思わぬ方向から撃沈させられて寮に戻ってきた狗巻は、共同スペースでテレビを見ていたパンダと憂太の後ろを音も無く通り過ぎた。
断られた。転がり込んできた絶好のタイミング、もうこれ以上邪魔が入る前に、と単語を投げた。
100%自分の想いを伝えたくて、声ではなく文にして。口に出せば呪いになるとわかっていたし、語彙を絞ったおにぎりの具では誤解が生まれる可能性があったから。
もしかしたらこっぴどく振られるかも。
もしかしたらゆきが自分を受け入れてくれて頷いてくれるかも。
そんな不安と期待はどちらもぐしゃぐしゃに割られて投げ捨てられた。
――――ごめん、棘くんの気持ちには応えられない
落ち込む間もなく追撃の言葉が降る。
――――私は呪骸だから
そんなことは気にしない、関係ないのだと言葉を尽くして伝えても。
ゆきは首を横に振り続ける。
――――付き合えない。恋人じゃなきゃいけないの? 友達同士じゃだめなの?
ゆきを自分の特別にしたい。ゆきの特別になりたい。
もうゆきしか見えない。
――――きっと気の迷いだよ。よく、考えてみてほしいな
――――たくさん傍に居たから、棘くんの優しい心が勘違いしちゃったんだよ
ごめんね、独り立ちできなくて。
そう突き放すように言って、ゆきは立ち去った。茫然と地面を見つめたまま、自分は見送ることもできなかった。
傍に居たから。呪骸だから。勘違い。気の迷い。
…………違う。違う違う違う。
気の迷いなんかじゃない。――――本当に、ひとりの女の子としてゆきが好きなのに。
受け入れてくれなくても、それでもいい。
信じてくれないことだけが、辛くて、苦しかった。
――――そうだ。信じてくれないなら、信じさせればいいんだ。
首を縦に振らせることは無理だとしても、自分がいかに本気かを彼女に理解してもらえればそれでいい。
充電を理由にしてゆきと外出していた今までとは違う。毎日でもデートに誘って、好きだと言って、絶対に「わかった」と言わせてやる。
そうと決まれば次は彼女をどこに誘おうか。
水族館、公園、遊園地、プラネタリウム、映画館、動物園。
お台場、渋谷、原宿、上野、池袋、中華街。
どこでも良いし、どこでも行きたい。
海でも山でも川でも。人の多い駅でも人が少ない町でも。
ゆきと行けるなら、どこでも特別だから。
◇◇◇
棘くんに告白された。一瞬、周りの景色も見えなくなるくらい舞い上がった。
私も好き。大好き。世界で一番好き。ずっと傍に居たい。
――――ずっと、が叶わないことは私でも理解できる。絶対に、永遠に、と同じ理由だ。
私はただの佐倉ゆき。…………ただの呪骸の、佐倉ゆき。お友達ができても美味しくご飯を食べても浴衣を着て夏祭りに行っても、呪骸という前提条件は変わらない。私もそれを受け入れている。
このいっとき付き合ったとして、何が残る?
私には、大好きな人と恋人同士になれたという幸せな記憶だけが残るけれど、棘くんは違う。いつか大人になって他の人を好きになって、その時に"昔に気の迷いで人形と恋人だったことがある"だなんて酔狂な汚点が残るだけだ。そんな不名誉な称号、棘くんに与えるわけにはいかない。
それに……棘くんは、勘違いをしているだけだ。私とずっと一緒にいて、お世話をして、お守りをして、情が移ったと錯覚しているだけ。きっとすぐに気付く。子供の頃に大事にしていた人形に飽きるように、離れていってしまう。
友達に戻れるならそれでいい。でも、きっとそうはならない。距離ができて、ぎくしゃくして、恋人という関係の前と後では決定的な違いができてしまう。
この先長い間、みんなとは仲良くしていきたいのに。棘くんを……棘くんの過去を、汚したくない。
夕暮れ前、電気を点けなくても明るい部屋の中。
ベッドの上で黄色い真ん丸が私を待っている。
棘くんからもらったキツネのぬいぐるみ。この子と同じ。
「…………とげくんがね、わたしのことがすきだって」
愛着が湧いて話しかけて、偶に抱きしめて。
「わたしもすきだよ……きっと、ずっとすき」
そうやって私を愛してくれれば、それでいい。
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