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▼歯を立てる

※死ネタ


「また、ダメだった…」

目が覚めたとき、ひどく悲しい気持ちになっていることがある。でもそんな時、私は決まって何が悲しいのか覚えていない。
枕がぐしょぐしょになるくらい涙を流して、ぎゅうっと胸が痛んでいるのに、この気持ちは夢ではなく現実なのに、なぜ涙を流しているのか全く覚えていないのだ。
仰向けの体勢のまま、ベッドサイドに置いたティッシュを数枚手に取って涙をぬぐう。ああ、これはシャワーを浴びないとだめそうだ。そんな風に思って一人でふふっと笑う。
不思議なことに涙はもう流れていないし、悲しい気持ちも胸の痛みも嘘のようにない。

「また、だめだった…?」

目が覚めたと同時に無意識に口にしていたそのセリフ。
一体何がダメだったんだろうかと夢の内容が気になって思い出そうとするも、全く浮かんでは来ない。
こういう時は大抵いつもこう。起きたと同時に忘れてしまうのだ。
夢ってそうらしいしなぁと大して気にすることもなく、私はゆっくりと体を起こしてティッシュをゴミ箱に捨てる。ちらりと時計を見ればまだ少し朝の時間に余裕があった。うん、よし、シャワー浴びよう。
気持ちを切り替えるように大きく伸びをして、ベッドから立ち上がりカーテンを開ける。日差しが差し込んで少し目に痛くて無意識に目を細める。

新しい朝だ。


***

走馬灯は記憶の中を思い出が駆け巡るもので、生死の間にある写真館だとどこかの本で読んだ気がする。

一度目は焼死だった。手錠で建物のパイプみたいなところに繋がれて、どんなに叫んでも誰も来てくれない。ただ男の笑い声を最後にごうっと燃え上がる炎に私は恐怖した。体にかけられた液体がなんだったのか、匂いで分かってしまったから更に怖くて。苦しいとか熱いとか痛いとかもう全部が分からなくなって私はそうして死んだのだ。

二度目は刺殺だった。アルバイトの帰りが少し遅くなって、いつも通っている帰り道の街灯が切れていた。暗いあたりに少し怖くなったけど大通りは遠回りだしと思って少し早歩きで道を進んでいた。コツコツと聞こえた足音に、私以外にも人が居ることに安堵した矢先、私は力が入らなくなって地面に転がっていた。何が起こったのか分からないまま、違和感だけを覚えた腰に手をやると生暖かい何かに触れる。襲われたのだと気が付いたのは、呆然とした私を跨ぐように誰かが馬乗りになって鋭利なそれを振り上げられた時だった。

三度目は事故死だった。アルバイトの帰りが少し遅くなって、いつも通っている帰り道の街灯が切れていた。暗いあたりと、なんだかひんやりした嫌な空気に私は大きな通りを歩くことを決めた。そうして信号待ちをしていた私にまっすぐトラックが突っ込んできたのだ。スローモーションに見えたあの一瞬、運転手と目が合った。どこかで見たような曖昧なその顔は確かに泣いていた。

四度目は溺死だった。手足を縛られて私の体はいとも簡単に海へ投げ捨てられる。足に重りでもついていたのだろうか、私の体が浮くことはなくそのまま沈んでいった。

五度目はきっと衰弱死だと思う。思うという表現は、私自身が断言できないものだったからだ。殴られ蹴られ、様々な暴行とずさんな食事。監禁されている空間でかわるがわる男たちはやってくるも口にする言葉は同じ。「誓え」という強要。痛いやめてと泣き叫びながらも私はその強要に一貫して答えた。「嫌だ」と。最後は叫ぶ力も残っていなくて、涙も流れなかった。痛いという感覚ももう麻痺していたのだろう、それでも嫌だと口をつぐんで首を横に振る。そうして私はいつしか力尽きた。

薬で殺されたり、自殺に見せかけられたり。何度も何度も私は私が殺されることを繰り返す。全部全部何で忘れていたんだろうというくらい。でも何で私はこんなに死んでなんでやり直していたんだろう。
駆け巡る走馬灯に思わず涙が流れた。そうか、そうなんだ。
晴れた視界の向こうにいる君に。私はそっと微笑んだ。向けられた銃口と、鈍い鈍い焼けるような痛み。その意味に私はやっと理解する。
何度も何度も殺された。でもまさか、今日は君に、佐野くんに殺されるなんて。
佐野くんはどの未来でも全部姿が違ったね。きっとそれは佐野くんが純粋で何に色にも染まれる真っ白な人だからだよね。
冷たい目をした無表情なその顔は、どの未来よりもやせ細っていてはっきりとわかる隈を持っていた。やつれている様子の彼に私は何故か「ごめんね」を口にする。

