ついに、この日が来た。
鏡の中に立っているのは、白地に紅赤と縹色の朝顔と、紺色の葉っぱが散らばった浴衣を着た私。帯は勝色で、帯締めにヒヨコ色の紐を使っている。
真希ちゃんが着ている浴衣は白地に紅碧と藍鉄色の菖蒲模様、帯は深紫。帯締めは白だ。
それに加え、二人して柄違いで同じデザインのかご巾着をお揃いで手に持っている。
「あとは下駄だ。靴擦れは……まぁ呪骸だし、たぶんダイジョブだろ」
「うん。それよりも、真希ちゃん着付けすっごい上手いね……あっという間だった」
「まぁな。子供の頃からずっと着てたからな」
今日のために、真希ちゃんと女の子二人で駅前のデパートで浴衣選びをしたのだ。二人でああでもないこうでもないと言い合って浴衣を見て回るのはとても楽しかった。
流石真希ちゃんといったところか、「その柄は似合ってない」とか「季節感が死んでる」とかバッサリと切り捨てながら、とてもセンスがいい柄を選んでくれたと思う。
……ちなみに、まだ男の子たちには見せていない。
「着崩れしそうになったら、ここに手入れて直せ」
「ん……オッケイ! ね、ね、写真撮ろ?」
「わーったからはしゃぐなって」
カシャ、と携帯のカメラが音を立てた。最初の頃は下手っぴだった自撮りも、もうだいぶ慣れたものだ。
写真は早速、"真希ちゃんと私アルバム"に振り分ける。
「にやにやしてると遅れるぞ?」
「あっもうそんな時間? ま、真希ちゃんどうかな? 変なとこない?」
「ねーよ。堂々としてろ」
そわそわと真希ちゃんの部屋を出て、並んで寮の廊下を歩く。
……とても歩きづらい。いつもブーツで走り回ってたからわかるけど、下駄ってこんなに歩幅を狭くしないと歩けないのか。"可愛い"って大変なんだなぁ……
「棘くん乙骨くん! お待たせ……あれ?」
「なんで憂太しか居ねぇんだよ」
「わぁ……二人ともなんていうかすごい……似合ってるね」
「ほ、ほんと?」
「うん。可愛いよ」
正面から褒められてしまって、なんだかすごい照れてしまう。
なんか乙骨くんて……そういうとこあるんだよね。
私が呪力消費が増えた影響で食事量が増えた時も、食いしん坊な女の子だなんてヒかれちゃうだろうかと心配してた私へ、乙骨くんは「たくさん食べる女の子って、健康そうな感じがして良いと思うよ」なんて嬉しいことを言ってくれたし。
新しい蛍光ペンを買ってウキウキしていたら、「佐倉さん、なんか良いことあった? 今日はいつもより笑顔が多いから……」って気づいてくれたり。
会って会話をしたことは無いけれど……たぶん里香ちゃんは、乙骨くんのそういうところに惚れたんじゃないだろうか。
「棘は?」
「あー、なんかパンダ君が引きずって行っちゃったけど……」
「チッ……パンダは来ねーからいいとして、遅刻すんなら置いてくぞアイツ……」
「まぁまぁ、すぐ来るよきっと……あ」
廊下の向こうから、パンダくんと棘くんがパタパタと走ってきた。
棘くんはいつものネックウォーマーにモノクロのTシャツを着ていて、ハーフパンツを履いた足元は普通の運動靴だ。
対する乙骨くんは涼しそうな色をした普通の英字Tと、真っ黒なジーパンにこれまた普通の運動靴。
棘くんの後ろからついてきたパンダくんは、なぜかニヤニヤした顔でこちらを見つめている。
「高菜」
「ワリワリ。棘に指南してたら遅くなった」
「……しなん?」
「おせーよ棘。置いてかれてぇのか?」
「……おかか」
「まぁそれにしても、ほうほう」
真希ちゃんと私を頭の天辺から足の先までじっくりと眺めたパンダくんは、「な、棘? 言うことあるだろ」なんて言って棘くんを小突いている。
「…………」
「あ、えっと……狗巻君、その、二人とも……綺麗だよ、ね?」
「……しゃけ」
「ハァー憂太はこんな素直に褒めてんのになぁー棘ももうちょっと押せよー」
「あはは……ありがとね、三人とも」
ちら、とこちらを見る棘くんは、あまり興味が無いのかすぐに目を逸らしてしまった。自分の携帯を取り出して時間を確認すると、そろそろ行こうかなんて真希ちゃんに話しかけてはゴチンと頭に拳骨を落とされている。
