季節は気付けばもう師走。人の動きも忙しなくなってきて、コンビニではクリスマスケーキの予約のチラシが置いてあったり、朝のニュースでもクリスマスの話題が出る日が増えてきた。
まだまだ当日まで日はあるにもかかわらず、お店もテレビも年中なにかしらのイベント事を探しては取り上げているような気もする。
昨日の夜も今朝も、寮は閑散としていてとっても寂しい。
昨日の金曜日から、五条先生が真希ちゃんと棘くんと乙骨くんの三人を引率して、石川まで足を延ばしているからだ。一泊二日の旅程だから、帰ってくるのは今日の夕方頃らしい。
……きっとこの時期は寒いだろうな。でも美味しいものが食べれそうなのは単純に羨ましい。ついさっきも、写真が棘くんから送られてきた。被写体は『割り箸を割るのに失敗した乙骨くん』である。ちなみに昨日の一枚は、『金沢駅舎を背後にしてピースを決めている棘くん』だった。送られてきた写真にはついつい「任務がんばってね」とか「乙骨くんにドンマイって伝えてあげて」なんて返信してしまうけれど……きっと、私がいつまでもこんなことをしているから、棘くんが"人形離れ"できない原因になっているように思う。
真希ちゃんが言うように、心を鬼にして棘くんを突き放せばいいとわかってはいる。でも、今よりほんのちょっとだけ離れた距離で"お友達"のまま棘くんに諦めてもらいたいというのは……本当にただの私の我儘だ。
私が棘くんから送られてきた"乙骨くんの"写真を眺めていると、正面からそれを覗き込んできたパンダくんが「憂太はどんくさいなぁ」なんて言って笑う。
金沢へ行っている三人に対し、パンダくんと私は残念ながらお留守番だから、二人で朝からのんびりくつろいでお喋り中。私の時間潰しに付き合ってもらって、今は三度目のオセロでちょうど決着がついたところだ。
オセロに関してパンダくんは想像以上に強くて、小さな白黒の石を大きな手でちょんっと摘まんでは、私が頑張って広げた陣地をどんどん奪って石をひっくり返していってしまう。
流石、白黒の王者パンダ。いつか寮生全員でオセロトーナメントなんて開催してみたら楽しいかもしれない。
と、オセロの石を手元に回収していくパンダくんが口を開く。
「今日は充電連れてってもらうんだろ? 誰とだ? 七海か?」
「ううん、京都の人なんだって。初めて会うから緊張しちゃう……」
少し前に姉妹校交流戦で乙骨くんが行った先――――京都、の準一級呪術師の屋代さんという男の人が東京へ来ているらしい。年末にかけて日本中でいろいろなイベント事があるし、冬の寒さに中てられるようにして人の負の感情も増すのだろうか。屋代さんという人はどうやら年明けまでは関東駐在になるらしく、任務終了後に東京観光のついでとして私を充電に連れて行ってくれるそうだ。
「大晦日は人が少なくなるし、今からでも知らない人と充電行くのに慣れときなさい、ってことみたい。伊地知さんが話通してくれたんだ」
……たぶん五条先生の命令で、という言葉は飲み込んでおく。まぁ年末年始は真希ちゃんも乙骨くんも実家には帰らないだろうし、パンダくんと私はそれ以前の問題だし……教員は少なくて寂しいだろうけれど。
たぶん、大掃除の人手には困らないだろうな。
「へぇ、いいじゃないか。ならそいつにどっか京都のうまそうな店とか観光名所とか聞いて、今度旅行でも行ってきたらどうだ?」
「んー……一緒に行ってくれる人が居ないからなぁ。真希ちゃんはあんまり京都は行きたくないみたいだし」
「そうか? じゃあ今日アイツらが行ってる金沢は?」
「確かに任務だけど、一泊二日でほとんど小旅行じゃん……行ったことあるところにもう一回真希ちゃんを付き合わせるのも……なんだかなぁ」
――――せっかくの金曜日が呪霊祓除で潰れるんだし、いっそのこと観光しちゃおうよ!
