翌日は快晴で、絶好の園芸日和だった。

棘くんと二人、ほぼ下山レベルの最寄り駅までの道のりを歩き、近所と言ってもだいぶ遠いけれど、一番近いホームセンターまでバスに乗る。

「この時期にお花植えても大丈夫なの?」
「しゃけ」
「そっか、球根とかは冬を越して花が咲くんだもんね……」

棘くんはこのホームセンターに何度も来たことがあるそうで、慣れたようにカゴを持って目的のものが置いてある棚へ向かっていく。
帰ったら土いじりをする予定だから、早めに買い出しを終えてしまいたい。

「……」
「園芸用ラベルって、これ?」
「しゃけ」

白くて小さなプレート。消しゴムを縦に半分に割ったくらいの幅しかなく、油性ペンか何かで花の名前を書いて土に刺しておくアレだ。たくさん入っていて、きっとこの先山ほど花を植えても事足りるくらいの枚数はあるだろうか。
一袋それを手に取って、次は肥料のコーナー。いくつか見比べて吟味している棘くんの横で店内の商品に目をやっていた私は、通路の向かいに可愛らしい動物が居るのに気づく。

「……?」
「ツナ?」

なんだろう、と思って見つめていると、選定が終わったのか棘くんが私の視線の先を見て、あれはガーデンオーナメントだと教えてくれた。ライトだか防犯用音声だとかの特殊な機能が付いているものは比較的少なく、要は庭を賑やかすための飾りということだろう。

「へえ……リスとかウサギとか、これは……巨神兵?」
「しゃけ」
「いろんなのがあるんだね」


…………試しに想像してみる。

庭付き戸建てに住む一家。子供は一男一女、仲の良い鴛鴦夫婦。奥さんがガーデニングが趣味で、庭にはパンジーやチューリップ、ユリ、ワイヤーでアーチにしたバラだとか色とりどりの花を植えている。その傍らに小さなリスのオーナメントがちょこんと座っていて、愛嬌のある顔で来客を待ち構えている――――


「こんぶ?」
「え? いや、私は特には要らないかな……」

高専は庭付きかと言われればギリギリ庭付きと言ってもいいくらいだけれど、戸建てじゃないし、私はガーデニングが趣味な奥さんでもないし。第一、棘くんの園芸スペースに置物のリスが潜んでいても、棘くんや私、他の学生や高専の一部の業者くらいしか訪れないから、代わり映えしない顔ぶれで寂しく思うだけだろう。

「でも棘くんが欲しいなら、置いてもいいんじゃないかな」
「……」

棘くんはちょっと考えてから首を横に振ると、今度は建物の外のスペースへと足を向ける。
このホームセンターは店内も広いが外のスペースも広くて、もう少し先には二階建ての専用駐車場があるそうだ。小さな可愛らしい花や球根、盆栽、プランター、睡蓮鉢、レンガ。いろんなものが揃っている。

「どれ買うの?」
「……明太子」

迷ってる、と言った棘くんは球根売り場で右へ左へ、どの種類にしようか、色合いはどれがいいだろうか、今から植えた時の開花時期は……なんてことを考えているらしい。
球根なんて見た目はおんなじなのに、外側のラベルに色が書いてある。そもそも球根って種とは違うだろうし、どうやって作って出荷するんだろう?
ふと、私でも知っている花に視線が吸い寄せられる。

「あ、チューリップあるよ。あのね……」

『阿修羅と五日』の小説の表紙にね、と言いかけてやめた。今更ではあるけれど、またその話か、なんて呆れられてしまったら嫌だし、そもそも今日は棘くんが植えたいと思う花を選びに来ているのに。

「ツナマヨ」
「ん……ううん、なんでもない」

暫しその場に留まって考え込んでいた棘くんは、赤とピンクのチューリップの球根と、青とピンクのビオラ、それにノースポールの苗を選んでカゴに放り込み、レジへと向かう。手持ち無沙汰な私はというと、ぼんやりと花の苗を見てはその色彩を楽しんで、覚えられなさそうな複雑な名前に首を捻る。

パンジーとビオラって、同じ花だよね? 見た目も大きさくらいしか違いが無いし。同じ苗なのに別々の色が咲くのはなんでだろう? 紫陽花は土壌のpHに因って色が変わるというけれど……根っこの中間でアルカリ性と酸性が逆転したら、結局何色になるのかな? 水耕栽培みたいにして育てられるとしたら、硬水と軟水でも色の濃さが違ったりして…………

「いくら」
「お帰りなさい。半分持つよ」
「おか、」
「この間のお礼。ね?」
「……しゃけ」

雑誌も買ってもらってパンケーキもご馳走になってぬいぐるみまで貰って、この程度がお礼として成立するとは思えないけど。少しずつお返ししていきたい。
棘くんの買い出しを半分こずつしてまたバスに乗るべく、ホームセンターを後にした。



まだ太陽が高い位置にあるうちに高専へ戻ってきた私たちは、早速ジャージに着替えて"棘くんコーナー"に集合する。

見ごろを終えた花は残念ながら掘り返してサヨナラして、土を整えてから球根やら苗やらを棘くんが綺麗に並べて植えていく。
私はというと、その横でお花の名札を作る係だ。


――――チューリップ【赤】
――――チューリップ【ピンク】
――――ビオラ【青】
――――ビオラ【ピンク】

――――ノースポール……
ノースポール……【白】? いや、でもこれは白しかないし、ただ名前を書くだけでいいかな?