「お゛っかか……ッ」
「オ、マ、エ、が! 遅かったから待っててやってんだよ」
「お土産楽しみにしてるぞー」
「うん! 乙骨くんがメモ取ってくれたから、いっぱい買って帰るねー!」
寮の出口で手を振るパンダくんへ応えながら、私たちは四人連れ立って高専を後にした。目的地の八幡宮までは、電車で移動することになる。
「ひと多いんだからはぐれんなよゆき」
「ん……だいじょぶ」
高専の最寄り駅はいつも通りだったけれど、目的地に向かうにつれて段々と乗客が増えていく。だいぶ大きな神社のお祭りだからか、楽しみにしている人も結構多いんだろう。
「みんな浴衣着てるねぇ。女の子の浴衣、カラフルですっごい可愛い」
「しゃけ」
「やっぱり棘くんもそう思う? 可愛いよねぇ」
「……」
私の横に立っている棘くんが同意を示してくれて、ちょっと嬉しくなる。
どうやら、棘くんは"模索"し終わったらしい。その影響だろうか、前に比べると益々紳士的で、より一層優しくなったような気がする。
もちろん最初からそうだったけれど、今もさりげなく手すり側を譲ってくれたり、授業の後に五条先生のお手伝いを申し付けられた時は教材の重い方の箱を持ってくれたりとか、自分のおやつを頻繁に分けてくれたりとか。
……最後のはなんか違う気がする。たぶん燃料補給的なアレだな。
「駅徒歩十五分だっけ?」
「うん。そうみたいだけど……なんか、地図無くても他の人についてけば着いちゃいそうだね」
「ほんと、乙骨くんの言う通り……あっ! あっちの方に提灯が見えるよ」
「どこどこ?」
「ほらあそこ、外側に『八幡宮』って書いてある」
「佐倉さん目がいいなぁ……僕はちょっと文字までは読めないや」
乙骨くんとそんな話をしながら、真希ちゃんと棘くんの方を振り返る。……二人とも、人波ではぐれること無くちゃんとついてこれてるみたいだ。
やっと着いた神社は参道いっぱいに出店が並んでいて、人出もすごかった。
色とりどりの浴衣に、ぼんやりと赤く光る提灯。美味しそうな粉物のソースの香りとお囃子の音。
棘くんと乙骨くんが射的をして、キャラメルの箱をゲットして。真希ちゃんはそれに加えてドロップの缶とお菓子の箱をふたつ。何も落とせなかった私は真希ちゃんのおこぼれをいただく。
棘くんと一緒にヨーヨー釣りをして、取った真ん丸のそれを二人で構えて写真を撮ってもらった。呪印もだけど、ヨーヨーも丸いからお揃いみたいだね、と私が言うと、棘くんはきょとんとした顔で目をぱちぱちさせてからスイっと視線をそらしてしまう。
その横の屋台に杏子飴があったから、乙骨くんと一緒に並んで屋台を覗いて。
……すごい。杏子だけじゃなくってミカンとかイチゴとか、果てはフルーツ抜きの色付き水飴まで、大きな氷の板の上に並べられている。選んだ飴を最中に挟んでもらって、真希ちゃんに私と乙骨くんとのツーショットを撮ってもらう。
垂れる! なんて騒ぎながら杏子飴を口に放り込んだ私は、こちらをじっと見ている棘くんと目が合ったから少し笑顔を返す。棘くんは何とも言えない顔をしてから、手に持ったヨーヨーをぺしょぺしょと叩いては遊んでいる。
ちら、と見た先には綺麗なべっこう飴細工が並んでいた。鳥や金魚に龍、兎やダルマ、招き猫から富士山まで……パンダくんへのお土産にとてもいいだろうか。
――――楽しい時間もそろそろおしまい。パンダくんはそろそろ寂しがってそうだから、お土産を買って帰る時間かな。
ゴミ箱へ割り箸をぽいっと投げ入れた真希ちゃんは、バッグから取り出した携帯を見て時間を確認すると乙骨くんへ声をかけた。
「憂太、オマエちょっとこっち来い」
「えぇ?」
「パンダへの土産。手分けして買った方が楽だろ」
「あ、賛成! パンダくんね、ソース煎餅と綿あめは絶対食べたいって言ってた!」
「あとたこ焼きと焼きそばもって言ってたね。いいよ、じゃあ買い物終わったら狗巻君と佐倉さんに連絡する、でいいかな?」
「しゃけ」
「おっけー!」
一応、真希ちゃんに借りた風呂敷包みで持ち運び用にバッグの形に結んできたけど……持って帰れるかな?