名案を思い付いた、という顔をしてそう言い放ったのは五条先生らしい。厭そうな顔をする真希ちゃんへ「大丈夫大丈夫、宿泊費も経費で落ちるから」とかなんとか言ってたみたいだけど……五条先生の無茶ぶりで"経費で落ちる"ようにしてくれるのは、きっと伊地知さんだ。
でも、確かに私も旅行には行ってみたい。棘くんとの仙台出張は旅行かと言われると違うような気がするし、どこか観光名所をまわって美味しいものを食べて……というスケジュールには少し憧れがある。
「あ、そうだ! じゃあ冬のうちにさ、海行こうよ。海」
「海は夏だろ?」
「そうかもしれないけど……冬なら誰も居ないよ? パンダくんも、棘くんも……もちろん里香ちゃんが嫉妬するような相手なんて歩いてないから、乙骨くんだって安心じゃない?」
真希ちゃんと二人旅行も楽しいかもしれないけれど、どちらかというと私は皆でどこかに行きたいなぁ。
そのためにはパンダくんが行けるところで、乙骨くんも安心して歩けるところで、棘くんが気を遣わなくても済むところを選びたい。
そう考えてみると、冬の海なんて最高なんじゃないだろうか。
それ以外ならどこか僻地の山奥へ行くか、クルージングか、無人島へ行くか……くらいしか思いつかない。パンダくんは貨物として飛行機に乗れるけれど私はパスポートが取れないから、国外に行くこともできない。
私を貨物として飛行機に乗せようとしても、税関で人身売買のセットひと揃えと勘違いされて止められてしまうのが関の山だ。
「ゆきは水着とか着たくねーのか?」
「高専にもプールあるし。別に水着が着たくて海に行くわけじゃないよ」
「はぁ……。そこんとこよく分かんねーな……漫画でもドラマでも、ビキニ着た女見て喜んでる話ばっかやってるくせに」
「それはお約束、っていうやつじゃないかな……?」
そんなどうでもいい話を続けていると、私の携帯電話が待ち合わせ五分前に設定しておいたアラームを鳴らす。
思ったよりも話し込んでしまっていたらしい。
「ごめん、そろそろ時間だから行くね」
「楽しんで来いよ」
ひらひらと手を振ったパンダくんがテレビに視線を戻したのを見届け、私は高専の寮を後にする。
向かう先は駐車場。並んでいる黒い車のボンネットを眺めていると、そのうちの一台の窓からにゅうっと黒スーツの腕が伸びてきて、こちらに手招きをしている。
私が小走りにそちらへ近寄っていくと、運転席から手を振ってくれていた女の人が後部座席を指差し「ほら乗って乗って」と快活そうな笑みを浮かべて言った。
お言葉に甘えて扉を開けて乗り込むと、助手席に座っていた男の人がぶっきらぼうに「屋代だ」と自己紹介をしてくれる。
「あの、こんにちは。夜蛾正道一級呪術師の呪骸の、佐倉ゆきです。今日はお世話になります。お忙しいのにすみません……」
「いや、今日は午前で片付く程度だったから問題ない」
「そうやぁ。この人どーせホテル戻ったところでやることないけ、外連れ出したったらな引きこもりやもん」
車内で助手席に座る屋代さんを笑いながら小突いている運転席の女の人は、鈴谷さんというらしい。綺麗な栗色の長い髪をハーフアップにしていて、バックミラー越しに私へ笑いかけてくる。
「ゆきちゃん、シートベルトはOK?」
「だ、大丈夫です」
「はいはい、出発するよぉ。――――安全運転で、行かさせていただきます。鈴谷です。……ふふふ、この芸人さん知っとろう? 東京でも人気やし面白いやらぁ」
ひとりくすくすと笑みを零した鈴谷さんは静かにアクセルを踏んで、楽しそうに屋代さんへ話しかけては私へも話題を振ってくれる。
「屋代、東京もええもんでしょ? 道はややこしいけど京都よか冬は温かいんやって」
「別にどこだって同じだろう。飯食って寝て……違うのは醤油くらいじゃないか?」
「ハァー? おもんなァはんかくせぇ。……ゆきちゃん、コイツ衣食住にとことん興味無い奴なんよ。しかも老け顔やし……ね、ウチら同期なんよ? 信じられる?」
「そ、う……なんですか?」
「そそ。元はウチも京都におったんやけどね」
あはは、と明るく笑う鈴谷さんは、つい最近関東圏へ異動してきたらしい。私には昇級査定の話も来ていないし、そこまで頻繁に任務に駆りだされるわけじゃないから……鈴谷さんも屋代さんと同じく、今回が初めましてだ。
「鈴谷……もう少しわかりやすい日本語を使ってくれ」
「あは、屋代に言われるとなぁどんどん崩したくなるんよ」
「難しいなら標準語に直せ。散々京都では白い目で見られてただろ」