ちょっとシンプルになりすぎてしまったラベルの端っこにお花のマークを書き足して、棘くんが指差すところへ刺していく。足りなくなったらもう一枚用意して、字を間違えたものはもう一回書き直して刺す。
……もう一本刺して、あ、ピンタになっちゃった、書き直し。
ちゃんとピンクと書いたものをもう一本刺し――――


「しゃけ!」
「ふぁー終わったぁ!」

ついに全ての作業を終え、私は棘くんとハイタッチを交わした。
お疲れ様、とお互いに言ってから、二人揃ってしゃがみ込んで今日の成果をじっくりと眺めていると、達成感が胸を満たしていくのを感じる。
苗はあと二ヶ月もしない内に見ごろを迎えるだろうし、球根の方は来年……私たちの後輩が入ってくるちょっと前くらいには咲くだろうか。

そこまで考えて、"棘くんコーナー"の端っこの方にちょろりと生えていたクローバーが目についた。

「あ! 見て見てこれ四つ葉だよ!」
「……ツナ!」
「小さいねぇ」

こんなに小さくても葉っぱは四つある。傍には三つ葉もいくつか生えていたけれど、どうして葉の枚数が変わるんだろう?
便利な端末で検索してみると、「四つ葉のクローバーができる確率!」なんてページがヒットする。

「……あ、人に踏まれたりすると四つ葉になりやすい? かも?」
「…………おかか」
「いやいや見てこれ、嘘かホントかわかんないけど」
「……」

わざわざガーデニングしているところを踏んで歩く人はいないだろうから、もしかしたら高専内には野良猫が歩いているのかも。

「もしかしたらここ、ネコのお散歩コースだったりして」
「すじこ?」
「きっと棘くんの育ててるお花を毎日楽しみにしててさ、まだ咲かないかな〜、おっ蕾が膨らんできたぞ、いっぱい花が咲いてるといい匂いがするなぁ、今日は気分が良いからここで日向ぼっこしようかな、とか……思ったりしてるのかも」
「しゃけしゃけ」

想像してみたらちょっと可愛い。棘くんの園芸を楽しみにして、見回りしてくれるネコ。たぶん、これから私もその仲間入りをする。

「ん……四つ葉のクローバーにも花言葉ってあるんだ」
「……」
「花に花言葉があるのはわかるんだけど、葉っぱなのに?」
「……ツナ」

――――花言葉は、『幸運』『私のものになって』。

「確かに幸運の象徴って言ったら四つ葉のクローバーってイメージだし、皆が欲しがるから私のものになって、って考えればしっくりくるかも。だから四つ葉の栞って人気があるんだね……葉っぱだから押し花、っていうのとはちょっと違うかもだけど」
「しゃけ」

さっきまで見ていたページに貼ってあるリンクを見て、「花言葉一覧」というタイトルに惹かれてつついてみた。
……逆引き辞典のようだ。あいうえお順に単語が並んでいて、それに対応する花が載っている。

「西洋の人ってロマンチストだよねぇ。…………ん? 日本でも勝手に花言葉つけたりはしてるのか……販売戦略、なるほど。――――あ、キノコにまで花言葉ってあるらしいよ?」
「……」
「資料庫に図鑑とかあるかな……呪物とか呪いの媒介として使う人とかいるのかな」
「……」
「ね、棘くんは花言葉って詳しい?」

私が隣を見ると、棘くんは考え込んでいるように私が書いた花の名札を見つめている。ちょうど彼の視線の先にあるのは私が書いた……『チューリップ【赤】』。

「これはどうかな、知ってる?」
「…………」
「あ、いや自分で調べるね。そもそも色別に意味って違うのかな……チューリップ、チューリップ、……」
「――――愛の告白」

ネックウォーマーを下ろした棘くんが、私が調べるよりも先に答えを教えてくれる。

「……す、すごい……じゃあこれは?」
「愛の芽生え」
「おぉー……」

思わずパチパチと拍手してしまう。
棘くんって、本当に園芸が好きなんだ。そんなサラサラ答えられるなんて、本当に花が好きで、育て方とか開花時期とかもちゃんと覚えてて……すごい記憶力。

「じゃあこのビオラ――――」
「ゆき」
「ん?」

『ビオラ【ピンク】』の名札を指差した私は棘くんに呼ばれ、隣に顔を向ける。


「好きだ」
「……、?」
「ゆきが、好きだ」

「………………え、」

それってどういうこと、とは聞き返せなかった。
私をまっすぐ見つめている棘くんの瞳が真剣な色を帯びていたから。

固まっている私の前で彼がサッとポケットから端末を取り出し、ぽちぽちと入力してこちらに渡して寄越して見せた棘くんの、私と同じ機種の画面。

表示されていた文字を見て、頭が真っ白になった。


『付き合ってほしい』

「……」
「……」

二度、文章を読み返し、棘くんの顔に視線を戻す。
私がちゃんと読んだことを理解したのか、棘くんは地面に膝をつき、こちらへ身を乗り出してくる。近寄られたぶん私は仰け反って、尻もちをついた。

もう一度彼が端末に文字を入力して、私に画面を向けて口を開く。


『恋人になってほしい』
「…………」
「好きだ」


好き。私が好きな棘くんが、私を好き。

嬉しい。

嬉しい。嬉しい。


嬉しいのに。



「――――――――ごめん、棘くんの気持ちには応えられない……」


だって私は、




四つ葉のクローバー:幸運、私のものになって
赤のチューリップ:愛の告白、真実の愛
ピンクのチューリップ:愛の芽生え、誠実な愛
ピンクのビオラ:私を想って、少女の恋、信頼
青のビオラ:誠実な愛、純愛
ノースポール:誠実、冬の足音、高潔


<<  >>

×
- ナノ -