾形が川に落ちた後ということか?」


不意に会話に参加してきた声に3人の視線がそちらに移動した。
声の主はアイヌの少女アシリパだった。
部屋の奥からこちらにやってきた少女は投げた言葉の返答を待つように江茉を見上げていた。
言葉を飲み込んできょとんとしながら江茉は「なぜ川って知ってるの?」と尋ねてきた。
アシリパの質問に対して質問を返していたが、その内容が他ならぬ肯定であることをアシリパも杉元も理解した。
口を噤んだ杉元の様子を見て、今度は江茉が察する。


「まさか」


よく考えれば単純なこと。なぜ知っているか聞かずとも、それを知っているというのはその場に居合わせたからだと、そう考えれば合点が行く。
察した江茉にアシリパも杉元も気が付いた、表情を読まれて気が付かれたことに江茉も気が付いて、唯一話には入れない白石があわあわと「なになにどうしちゃったの」と突然黙った3人に声をかける。驚くほどゆっくりと江茉の手が重力に逆らい上がっていく。その手が表情を隠すように、溢れそうになる言葉を抑え込むように口元を覆ったのを見て杉元は視線を逸らした。
あれは、あの時は。当初確かに生け捕りにと考えていたが、そう出来る余裕もない手練れだとすぐ様思考を変更した。その結果川に落としてしまったのは不可抗力だ。片腕を粉砕して真冬のあの川に落ちて無事だとは思わなかった。万が一があったとしてもまさかこんな風に再会するとも思っていなかった。しかもそれを拾った少女など…
非道だと言われるだろうか、荒治療を施す少女だとしても医者だと名乗るのであれば杉元の行動は褒められたものじゃない。それまでの道のりを知らない娘に陰で何を言われようが気にはしないが、面と向かって人でなしと言われるのは避けたかった。


「杉元、さん…でしたよね」


恐る恐るといった様子で江茉が改めて彼の名前を確かめるように口にした。口元を手で押さえたままだったから少々くぐもって聞こえたが、はっきりと呼ばれた自身の名前に視線だけを彼女に向けて肯定を示す。…と、

頬を紅潮させ、瞳をキラキラと潤して杉元を見つめる江茉と目があった。
高揚しているような彼女の表情に虚を衝かれた杉元が反応に遅れると、それを見逃さなかった彼女が口元を抑える手とは逆の手でガシリと彼の腕を掴み取る。
そしてどこか興奮した様子で江茉はこう口にした。


「ぬ、脱いでいただけます!?」
「なんでぇ!!?」


尾形さんのあの腕をあんなに綺麗に粉々にしたのあなたなの?どうやってあんな風に折れるの?計算して出来るものなの?それとも折り慣れてるのかな?あんな風に折るには均等な力が必要なはずだけどどうやったの?体の操り方が上手なのかな?よく見ると杉元さん身体中傷跡ありそうだし後学の為にも是非お目にかかりたいな。少し、ほんの少しでいいから脱いで横たわって私に委ねていただけます?


「勢いが怖い!」


離して!腕抜けない!?なんて力だっ!!

江茉の勢いに気圧されて杉元が掴まれた腕を振り払おうとするも、驚くような力によって阻まれる。
恍惚の表情で杉元に迫る江茉に彼は既視感を覚えていた、確か…そうだ家永もこんな目をしていた気がする。欲にまみれたその顔は気狂いのそれと大差ない。医者というのはどれもこうなのだろうか。


「傷跡くらい見せてやったらどうだ」
「そうだぜ減るもんじゃないし」


それくらいケチるなと言いたげなアシリパと、興味を無くしたらしい白石が追い打ちをかけるようにそう言うと杉元は顔色を悪くさせた。


「アシリパさんだけは俺の味方でいてくれよ!?」


助けてくれ!と嘆く杉元に「人聞き悪いなぁ」と江茉が口を尖らせる。
ちょっと脱いでもらうだけじゃないか、痛くもしないし取って食おうってわけじゃないんだから。なんて言葉が出るものだから杉元はその表情に隠れた狂気に絶対信用できないと心の中で叫ぶしかなかった。

かくして杉元佐一が桐原江茉に脱がされるまでそう時間はかからず、彼の身体に刻まれた傷跡に大興奮した江茉を呆れたように回収しにきた尾形が来るまで、杉元は蹂躙されることになるのだった。