「仕事できりゃ白星白星」
鈴谷さんは小さい頃から親が転勤族だったそうで、日本各所の訛りを取り込んでいるものだから「出身地、どこやと思う?」なんて言われてもその喋り方では判断がつかない。
あてずっぽうで「やっぱり京都ですか?」と言ってみると、「生まれは東京、育ちは北海道から沖縄まで! フルコンプまであと少しやってんけど、高専で寮住まいになってさぁ。八地方区分、って言ってわかるかね……とにかく、地域的には全部住んだんやけどね。惜しくも『四十七都道府県の女』の称号は逃してんのよ」なんて笑っている。
屋代さんの言い方だと、関西圏の人たちはその中途半端な訛りを嫌っているのだろうけれど……私は別に、言っていることがわかれば特に気にならないなぁ。
むしろ可愛くて茶目っ気のある女性に見えるし、豪雪地域や南の島の話し方が強めに混ざっていないだけでも理解しやすい。だいぶ前に棘くんと行った仙台出張では帰りの新幹線を待つ駅のホームで、孫を待っているというご夫婦に道を聞かれて大変だったことをよく覚えている。
……"孫を待っている"という話を聞きとるまでが、特に重労働だった。
鈴谷さんは女性らしい綺麗な手をひらっと私に向けて振ってみせると、バックミラー越しに再度こちらへ視線を寄越す。
「えーっと、狗巻くんいうんやっけ? ゆきちゃんはあの子とは同級生なんよね?」
「そ、そうです。同じ一年生で」
「無口な子ぉよねぇ。可愛い顔してっけど、あれは腹芸が得意なタイプじゃろ?」
「はらげい……」
「元は芝居で役者が…………いや、あー……要は『腹の中で何を考えていても、相手に悟られないように表面上を取り繕うのが上手い』という意味だ」
屋代さんはなんだか大層難しそうな顔をしながらそう説明し、私の方を振り向くと「それで、佐倉はどこか行きたいところは無いのか」と鈴谷さんの会話を強引にぶった切った。
同期故の気安さだろう。鈴谷さんも何も気にしていない様子で、名前通り鈴のように綺麗な声でからからと笑っている。
「あの、人が多い所ならどこでも――――」
「……人の負の感情、が多い所ならいいのか?」
「は、はいっ」
「あ屋代、流石に」
ふむ、と顎に手を当てた屋代さんは、鈴谷さんに向かって口を開いた。
「東京競馬場。近くにあるだろ」
「ほらぁー! ゆきちゃんがおしゃれタウンの名前言わんから! コイツ馬と船のことしか頭にないんよ……休日までアンタのギャンブル癖付き合ってたらウチらタバコくさなって、ゆきちゃんも狗巻くんに『オマエどこ行ってきたんじゃ』なんて説教されるっつーの」
「……地方は地方だろう。仕事終わりで行くなら文句は無い筈だ」
「す、すみません……えっと、原宿とか、観光の……その……し、調べておきます」
慌てて携帯を取り出した私を制した鈴谷さんは、仕方ないなぁなんて言いたげな顔をしてこちらへ微笑みをくれて、次いで屋代さんへ氷のように冷たい視線を向ける。
「えーよ。そったらウチらが行きたいところに付き合ってもらうのが今回の"東京観光"ってことにしようや。……で、屋代の"観光前の寄り道"は?」
「……ワンレース、」
「負けたら?」
「…………か、」
「勝つまでなんて言ったらひっぱたくけぇ」
「……三回でやめる。あとはお前らの好きなところに付き合ってやる」
「ッハァー! ゆきちゃん、準一級呪術師様のお財布素寒貧にするくらいたっかいもん奢ってもらおうや。昼ご飯とおやつと晩ご飯のメニュー考えといて」
「は、はい……」
初めて行った競馬場はすごい人出で、鈴谷さんにくっついていないと逸れてしまいそうだった。
堂々としている鈴谷さんの隣で周りをきょろきょろと見回してしまう私に対し、屋代さんは「じゃ、」と一言だけ残して立ち去っていく。
あれ? 私って、呪術師と一緒に充電する方が良いんじゃなかったっけ?
でも考えてみれば鈴谷さんも呪霊が見えるし、京都高専卒だし、しかも術式も持っているというのだから問題は無い。
そんなこんなで私たちは適当なところで席を見つけ、二人でダラダラ話しながらホットスナックを摘まんでいた。
鈴谷さんの「京都は呪術師の魔窟なんよ」に始まり、「東京は呪霊の巣窟やわ」「道おぼえんのがめんどい」「東京はどこ行っても大体の県の地方名産がなぜか売ってる」「ところてん、酸っぱいのと甘いのどっちが好き?」までいったあたりで「そういやゆきちゃんの同級生の話聞かせてやぁ」と言ってにっこり微笑む。
