――――私が、高校生の頃の話だ。




「交換日記をするのはどうかな」

そう言ってみたのは、ただの思い付きだった。
後輩の妹は私の発言を受けて不思議そうに首を傾げる。

「交換日記ですか?」
「そう。良いアイディアだと思うんだけど……どう?」

彼女は少し考えてこくりと頷くと、自室へ戻る。
席を外していたのは二、三分のことで、リビングへ戻ってきた少女は困ったように眉尻を下げながら言った。

「すみません……ノート、無くて」
「あぁ、そうか。うーん、そうだな、それなら一緒に買いに行こうか」
「えっ?」

でもお兄ちゃんが、と言ってしどろもどろになりながら彼女は視線をうろつかせる。

「大丈夫。アラタには内緒にするから」
「……でも、」
「私と一緒だから、何も危ないことはないよ。ちょっと買い物に行くだけさ」

ついでに行きたいところはないかな? と私が尋ねると、後輩の妹は少し頬を赤く染めながら「写真が撮りたいです」と言った。

「写真?」
「はい……あの、ちゃんとしたものじゃなくて、なんでも、」

写真館で撮らないなら、デジカメだとしても現像しなければいけないから少し時間がかかるだろうし、私が持っている携帯のカメラには印刷に向いているほどの画質は無い。

「…………交換日記に、貼りたいので」
「あぁ……」

それならプリクラにしようか、と提案した。あれならすぐに撮れて、サイズも大きくなく、裏面はシール状だから貼るのも簡単だ。
一度に何回も撮影されるから、いろんなポーズを試すこともできる。

「ぷりくら、」
「私も同級生と撮ったことがあるんだ。結構楽しいよ」

任務の帰りや適当な買い出しのついで。ゲーセンで親友と時間潰しがてら、ふざけ合って写真を撮った。バカみたいな落書きを施してみたり、思い切り変な顔をしたり――――どう考えても使い道は見い出せないにもかかわらず、なかなか楽しいものだ。
……もう一人の同級生には、白い目で見られたが。

「……じゃあ、ぷりくらがいいです」
「オッケー、決まりだね。今から外出しても大丈夫かな?」
「は、はい! 準備します!」

少女は可愛らしいワンピースを着て靴を履き、玄関を抜けて外へ出た。
きっちりと施錠を確かめて、私は後輩の妹を連れてこっそりとエレベーターに乗る。

「急に連れ出しちゃってごめんね」
「いえ……ぷりくら、一緒に撮るの……今から楽しみです」
「私も楽しみだよ」
「本当にありがとうございます――――夏油さん。」


――――そう。私がまだ、猿を人として認識していた……遠い昔の話だ。


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