閑話
 星と呪骸







思い付きで夜の外出なんてしなきゃよかった。
そう思っても後の祭りだ。この一勝負、敗れればカルパスでもなんでも買いに行ってやる、なんて熱くなってパンダと約束なんてしなきゃよかった。それも後悔先に立たず。

きっと夜なら遭遇しないと思っていた。――――つまり、運も悪かった。

月明かりの下、膝を折った一級呪術師とトランクに腰掛けた人形が会話をしている。

「お。棘くん、夜なのに外出?」
「……しゃけ」
「コンビニまで遠いでしょ。車で送ってったげるよ」

今日はゆきと外食するから、帰りは申し訳ないけど歩いてね。

――――嘘をつけ。どうせ個室料理屋にでも行って、二人分の料理を頼んで自分ひとりですべて食べるくせに。

そう提案してきたアラタの前で三秒ほど悩んだ後、まあ行きだけならいいかと打算で頷いた。
結果的には、昼に出会うよりも良い方だった。人形は子供らしくこの時間帯は"眠い"からか、言葉数も少なかった。

「……とげくん、よるなのにおそとでかけるの?」
「しゃけ」
「そっか。お月さまが見ててくれるなら独りじゃないもんね」
「ゆき、行くよ」
「んん……ゆき、まだねむい」
「じゃあ抱っこしてあげるよ。ほら……」

その言葉に"主人"の正面から抱きついた人形は、肩越しに狗巻の顔を見てふふふと笑っている。

「棘くんのほうが背が高いのに、お兄ちゃんにだっこしてもらうとへんなかんじ」
「そう? たぶん五条先輩に肩車してもらったらもっと高いよ」
「んー……ゆきはおにいちゃんがいい」

片手で人形を支え、もう片手で器用にトランクの取っ手を握ったアラタは狗巻を振り返り、「駐車場まで行こうか」と微笑んだ。
……今日のアラタは静かだ。そろそろ始まる新学年、傀儡呪術学もこれくらい静かだといいのだが、と欠片ほどの希望に目を向けつつ、狗巻はアラタの背中を追う。

一度トランクを下ろし、助手席に人形を乗せたアラタは狗巻が後部座席でシートベルトを付けたことを確認すると、静かに車を発進させた。
後部座席のシートベルト義務化の法律は、いつ施行されたんだったか。高速道路だけでなく一般道も着用義務があって、確か自分が子供の頃からだったような気がする……免許を持たない自分にはあまり関係が無いけれど。

ふと、助手席に座る人形が夜空を指差し口を開いた。
「お兄ちゃん、お月さまにウサギさんがいるって、ほんとう?」
「そうだねぇ。きっといると思うよ」
「じゃあゆき、お星さまになりたい!」
「…………、どうして?」
「お星さまになったらね、きらきらきれいだし、お月さまの近くに行けるからきっとウサギさんともお友達になれると思うの」
「――――そんな"設定"はしてないんだけどなぁ」
「それにね、お星さまになればおにいちゃ」
「……」

また、"調整している"。でもいつものアラタと違って、今日はあの笑みが無い。
人形は夜空を指差してアラタに笑いかけたまま、動きを止めている。

「……」
「僕は、ゆきが遠くに行っちゃうのは嫌だなぁ」
「…………ゆきも、お兄ちゃんのそばにいるよ。ずっとずーっと、そばにいるよ」

男の横顔は、まるで泣いているように見えた。きっと光の加減だろう。街灯をひとつ過ぎた直後、別の街灯に照らされた頬はいつものような笑みを浮かべている。

「うん。ゆき、大好きだよ。……そうだ、プレゼントをあげよう。お月さまとお星さま、どっちがほしい?」
「んー……真ん丸だから、お月さまがほしい!」
「わかった、じゃあ

それにしようかな






それから日が経ち、"高校生"になった人形はセーラー服を着ている。

「お月様って綺麗だよねぇ。ね、棘くんもそう思うでしょ?」
「……」
「そうかな?」
「……」
「私はもうちょっとお喋りしたいなぁ」
「……」
「ふふ、ありがと。もうすぐお兄ちゃんが来るからそれまで――――あ、お兄ちゃん」
「お待たせ。棘くん、ゆきとお話ししてくれてありがとうね」
「……」

本当に、黙っていても会話が成立するというのは気味が悪いものだ。下手に人に似すぎているから、邪険に扱うのも気が引ける。

「なんの話をしてたのかな?」
「お月様が綺麗だね、って話!」
「ゆきはお月さまとお星さま、どっちが好き?」
「んー……」
「じゃあ、どっちになりたい?」
「どっちもならなくていいかなぁ」
「どうして?」
「だって、お兄ちゃんと離れ離れになっちゃうから。私は見てるだけで、充分かな」


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