「えっと、同級生、だと……鈴谷さんが仰ってた棘く……あの、狗巻くんとか」
「あぁ"腹芸大得意半眼無口ボーイ"の。てか無理して苗字で呼ばんでも大丈夫やよ。東京高専来てすぐんときに、こっち所属の術師の名簿だけは頭に叩き込んであっから。特殊なあだ名とかでなけりゃわかるよ」
「そ、そうなんですか……!?」
東京高専管轄の術師名簿、全部? 本当に仕事がデキる女の人なんだ。凄いなぁ。
私が驚いているのを面白く思ったのか、鈴谷さんは「苗字も名前も、漢字で書けるよ? 住所まではまだちょっと苦戦してっけど……東京在住の術師なら、市区町村くらいまでは憶えてる」と言って自慢気な顔でポテトを摘まむ。
「わぁ……私なんて、親友なのに……真希ちゃんの苗字とか難しすぎて書けないんです……」
「っあー……確かにありゃあ憶えんの大変よね。"魔窟"の京都は禪院だらけやし、ウチは書きすぎて頭より先に手が憶えたわぁ」
「手が」
「あとはー、君の同級生だと突然変異呪骸のパンダと、狗巻くんも面白い名前やしょ? ……まぁゆきちゃんは名前憶えんの簡単やったけど」
「?」
どうして私は憶えやすかったんですか、と訊こうとする前に、鈴谷さんは話を前に進めてしまう。
「乙骨くんいう子もありゃすごい子やんね。圧が違うよ圧が」
「知ってるんですか?」
「京都でも有名やもん。特級被呪者なんて聞いたこともないねぇ。交流戦でもボコボコだったらしいじゃん? だいたい、そんなヤバいのに憑かれよったら即死よ即死」
で、実際どうなわけ? と言った鈴谷さんはこちらへ顔を近づけ、声を潜める。
「ど、どう?」
「乙骨くんよ。……君たち一年、牛耳ってんの?」
「ぎゅ!? いやっそんなことは……! あのっ、あの、普通にいい男の子というか、私が元気無いと励ましてくれたりとか、電子レンジのココア忘れかけてたら気付いて声かけてくれたりとか、私たちどっちも地理と歴史苦手だから一緒にテスト対策したりとか、呪具使うのもすごい速いし、その、えっと、」
「あーわかったわかった、もーお腹いっぱい。良い子なんやねぇ」
「そっ……そうです……」
慌てて喋りすぎてしまって、とても恥ずかしい。羞恥心を誤魔化すようにポテトに手を伸ばして口へ放り込む。
「んじゃあパンダは? 任務行くんでも、でかいからいっつも後部座席で狭そうにしとるけど」
「確かにパンダくんじゃあ、ぎゅうぎゅうですよね……」
流石に今度は、食い気味かつ矢継ぎ早に同級生のいいところを挙げてテンパってしまわないように、私は大きく深呼吸をしてから口を開く。
「パンダくんは、私たちの中で一番勉強できるし……でもあの、皆そんなに点数に違いがあるわけじゃないんですけど、比較的にというか。あと、私に稽古をつけてくれたのはパンダくんで……私が大きいモノ相手にどうやって動いたらいいかとか、間合いの詰め方とか。色々教えてくれる、私の"先生"で……大切な呪骸仲間なんです」
「そうかそうか。おんなし呪骸同士やもんね。仲良くもなるかぁ」
ふふ、と嬉しそうに鈴谷さんが笑った。そういえば鈴谷さんは小さい頃に日本各地を転々としていたらしいけれど、五条先生と三人が今日一緒に行っている金沢には、住んだことがあるのだろうか。
「あの、鈴谷さんは……金沢って行ったことありますか?」
「あるある。というか昔は東京から直で石川なんて行けんかったからねぇ、大抵あの辺は京都高専が行くことが多かったんよ。ウチは高専入ってから初めて行ったけど……美味しいモノいーっぱいあるとこやよ」
「美味しいもの……」
「そそ。だいぶ前やけど、屋代と行った時の写真あるわ。見たい?」
「見ます!」
椅子を寄せ、鈴谷さんのカメラロールをすすすと眺めさせてもらって、最終的に画面に映ったのはあんこの乗ったトーストだった。
「あ、金沢ここまでやわ」
「これはなんですか?」
「ん? 小倉トースト。名古屋はモーニングの文化があってよ」
「もーにんぐ?」
「朝な、コーヒーとか頼むとサービスでトーストとか卵とか出してくれるんよ」
「え? サンドイッチのセットじゃなくてですか?」
「そーそ。あったさんの辺りにな、美味しい店があって」
「あったさん?」
「んあー…………」
私が首を傾げて訊くと、鈴谷さんは困ったように額に手を当て天を仰いだ。
何か気に障ることを言ってしまっただろうかと慌てた私が謝る前に、鈴谷さんはこちらへ視線を戻して申し訳なさそうな表情で言葉を紡ぐ。