そんな心配をしていると、人混みを縫って私の足元を子供が走って行った。少し離れたところで「こら! 先行かないの!」なんてお母さんらしき人の声が聞こえる。
なんだかとっても楽しいなぁ。
……楽しいけど、絶対に気を配らなければいけないことはあるのだ。
特に、私は。
「人多くてはぐれちゃいそう」
「高菜」
「もちろん。気を付けとかないと……こんなに混んでたら探し出せないよね」
棘くんと一緒にたこ焼き屋さんの屋台に並んで、ひと船買う。他にも大判焼きに鈴カステラ、美味しそうなものばっかりだ。
「あ……」
「?」
ふと目を遣った先、お面屋さんが並べている中に見覚えのあるキャラクターを見つけて立ち止まった。
この間、花嫁人形の呪物回収に行った先の蔵の中、幻影の男の子が着ていた服に印刷されていた、だいぶ昔のヒーローのお面だ。
その他にも、最近放送しているものではなく一昔前のキャラクターもののお面や、天狗に大黒天、おかめやひょっとこまで。
「このお面って、何製なのかな? プラスチック?」
「いくら……」
ふと思いついて、大黒天のお面とひょっとこのお面を手に取った。
学長先生と五条先生へのお土産にしようかな。
優しそうな七福神は、怒ると怖い学長先生へ。剽軽な顔をしたひょっとこは五条先生にそっくりだ。
「明太子」
「え? あぁ、うん大丈夫。この辺で待ってるね」
ちょっとトイレ、と言って席を外した棘くんの背を見送り、人の邪魔にならないようなところへ少しずれて大きな石に腰掛けさせてもらう。
可愛らしい真っ赤な兵児帯を締めた小さな女の子。兄弟だろうか、甚兵衛を着た少し背の高い男の子とはぐれないように手を繋いで歩いている。
……小さい頃の"私"も、あんな風にお兄ちゃんと手を繋いで縁日に出かけたりしたんだろうか。
「君、ひとり?」
「……」
屋台でじゃがバターを焼いているおじさんは汗だくになって、首から下げたタオルで額を拭っている。
本当に人が多いなぁ。この人たちって、いったいどこからきたんだろう?