「なんでお前が謝るんだ」

無機質な感情のない声。どの未来でも私は何度も殺された。でもこの未来は最悪だ。だって佐野くんに殺させてしまうのだから。純粋でまっすぐで本当は誰より優しい佐野くんに、私を殺させてしまうなんて、私は何をやっているんだろう。
撃たれたところが熱くて、上手く呼吸が出来なくてひゅーひゅーと繰り返す。ひざを付いてはいけない。倒れてもいけない。今私が崩れ落ちてしまえばこれまでと何も変わらない。だって、だって

「そんなかお、させたくなかった」

驚くほど冷たい目で何にもない無表情の佐野くんが、ボロボロと機械のように涙を流しているのだ。
能面のように貼り付けた顔で、ただ温かい涙を流す佐野くんは、その涙だけが佐野くんの本質が変わっていない事を表しているようだった。
過去過ごした未来で、誓えと強要したあの台詞が脳裏をよぎる。嫌だ、誓わない。誓ってやるもんか。
ギリギリと歯を食いしばる。じゃないと倒れてしまいそうだった。

――「マイキーを諦めると誓え」

目の前の彼を見つめる。私の台詞にようやく自分が泣いていることに気が付いたらしい佐野くんは驚いたように目を見張り、その涙を乱暴に拭った。
それでも溢れるらしい涙と、困惑する様子の彼を見て私は確信する。うん、そうだ、やっぱり佐野くんは変わらない。私の知っている佐野万次郎くんだ。

「私は、絶対に、佐野くんを諦めない」

力強く言った私の言葉と裏腹に、私の体はついに限界を迎える。ひざから崩れるように地面に伏した私を、きっと眺めていたらしい佐野くんが「なんで」と吐き出す。
独り言のような小さな呟きだった。それでも拾ってしまった彼の小さな呟きは私の鼓膜を揺らして脳に伝えるのだ。なんで、なんでかぁ…。
愛だの恋だのを語るには時間がないし、そもそもなんだかちっぽけに見える。好きだから愛しているから、そんな安い言葉を吐いて今の彼に伝わるのだろうか。そもそも愛だのを語ったところで佐野くんの答えは鉛玉なのだから響くわけもない。
じゃあ何を、何を伝えればいいんだろう。
ただ、彼を救いたかった。何にでも染まってしまう真っ白な人だったから、何にも負けないでほしかった。いつだって佐野くんは佐野くんで、東卍を率いていたかっこいい人で。私の、

「私の、ヒーローだから」

あなたが諦めてしまったものを私は諦めたくなかった。
ただ、それだけ、だった。

***

「また、ダメだった…」

目が覚めたとき、ひどく悲しい気持ちになっていることがある。でもそんな時、私は決まって何が悲しいのか覚えていない。
枕がぐしょぐしょになるくらい涙を流して、ぎゅうっと胸が痛んでいるのに、この気持ちは夢ではなく現実なのに、なぜ涙を流しているのか全く覚えていないのだ。
仰向けの体勢のまま、ベッドサイドに置いたティッシュを数枚手に取って涙をぬぐう。ああ、これはシャワーを浴びないとだめそうだ。そんな風に思って一人でふふっと笑う。
不思議なことに涙はもう流れていないし、悲しい気持ちも胸の痛みも嘘のようにない。

「また、だめだった…?」

目が覚めたと同時に無意識に口にしていたそのセリフ。
一体何がダメだったんだろうかと夢の内容が気になって思い出そうとするも、全く浮かんでは来ない。
こういう時は大抵いつもこう。起きたと同時に忘れてしまうのだ。
夢ってそうらしいしなぁと大して気にすることもなく、私はゆっくりと体を起こしてティッシュをゴミ箱に捨てる。ちらりと時計を見ればまだ少し朝の時間に余裕があった。うん、よし、シャワー浴びよう。
気持ちを切り替えるように大きく伸びをして、ベッドから立ち上がりカーテンを開ける。日差しが差し込んで少し目に痛くて無意識に目を細めた。

さぁ、新しい朝だ。