「……熱田神宮や。ごめんねぇ、わかりづらいっしょや。ゆきちゃんにもわかりやすいように話さなかんて……わかってんのにね。こんなんじゃ東京高専でもコミュニケーションに難ありって言われそうだわ」
「コミュニケーションに難あり?」
「あっちでは"魔窟"の奴らに『似非関西弁や』って散々馬鹿にされたからねぇ……まぁ頑張って標準語話すんもえらい疲れるんよぉ」
はぁー、と肩を落とした鈴谷さんは、二秒後には気を取り直したように「ちょっと、できるだけ"関東語"で話すようにするわよ。気になったら教えて頂戴ネ」とギクシャクした喋り方で笑顔を浮かべる。
その口調がとても……鈴谷さんの"良い所"を覆い隠していくような気がして、慌てた私は素直な感想を口にした。
「わ、私はっ……鈴谷さんの喋り方、かわいいと思います! ……わかんない言い回しでも、教えてくれたら……なんだか新しい単語を憶えるみたいで、す、すっごく楽しいです!」
……思考というフィルターを通さないと、自分の考えというのはここまで幼稚に聞こえるものなのか、と気付いて頭を抱えたくなる。
テレビでインタビューに答えている小学生だって、もっとマシな言い方があったはずだ。
方言はその人の長所ですよとか、魅力的に聞こえますとか、知識になると思いますとか。
恥ずかしくなった私が頬を押さえていると、鈴谷さんは呆気にとられた様子でぽかんと口を開け、少し悲しそうな笑みを浮かべる。
「…………ゆきちゃんは、佐敷とおんなしこと言うんやねぇ」
「さしき?」
「ウチらの同期さぁ。今年の春に死んでまったんよ」
「あ……す、すみません……つらいことを、その……思い出させてしまって、」
「えーってえーって。気にせんで。ゆきちゃんもお兄ちゃんおらんくなったんやもんねぇ。つらいのはお互いさまよ」
そう言うと鈴谷さんは少し遠い目をして、ズズズとコーンポタージュを啜った。
……そうか。たとえ同期であっても、呪術師という職業に就いている限りは急に別れが訪れる確率が……"普通の人"に比べると非常に高いんだ。
私のお兄ちゃんも、急に私を置いて逝ってしまった。そこには予兆も何もなくて、籤引きに当たっただけのような呆気なさでどこかへ連れて行かれてしまう。
「ゆきちゃんから見た佐倉さんって、どんな人やった?」
「あ……兄は、えっと……優しかったです」
「そうか……優しいやつほど先に死んでまうよなぁ。んで?」
「背が高くて、手がとっても温かくて、優しい声をしてた……と思います」
「……覚えてないんやっけ。思い出が無いっていうのもえらいもんやねぇ」
「……?」
「あ、ワリ。ツライね、ってこと。」
お兄ちゃんの思い出は、確かに残っていない。僅かに思い出すことはあっても、それは全て誰かとの会話を切っ掛けにしたものでしかない。
棘くんに水族館の写真を見せてもらった時とか、たまたまお兄ちゃんの夢を見た時とか。本当にそれだけの、小さな破片だ。
「……水族館、に行ったことがある気がします。あとは……絵本か何か……を、読んでもらったような」
「そっかぁ。いいお兄ちゃんよね。ウチは京都じゃけ会ったことは少ないけどもさ、遠目で見る分には……優しそうな顔して、君のこと見つめとったよ」
「……」
ふと、お兄ちゃんに会いたくなった。ICカードに貼られた小さなシールじゃなくて、本物のお兄ちゃんの笑顔が見たい。温かい手を繋いで、優しい声色で「ゆき、今日はどこに行こうか」なんて……本当に、なんでもない他愛もない会話でいいから。
一言だけでいい。お兄ちゃんの声が聴きたい。
いつの間にか手元に落ちていた視線を上げると、思い出を掘り起こすように暗い瞳をしている鈴谷さんが居た。きっと彼女も、急に同期を亡くして苦しんでいるんだろう。
私が何かを言うより先に、鈴谷さんが口を開く。
「もしかしてゆきちゃん、パンダと付き合っとる?」
「えっ……――――え?」
「あれ、外れた? もしかして乙骨くんの方? それとも狗巻くん?」
「え、あの、……え?」
「まだ十五の……あ、十六の年か。いっぱい好きなことして、後悔せんようにせんと」
そう言ってわざとらしくアハハと笑った鈴谷さんは「ちと温かいもん買ってくるわ。ゆきちゃんも冷えるっしょや?」と言って席を立つ。
……きっと、気を遣ってくれたんだ。鈴谷さんの優しさに甘えさせてもらって、私は泣きそうになっていた目元を擦った。
泣いちゃダメだ。きっと、私が泣いたらお兄ちゃんが心配してしまう。
