大谷の部屋には本棚が威圧するかの様に存在し、床にはその棚に入りきらない本たちが積み重なっている。
正に大谷の根城である。
この根城にはたまに半兵衛のものが混じることもある。
だが本人が取りに来ることはない。
「吉継!」
断りもせず襖を思いっ切り開けたのは景匡であった。
己より立場は上のため先程のせいで埃が舞ってしまったと文句は言えない。
何を取りに来たのやら、借りた本が多過ぎて流石の大谷も予見して探し出すことも出来なかった。
「今日はな、枕草子を取りに来た」
いつもは武経七書などの兵法書ばかり読んでいるがたまには暇つぶしに、という理由で借りたのだが、大谷は枕草子の自賛的部分が好きになれず、一度読破したもののそれ以降手をつけることはなかった。
それは塔と化した本たちの中枢に位置している。
上の本たちを数珠を浮かせるのと同じようにふわふわと持ち上げ、目的の本を取るとまたその上に積み重ねた。
景匡は大谷から本を受け取ると腰を落ち着かせ、今の情勢を語り出した。
病を発症してから大谷は外出を滅多にしなくなった。
訪れる者も少なく情報が全く入って来ない中、主観的感想が入るものの的を得ている景匡からの時勢情報は有り難いものであった。
しかし、どうも仏教系統の話は毎回やけに詳しい。
景匡は臨済宗の家系だが地域的には神道の色が強く、景匡の中の宗教は複雑化し最終的に面倒になり、結局寺と神社は平等に参拝するし、地蔵には賽銭をする罰当たりになっていた。
これが心の根底にあるものだからその手の話題が中核を成す。
その度に大谷は、景匡の死後は神道で葬式をするのだといった話題を思い出すのだ。
宗派は時勢に飲み込まれぬようにとただ入っただけで、神道が景匡の家では頂点に立っている。
そして何故か景匡が神主らしい。
神主になった経緯は紆余曲折すぎて景匡自身でも説明がつかないのだと言う。
形上のみだ、とも言っていた。
神葬は神主のみに行われ、神として祀り上げられる。
人並み外れたこの男なら、荒ぶる神に相応しい、とこの時毎回大谷は思う。
祟徳院や菅原道真公の如く死後念を遺し祟ると思われる剣呑な男だから、神主にされたのではないかと勘繰ってしまう。
このような一方的と思われる大谷と景匡の交流だが、この程度の距離感が大谷には心地好かった。
「何を考えている?」
景匡の声に自分が傍目から判る程ぼんやりしていた事に気が付いた。
「御仏の話でしたので死後の世界を少々…」
この男が荒神になるのならば己の身は無論地獄に落ちるのは甚だわかりやすいことだと大谷は思う。
「何、高天原からなら根の国にも行きやすい。寂しがり屋の為に儂は逢いにいくぜ」
根の国と地獄は違うか、わはは、と笑って軽く大谷の頭を叩いた。


( ルサンチマンのかわりに夜空へ放ちやるぼくらのように美しい蛾を / 森本平 )
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