私から見た佐倉一級呪術師は、強くて頭のおかしい変態だった。


――――死んだ妹と瓜二つの呪骸を作った。

その一文だけで、イッちゃってるヤツだということはわかると思う。

その呪骸はまるで人間のように動き、話す。
更に気持ち悪い点としては、ソレは会話をしている相手の気分の良いように、"話を合わせる"という仕様だろう。
佐倉さんによると、それは鏡と同じ反応だという。鏡とは言っても別に他者の動きを模倣するわけではなく、相手が心の中で「こう言ってほしい」「肯定してほしい」「本当は答えが出ている」と思っていることを先読みして予測して、そのまま会話に反映して返すだけなのだとか。

……そんな複雑な呪骸があってたまるか。

そして変態の佐倉さんは高専の臨時教師として籍を置き、偶に任務の報告がてらゆきを私たちに会わせに来た。

――――私たちにとっては、そんなものは成人した男性の薄ら寒い人形遊びにしか見えなかった。


「真希ちゃん、今日はお兄ちゃんに新しい服を買ってもらったの。似合うかな?」
「棘くーん! 一緒にご飯食べよ?」
「パンダくん、抱っこして!」

ゆきがそう言って他人と関わるたびに、佐倉さんは嬉しそうにゆきを眺めていた。まるで成長する我が子を見るような目つきで。
自分がそういう風に操作しているだけなのに。


一度、彼に聞いたことがある。

「佐倉さんの"妹"、規定的に大丈夫なんですか?」
「上に怒られてはいるけど、呪詛師認定されてないからNGじゃないみたいだね」

どういう理屈だよ。
もしこの"お人形遊び"が呪詛師として扱われる要因になった時、佐倉さんはどっちを選ぶんですかとは聞けなかった。
佐倉さんの中では答えが出ているんだろうな、と頭のどこかで理解していたからだ。

「棘くん! この服どうかな?」
「……こんぶ?」
「えへへ今日から高校生になったんだよ! それで制服も新調してくれたの!」

似合う? とその場でくるりと回ったゆきは、スタンダードなセーラー服に赤いスカーフがよく似合っていた。掛け値なしに可愛かった。

話を合わせるのも上手いし、よく笑い、嫌な顔ひとつしない。
きっと都心のキャバクラなんかで働いたら指名度ナンバーなんとかになれるんじゃねーかな。

……でもそれはあくまで「非術師から見たら」の話だ。

私達は、ゆきが呪骸だということを知っている。
会話の内容も仕草も、すべてに意志がなく、佐倉さんが望むとおりにプログラムされている。
気味が悪くて、でも拒絶するには人に似すぎていて。


そんな変態の佐倉さんが死んだ。
でも呪骸のゆきは動いている。


パンダと同じというのなら、感情がある呪骸ということなのだろう。
いつから? 佐倉さんが亡くなってから? それとも佐倉さんが生きていた頃から?

……箱の中の猫だ。誰にも真相はわからない。

本人の申告を信じるしかないのだろう。
パンダがそう言うなら、そう信じよう。

頭に理解させても気持ちの面では、同級生として受け入れるには時間がかかると思うけど。それは許してほしい。
出来る限り努力はするから。






転入してきた当日。高専の制服が間に合わなかったと言って、今まで着ていたセーラー服そのままで座学を受けたゆきは、放課後になると佐倉さんの葬儀に出かけて行った。

もちろん私たちも参列する予定だ。

親戚縁者のいない佐倉さんの葬式は、高専内にある部屋で執り行われた。
本来ならば身内が座るであろう最前列にはゆきの姿はなく、当たり前のことと思いつつもどこか虚しかった。

現実逃避じみた行為をする変態野郎であれど、あんなに可愛がっていたのに。やはり呪骸は呪骸。ゆきの参列は、きっと上の人たちの許可が下りなかったんだろう。

足早に部屋を後にする人たちの群れを何とはなしに見送った私の横で、棘が溜め息を吐いた。

「こんぶ」
「別に、先に帰りゃよかったのに」
「おかか」
「……パンダも。」
「俺は学長と話すことがあるからな。真希こそいつまでここに居るつもりだ?」
「別に私はいいだろ。なんとなく部屋に帰りたくない気分なんだよ」

もしかしたら、ゆきが来るんじゃないか。

誰も口には出さなかったけれど、私も二人もそう思っていることは確かだった。
もし顔を合わせても、かけてあげられる言葉なんてひとつもないくせに。

ゆきの中できっとほぼすべてを占めるであろう兄の佐倉さんに、最後の別れを告げられないなんて。
あんなに、頭のおかしいお人形遊びだとレッテルを貼っておいて、今はゆきのことを気にかけている。
おかしなもんだなと自嘲するような笑みがこぼれて、緩く頭を振った。

「あ」
「ツナマヨ」

と、向こうから歩いてくる学長の姿が見えた。ガタイがいいから、遠くからでも判別できる。
学長が手に持っているのは白い房の付いた……

そこまで考えて、はたと思い当たる。

「……学長」
「終わったのか?」
「ああ。お前たち、まだこんなところに居たのか」

早く帰れと夜蛾学長が言って、私たち三人を見やった。
その手に何を持っているかなんて、一目見れば子供でもわかる。

「高菜」
「ま、冷えてきたしな」
「俺もここで待ってるのは飽きそうだ。後で呼んでくれや」
「わかった。……悪いな」

学長が居るなら、むしろ私たちは邪魔になるだろう。
棘が帰ろうと言い出したのをきっかけにして、私たちは重い腰を上げた。
私たちと入れ替わるようにして部屋の中へ入っていく大きな後姿を見送って、帰路につく。

足元が畳から板張りに変わったときに、ふと後ろを振り向いた棘がぺたぺたと近づいて行って、腰を折るようにして小さいそれを拾いあげた。

「棘、先行くぞ」
「……こんぶ」

まだ追いつけるかどうかは怪しいところだが、よしときゃいいのに私たちの中で誰よりも優しい棘は、夜蛾学長が落っことしていったであろうポケットティッシュを片手に奥の部屋へ戻っていった。
その後姿をちらりと見たパンダがぽつりと言葉を漏らす。

「呪骸用の布はあれど、白いやつは持ってなかったのかね」
「私は持ってたけどな」

ティッシュを持ってないかどうか、でかい体で誰かに聞いて回る学長を想像してちょっと笑ってしまった。
夜蛾学長も、ああ見えてとても優しい人なのだ。
きっと色々手配してはいたが、そこまで気が回らなかったに違いない。

再び歩き始めた私たちの後ろから、ぺたぺたと足音が追ってきていた。

「ずいぶん早いな」
「……おかか」

戻ってきた棘の手には、先ほどのティッシュがそのまま握られている。何があったのかは何となく想像がついた。ゆきの世界の全てを構築していた存在が、この世から姿を消したのだ。
その心中を"その気持ちはよくわかる"なんて軽い言葉で慰めるような残酷なこと、私たちにできるわけもない。

私が見ていることに気づいたんだろう、棘はちょっとバツの悪そうな顔をしてからそれを制服のポケットにしまい込んだ。




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