鈴谷さんが売店へ歩いて行ってしばらく経つと、急に手元が暗くなった。不思議に思った私が視線を上げると、私が座っている席の隣に男の人が立っている。
――――何だか厭な予感がする。
帽子を被ったその人は、私を見下ろしてニヤッと笑うとこう言った。
「ねぇきみ、お姉ちゃんと一緒に来てるの? お父さん競馬に夢中で寂しいでしょ?」
「け……けっこうです、」
「――――そんなに女に飢えてるんやったら泡でも行っとき」
なんとか記憶の中の真希ちゃんの真似をした私が断りの言葉を口にしたと同時、いつの間にか近づいてきていた鈴谷さんが地を這うような声でそう告げる。
「あ、わ?」
「あーー。ゆきちゃんは覚えんでいい単語よ。忘れて忘れて」
ギロっと眼光鋭くおじさんを見送った鈴谷さんは、私に視線を戻すとテーブルの上に温かい紅茶のペットボトルを二本置き、バッグから眼鏡ケースを取り出した。
「と、いうか。伊地知さんに聞いた通り、ホントにナンパホイホイじゃんね……大変やら? サングラス貸したげるから、かけときな」
「あ、ありがとうございます」
ちょっと暗くなった視界の向こうで、鈴谷さんが私の顔を見て笑っている。
――――きっと、私が擦った目元が赤くなっていたことに気付いていたのだろう。伊地知さんは、鈴谷さんには私の充電目安を伝えてくれたらしいから、瞳の輪っかを隠すためという名目で……二重の意味で気を遣ってくれたのだ。
それを申し訳なく思いながら、私も鈴谷さんに倣ってにっこりと笑顔を浮かべてみせる。
「ど、どうですか?」
「……似合わんなぁー! 可愛い可愛い」
「うぅ」
「ま、それ屋代のサングラスやし。男もんが似合わんでも気にしやんでいーんよ」
なんで屋代さんのサングラスを鈴谷さんが、と私が言いかけたところで、鈴谷さんはもう一つ眼鏡ケースをバッグから取り出した。どうやら自分の分らしきサングラスをかけている。
お揃いでグラサン掛けてウチら姉妹みたいに見えるかね? と、ころころ笑った鈴谷さんの黒いレンズを見つめ返した私は、ふと思った疑問を口にした。
「……そういえば、じゅつ……皆さん、よくサングラスとか眼鏡掛けてる人多いですけど、あれって何か理由があるんですか?」
「あれ? ……あー、君らの代はそういや誰も掛けとらんかったっけ?」
「いえ、真希ちゃんだけです」
「せやったわ。あの子は別として、視線に敏感なやつが多いからね。呪霊もやけど、悪いこと考えてるやつもね」
「悪いこと?」
んー、と鈴谷さんは口元を押さえ、例えば、と言葉を続ける。
「窃盗したやつとか、まぁ犯罪者かな? ああいう手合いはお巡りさんに見られるとドキッとするやつも多いんよ。夜にやってるっしょ? 密着24時。呪霊も呪詛師も一緒。怪しいなぁ思ってじーっと見てると、喧嘩売られたか同業かって突っかかってくるやつもおるけん」
「呪詛師も?」
「……そか。ゆきちゃんはまだ呪詛師とはやり合ったことないんやっけ」
私が素直にその言葉に頷くと、鈴谷さんは困ったように笑う。
「あんまね、会いたかないよ。そりゃあ死ぬ確率は対人の方が低いけどさ、悪意は人間の方が強いから」
「悪意……」
「結局は人間の方が怖いんだ、ってこと」
鈴谷さんはそこで言葉を切ると、私の後ろへ視線をやって手を挙げた。
「屋代。どやった?」
どうやら三回の"勝負"を終えたらしい屋代さんが戻ってきたようだ。
私もそちらへ振り向くと、悔しそうな顔をした屋代さんが私のサングラス姿を見て「なんで俺のサングラスかけてんだ……」と呟き、鈴谷さんへ返事をする。
「……三十万スッた」
「さっ……!?」
「――――嘘吐け。ウチ相手に桁ちょろまかして誤魔化せる思うたか? サバ読んでんじゃねーわ。で、いくらよ?」
「…………百……と、三十二万」
「ひゃく……さんじゅう、にまん……?」
「ほらな、クソドアホなんよ」
けらけら笑った鈴谷さんに対して、屋代さんは「四番が最後に差してれば当たってたんだ」なんて言いながら、苦虫をみ潰したような顔をしている。
準一級にとって百万円がはした金……ということは流石にないだろうから、屋代さんは本当にギャンブラーなだけなのだろう。
本当に呪術師って変わった人が多いんだな、と改めて思う。ちゃらんぽらんな五条先生を普段から見ていて慣れているつもりだったけれど、色んな方向に突き抜けている人が多いらしい。
……まぁ、お兄ちゃんも他の人から見たら変わってる部類に入ってたみたいだし。もしかしてあんなに真人間の乙骨くんも、将来的に"変人"にクラスアップしていくのだろうか?
