心地良い電車に揺られながら東京の広さを痛感するけれど、ぼんやりと窓から見える紅葉とも言えない夏の終わりかけの景色はちっとも変わりはしないし、1時間とちょっとの電車ももう少しだと気づいた途端に飽きて始めてしまう。

「……長い」

メールをあんなに確認したのに自信が急にしぼんでいって、確認のために携帯を取り出そうとポケットに手を入れる。

 人の少ない電車は居心地が良くて、だけど斜め向かいのボックス席でひとり昼間からお酒を飲む酔っぱらいからアルコールの匂いがしきりに鼻につくからそんな心地良さを吹き飛ばしていく。

“夕方6時に、駅の時計のところ”

メールの短い文章に思わず笑みが溢れた。はやく、駅につかないかな。
チラリと見つめた景色はあまり変わってなくて、残暑の不愉快さは電車のクーラーにかき消されてあやふやになる。まるで、私と純みたいに。


 幼馴染の伊佐敷純と会うのは中学の卒業式以来で、きっと純は私に押し付けた第2ボタンなんて忘れしまってる。2年も前の話だもの。

東京行くって同中のみんなに啖呵切って。バスケだってサッカーだって凄くて足だって早かったのに「青道で甲子園に行く」って私に押し付けた第2ボタン。
4番でエースで甲子園で優勝してヒーローになったら返してくれって中学生らしい幼い表情でそう言ったよね。私はあの時恥ずかしくて、なにも言えずに渡された第2ボタンを俯いてセーラー服の胸ポケットに入れたんだ。初々しい、私と純。


 高校3年生になって、学校じゃ慕ってくれる後輩もいて。私だって純が居なくても退屈とは言い難い高校生活を送ってそれなりに良い雰囲気の男の子だって出来たのに、たまに今みたいな季節の変わり目くらいの時期に送られてくる気まぐれのようなメールとお守りみたいに持ってた第2ボタンがその先を許してはくれなかった。見透かされてるみたいで、悔しいけど。


――次は、国分寺、国分寺……お降りのお客様はお忘れ物のございませんようご注意ください――


はっと顔をあげる。もう目的地まで来てたのか。乗り過ごすところだった。笑い話にもならない。1時間とちょっとで広げた荷物を慌てて片付けて、座席を立ち上がる。チラリと鼻にこびりつくアルコールを飲むおじさんを見たらワンカップをちびちびと飲んでいた。顔が赤い、できあがってる。

そっと視線を外して、肩で風を切る。
鈍ってしまった体が少し窮屈で、ゆっくりと止まった電車に少しだけバランスを崩し慌てて壁に掴まった。

無機質な機械音を鳴らして、扉が開く。体を持ち直して一歩、と足を出そうとした時に見えたのは純で。

「え、」

あっちも驚いた顔をしてて私も驚いて。どうしたの、って言葉がうまく喉から出なかった。駅の前の時計で待ち合わせって、メールに書いてたのに。純はその、鋭そうな目をぱちりと瞬きさせてこちらに手を伸ばす。

「降りろよ」
「あ、うん」

 つん、と外の匂いが鼻腔をくすぐって不愉快な残暑が私の肌をべろりと舐めるみたいにまとわりつくけどアルコールの匂いよかずっと良い。純の手を握って、ホームのアスファルトを踏んだのとほぼ同時にその手が引き寄せられて、あっという間に純の腕の中に居た。

「2年半も待たして、悪かったな」
「……ほんとに」

純のブレザーの背中に手を回すと、純は抱きしめている腕に力を入れた。潰されそうだけど心地良くて目を瞑る。遅かったよ。エースでも4番でも日本一でもなければ甲子園も行けなかった小さな約束破りの純に縋る。

「純、」
「寂しかったかよ」
「……うん」

ずっと待ってたんだよ。甲子園に連れて行ってくれるの。日本一のヒーローで新聞の1面飾るの。「寂しかったよ、ずっと」って言ったらゆっくりと純の腕から開放されて、背伸びさせてた足を地面につける。

 これから秋になる。きっと純はまだ甲子園に行けなかったことをまだまだ引きずる。それで、今みたいに申し訳なさそうにその鋭い目を伏せてしまうんだ。私は有言実行の純がエースになる約束も4番になる約束も甲子園に行く約束だってどれ一つ破ったことを怒ってなんかいないのに。

「純、もっかい。抱きしめて」
「……外なのわかってんのか」

ばーかって言いながら縋ってくるみたいに私を抱きしめた。

その腕は少し震えてたから、私も純も残暑にやられたことにしておこう。


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