ラッピング用品も準備した。
材料もある。
味見役も――――いる。
大好きな大好きな棘くんへ、心の底からのありがとうを伝えるのだ。
ドールズバレンタイン
「おかえり〜」
「しゃーけー」
「任務お疲れ様。休日なのに大変だったね」
「ツナマヨ」
そんなこと無いよ、と言わんばかりにひらひらと手を振った棘くんは、ひとりで談話室のソファに座ってテレビを見ていた私を不思議に思ったらしい。
「もしかして待ってた?」と首を傾げ、私の隣にぽすりと座った。
「早く会いたいなって思って。待ってた」
「……ツナ」
ちょっと照れたように視線をうろうろとさせた棘くんは、私の手を掬い上げて握ろうとして、私が手に握っていた袋に気付くと不思議そうに首を傾げた。
「明太子?」
「今日はね、特別な日なんだよ」
「……?」
あれ、もしかして興味ない? それとも忘れてるだけ?
想像していたのとは全然違う棘くんの反応にちょっと拍子抜けした私は、手提げ袋を彼に向かって掲げてみせた。
「これ、なーんだ?」
「…………すじこ」
「正解! 今日はバレンタインだよ」
どうぞ、とラッピング袋を棘くんに手渡して、反応を見守る。
ピンク色に白のハートが散りばめられている透明な袋。その中には真っ赤な袋が二重になって入っていて、中身が見えないようになっている。
中身が透けて見えるものと迷ったけれど、袋が可愛かったからこれにしてしまったのだ。
「手作りにしてみました」
「しゃ、しゃけ」
「……えーっとその、心配しなくても大丈夫だからね……? いっぱい味見してもらったし、」
私がそう言った瞬間、棘くんは少し眉間に皺を寄せてプレゼントから顔を上げて私へ視線を寄越す。
誰に味見してもらったの? とちょっと機嫌が悪そうな瞳が非難するようにこちらを見ている。
「ご…………ごじょう、せんせいに」
「……ツナマヨ」
む、と頬を膨らませた棘くんはちょっと可愛らしい。
――――じゃなくて。
「だって、もし失敗しちゃって、美味しくないのができちゃったらあげたくなかったから……いっぱい作って全部味見してもらうのは、甘党の先生が一番都合が良かったんだもん……」
真希ちゃんに味見をしてもらうことも考えたし、実際にお願いしたけれど。「そんなに食えるワケねーだろ」と一蹴されてしまったのだ。
仕方なく五条先生を昨日一日拘束して、作っては味見してもらって、冷えて固まるまではお喋りをしてまた味見をして、とたくさんのチョコレートを消費してもらった。
……ちゃんと調べて頑張ったからか、最初から最後まで先生は「美味しいね」しか言わなかったけど。味見というよりはただの"エサやり"感は否めなかった。
「でもね、一番美味しいのができたはずだから……貰ってほしいな」
「しゃけ……」
ちょっと不服そうにしながらも、気を取り直した棘くんは嬉しそうに目元を緩ませて、ラッピングのリボンを解いていく。
「……」
「ハッピーバレンタイン、棘くん」
中から出てきたのはドーナッツの形を模したリング状のもの、カップに入れて上から柄を描いたもの、食紅でピンクに色付けたホワイトチョコを棒に刺したマシュマロに纏わせたもの、クッキーでチョコをサンドして上からコーティングをしたもの。
その中でも一番のメインは、シンプルにハートの形をしたものにデコペンでメッセージを書いた、心の籠ったチョコレート。
「私のこと、選んでくれて『ありがとう』」
「……」
「ずーっとずーっと、『大好き』だよ」
「しゃ、け」
心を得て、笑って、話して、恋をして。
棘くんと出会えた私は、本当に幸せだ。
「あ……ご、五条先生にはメッセージ書いたのは渡してないよ? 味見だし、ちょっと形が悪くなったやつとかだけで……すき、って書いて失敗しちゃったのは私が食べちゃったから……」
「こんぶ」
初めてのバレンタインを大好きな棘くんと過ごせて、日頃の感謝を伝えることもできた。
これ以上の幸せ、きっと他にはない。
ぐ、と何かに耐えるように一瞬だけ棘くんは目を細めたけれど、すぐに表情を柔らかくして両腕を広げた。
私は喜んで飛びついて、ぎゅーっと大好きな棘くんに抱きつく。
「だいすき……」
「しゃけ」
「いい子いい子して、もっとぎゅーって……して?」
「しゃーけっ」
私がそうお願いすると、棘くんはゆっくり頭を撫でてくれて、身体に回した腕に優しくぎゅうっと力を込めた。
私が顔を寄せた首元。とくとく、と棘くんの"生きて"いる鼓動を感じる。
「えへへ」
「"ゆき"……」
棘くんから身を離した私が「早く食べて」と催促すると、棘くんは少し残念そうな顔でチョコレートたちに目をやった。食べたくないなぁ、なんて思っているのが手に取るようにわかる。
パシャパシャとチョコレートの写真を撮った棘くんの袖を引いて、私と二人っきりの記念写真を撮った。
…………今度現像して、大事にアルバムに入れておこう。
惜しむようにチョコクッキーサンドを手に取った棘くんに、「また今度、何でもない日に作るよ」と声をかける。
すると彼はとても嬉しそうな顔をしてから、口元の綺麗な呪印を晒してぱくりとクッキーにかぶりついた。
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2021.イヌマキバレンタイン!
2021.02.14
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