もしそうなってもずっと変わらず友達でいよう、と心に強く決めて競馬場を後にした。
二人に連れられて車に戻り、一息ついた私はサングラスをずらして自分の瞳を写真に撮る。
ぱしゃり。
ほんの少しの時間だったにもかかわらず、もう瞳の中の丸は薄く姿を現し始めていた。
確かに賭け事は人の欲望が露わになる場所でもあるし、屋代さんがここを選んだのはある意味正解だったと言える。
この分だと、夕飯までご馳走にならなくても良さそうだ。
「屋代さん、鈴谷さん、あの……」
「ん?」
「あと少しで充電終わりそうです」
「……そうか。じゃあ」
「次はウチらプロデュースの東京観光の予定やけど? アンタの"寄り道"はもう終わったはずやけどねぇ?」
「…………なんでもない。次はどこに行きたいんだ」
都心へ足を向け、屋代さんの東京観光……という名目の鈴谷さんのお買い物に付き合わされた屋代さんは、げんなりした顔をしつつも軽々とショッパーを両手に抱えている。
「鈴谷お前、まだ買うのか」と呆れたように言っているけれど、対する鈴谷さんは「買い物っちゅーのは男手がある時にしておかな」なんて言って笑っている。
やっと高級スイーツ専門店で腰を落ち着けたところで、「食べ終わったらもうちょっと買い物するよ。屋代は休んどいてな」と言い残して鈴谷さんはお手洗いに立ってしまった。
残されて苦笑する屋代さんと顔を見合わせた私は、二人分のパフェのセットと屋代さん用のコーヒーが乗るだけのスペースを机の上に確保しながら、彼の話に相槌を打つ。
「あいつの買い物中毒もどうにかしてほしいもんだが……」
「あ、あはは……鈴谷さんって、昔からお買い物好きだったんですか?」
「まぁな。俺も佐敷も、よく付き合わされた」
「そ……う、なんですね」
私が一瞬言葉に詰まったのに気付いた屋代さんは、お冷を少し口にすると顎に手を当て、こちらへ言葉を投げる。
「……鈴谷から、アイツと俺の同期の話……聞いたんだな」
「え? は、はい。佐敷さんって方……ですよね」
「……」
屋代さんはそこで一瞬だけ目を逸らしてから、もう一度私へまっすぐに瞳を合わせてくる。
その眼は真剣な色を帯びていて、思わず私は姿勢を正す。
「同期の佐敷が死んだのは春。昇級査定中で関東へ来ていて、一緒に任務に出ていた一級呪術師も死んだ」
「……?」
昇級査定って、京都から関東へ行かされることもあるんだ。
一級の人も死んでしまうなんて……と思ったところで屋代さんが言葉を続ける。
「…………その一級呪術師は、呪骸を連れ歩いていた……と言ったらわかるか?」
「――――っえ、」
え?
衝撃に言葉を失くした私を見て、屋代さんは深々と溜め息を吐く。
「はぁー……やっぱり知らされてなかったか。五条悟は本当に何も……、佐敷はお前の主人と、一緒に任務に出ていたんだ」
「そ……、」
「鈴谷と婚約してた佐敷が死んで、関西に居場所が無くなったから……鈴谷はこっちに転属願を出して、受理された」
「…………」
情報量が多くて、処理しきれない。
お兄ちゃんと一緒に任務に出ていた呪術師が、屋代さんと鈴谷さんの同期で。
鈴谷さんは佐敷さんと婚約していて。
佐敷さんはお兄ちゃんと行った先で、呪霊に殺された。
私はなぜか独り置いていかれて、運良く生き延びた。
「お前の充電の話が出た時、同伴すると真っ先に手を挙げたのは鈴谷だ。それでこっちに来ていた俺に声を掛けて、今日に至る」
「……」
「最初はお前のことで何かあるんじゃないかと……俺は心配してたんだが。仲間意識なのか、お前のことを気に入ってるみたいだしな。もし今後アイツが任務同行の補助監督に選ばれたら、よろしく頼む」
「いやそんな……っやめてください、私に頭なんて下げたらダメです……!」
スッと頭を下げた屋代さんに、私が慌てて手を動かしたところで彼が身を起こした。真剣な顔で見つめられて、言葉に詰まってしまう。
呪霊はひとところに留まることが多いと聞いていたけれど、あの呪霊がどこかで見つかったという話を聞いた覚えは無かった。……もしかしたら私が聞かされていないだけかもしれない。
二人の術師を返り討ちにした呪霊だから、高専側が野放しにしておくはずは――――
「俺がこっちに来たのも、あの呪霊の仕業らしきものが見つかったと窓から報告を受けたからだ」
「……は、ど、どこで」
「あまり、こういう込み入った情報を関係者以外に開示するのは……推奨されていないんだが。お前は元々佐倉術師の呪骸だからな、まぁ少しくらいならいいだろう」
そこで一度言葉を切り、屋代さんは声を潜めた。トントンと机の上を軽く指で叩いて、五条先生よりも低い声で言葉を紡ぐ。
「――――関東近辺をうろついている、というのが東京高専の予想らしい。埼玉の神社で一件、山梨と長野の境の山間部で一件。どちらもあの時と同じ殺り方、同じ残穢の痕跡があって、しかも呪術師ではなく今度は神社の神主がやられている」
「神社……?」
それってもしかして、と私が挙げた神社の名前を聞いて、屋代さんは瞠目した。
「……知ってたのか」
「いえ……前に、私が任務で行ったところです」
棘くんと二人で行ったところ。花嫁人形の呪物を引き取りに行った神社と、山頂付近の社で藁人形と共にいた呪霊に遭遇した神社。
……偶然にしては、出来すぎている。
屋代さんも私と同じことを考えたのだろう。思案するように顎に手をやってから、手元の携帯電話で日本地図を表示させる。考え込んでいる屋代さんに引きずられるようにして私たちの間に沈黙が落ちていった。
――――私が一人でも任務に出られるなら。等級が近ければ。屋代さんと一緒に行けただろうか。
私がぐるぐると頭の中でそのことを考えていると、ぱたぱたと可愛い足音を立てて鈴谷さんが戻ってくる。
「ただーいまぁ」
「あ、えと……おかえりなさい……」
「――――あ? あぁ鈴谷か」
「ん? なんか空気重ない?」
「えっと……」
どう説明しようか、どこから説明しようか。私が言葉を選んでいると、敏い鈴谷さんは何となく気づいてしまったようだ。
彼女は困ったような顔で席について、屋代さんへチラっと視線をやる。
「あー……屋代ぉ、まさか」
「…………すまん」
「ごめんなさい……兄が、その……」
護れなくて、と言うのは違うような気がした。ご迷惑をおかけして、はもっと似つかわしくなかった。
何も考えずに声を発した私が次の言葉を見つけられずに迷っていると、鈴谷さんは寂しそうにこちらを見て微笑む。
「……気にしやんで。一級の佐倉さんで無理やったら、準二の佐敷も無理なのは当然なんよ」
ふと、鈴谷さんの視線が左手の薬指に向かって動く。
私が鈴谷さんの左手を見ていることに気付いたのか、彼女は「あぁ、ゆきちゃんの想像してる通りよ」と言って力なく微笑んだ。
「というか、どうせ屋代がそこまで言ってんのやろ? 紅葉が綺麗な時にさ。清水寺でな、告白されてさ……『俺、鈴谷にウンって言ってもらえなかったらこっから飛び降りる』なんて言いやがって。準一級になるまで待たんで、先に籍だけでも入れときゃよかったなぁ」
「…………そ、」
そんな。
誰と付き合ってるの、なんて冗談を言ってくれて、サングラスを掛けて笑って。
お兄ちゃんに関する記憶が殆ど無い私に気を遣うよりも、婚約者の記憶がありありと残っている鈴谷さんの方が、きっともっとつらい筈だったのに。
鈴谷さんの隣に座る屋代さんは、口を挟まず静かに鈴谷さんの横顔を見つめている。
ぱちん、と鈴谷さんは急に手を打って、綺麗な笑顔で「そうだ!」と明るい声を出した。
……完璧な笑顔を浮かべているように見えても、それが空元気だということくらいはよくわかる。
「ゆきちゃん、知っとる? 関東の骨壷って、関西よりえらいおっきいの。灰までぜーんぶ拾うき、佐敷の家族もびっくりしとったわ。『こんなん墓ん中で場所とってしゃあないわ』ってさ」
「……」
「まぁまぁ、暗くならんでいいからさ。ちょっと待ってりゃ屋代があの人らの仇とってくれるってぇ」
「……鈴谷、」
咎めるような屋代さんの声が、鈴谷さんの笑顔をかき消した。
スイ、と机の上に視線を落とした鈴谷さんは取り繕っていた明るい声を重苦しいものに変え、少し沈黙したのち言葉を紡ぐ。
「――――ごめん、今の嘘。一級殺せるならあの五条悟とかでなきゃたぶん無理。ゆきちゃん、あんね……屋代はね、後処理部隊なんよ。凄惨な現場って、人の噂とか関心が寄せられるから……想像より速いスピードで呪霊がわんさか湧いたりするでな。ホントえらいわ……それでなくても、十二月なんて不審死が多いっつのに」
「あの……手がかりとか」
「呪詛師でも呪霊でも、術式使やぁ残穢が残る。地道に残穢の痕跡を辿って、次に出そうなところを張るくらいかね」
力なくそう言った鈴谷さんは、屋代さんにチラリと視線をやってから言葉を続ける。
「……だから、屋代が来たんよ。ウチと組んで、"後処理"しながらあの呪霊の残穢を追う」
「"一級殺し"なんて、補助監督独りで調査するには危険すぎるんだ」
「そう……ですよね……もし遭遇して、また……」
それ以上、言葉を続けられなかった。
また、佐敷さんやお兄ちゃんのように
被害が出てしまったら。
「うん、そういうこと。"一級殺しの呪霊"を追っていく中で、何か情報が出れば高専に――――まぁほぼ特級案件やし、五条悟にやけどね。報告して、次の被害者が出る前に一刻も早く呪霊を祓ってもらう」
「……」
「……それが、ゆきちゃんのお兄さんと、ウチらの同期の佐敷への……『最大限できる唯一のこと』なんよ」
鈴谷さんの言うとおり、少しでも早くあの呪霊を祓えれば被害が抑えられるだろう。
それが、佐敷さんとお兄ちゃんへせめてもの手向けになる。
その時の私は、まだそんな風に考えていた。それ
が誰かの仕業かもしれないだなんて……夢にも思っていなかった。
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