ぼんやりと人波を眺めながら棘くんを待つ。
――――と、
「ねぇってば、無視しないで、よっと」
「や……っ!?」
急に腕をがしっと掴まれ引かれて立たされ、私の手からぽとりとヨーヨーが落ちた。びっくりして顔を上げると、目の前には知らない二人組の男の人が立っている。
一人は髪を明るいピンク色に染めていて、耳にはピアスをつけているようだ。もう一人は金髪で、柄が悪そうに着物を着崩してへらへらと軽薄そうな笑みを浮かべている。
「ひとりだったらさ、俺たちと一緒にまわろうよ」
「は、離してください」
「いいじゃんいいじゃん。暇でしょ?」
「俺たちが好きなもん奢ったげるしさ」
「連れが……連れがいるので!」
「あ、ほんと? じゃあその子も一緒でいいから。二対二でちょうどいいっしょ」
ニヤニヤしている男性二人は全然話も聞いてくれないし、ぐいぐいと引っ張られている私はどうしたらいいかもわからず抵抗することしかできない。
でも抵抗しようにも、私はいつもの靴ではなく下駄を履いている上に慣れない浴衣姿だ。やってやれないことはないけれど、投げ飛ばしたりなんてしたら怪我をさせてしまうかもしれない。
「あの、ほんとに困ります」
「大丈夫大丈夫、ちょっと遊ぶだけだからさ。ね?」
「や、は、放して……!」
どうしたものかと困って視線をうろつかせていると、背後から「おかか!!」と棘くんの焦ったような怒ったような声が響く。
何とか首を捻ってそちらを見ると、眉間にしわを寄せた棘くんが走り寄ってくるところだった。
――――これしかない。
その時、私の頭に天啓がひらめいた。
手首を掴む男の手が緩んだスキを見逃さずにそれを振り払うと、駆け寄ってきた棘くんの左手を躊躇せず掴んだ。そのままするりと指を絡め、ナンパ男に向かって掲げてみせる。
「わ、私、彼氏がいるので!!!!」
「…………、」
私がそう言った瞬間、棘くんがバッと音を立てそうな勢いで私の顔を見たのが視界の端に映った。
……ごめん、本当にごめん。これしか思いつかなかったの。あとでちゃんと謝るから、今この瞬間だけ許してほしい。
「ね? 私たちラブラブだもんね? もぉー。棘くんなかなか来ないからぁ、ゆき寂しかったよ」
「…………」
できるだけ可愛らしく甘えている風に声を出して、手を握ったまま棘くんの肩に寄り掛かり、見せつけるように目の前の二人組の男に向かって微笑んで見せる。
……お願い、騙されて。
「ハァ? じゃあ最初っから言えよ」
「気分悪ィな……クソ女」
悪態を吐いた男二人が行こうぜ、と言って立ち去ってしまうまで、私は棘くんと手を繋いだまま心の中で「棘くんが怒りませんように」と祈り続けていた。
ガラの悪い二人組が見えなくなったところでやっと安堵から肩の力を抜く。
「……」
「あの、ホントごめん……ちょっといろいろあって、」
「……」
「ごめん……びっくりさせたよね」
ぱ、と手を離して棘くんから距離を取る。
わけもわからず私の"彼氏"役に仕立て上げられた棘くんは、何も言わずにこちらをじいっと見ていた。責めるような視線に、自然と私の目は足元の石畳へと落ちる。
「……おかか」
棘くんは小さな声でそう言うと、私の手を取った。きゅ、と優しい力で握られたそれに驚くと同時に、なぜか自分の胸がばくばくするのがわかる。
「と、棘くん」
「いくら。ツナマヨ、おかか」
はぐれたら大変だし、こうしておけばもう絡まれないでしょ。
彼はそう口にして、何事もなかったかのように人混みを縫って歩き始める。
――――クラスメイトと、手を繋いで歩いている。
ただそれだけなのに、なぜだかとても落ち着かない。
ふと、まるで少女漫画みたいだなと思った。ナンパされている女の子を助けた男の子が、「今日だけ、彼氏役で付き合ってやるよ」なんて言いながら優しく手を繋いで一緒にお祭りを楽しむ。
……棘くんって、こんなカッコいいことを自然にできちゃうんだ。
入学当初に高専内で迷子になった時は心配して探しに来てくれたし、ホテルで変な声が聞こえた時も部屋を交換しようって言ってくれたし。前々から優しい人だなって思ってたけど、こんなにポテンシャルが高いだなんて……クラスメイトとして素直に感心してしまう。
「……棘くんって、とっても……優しいね」
「?」
「ありがと」
きっと私が少女漫画の主人公だったら、絶対に棘くんのことを好きになっていたと思う。
生憎と言って良いのか、私は呪骸だしこれは少女漫画じゃないから、そんなことはないけれど……今だけはこの優しさに甘えていたい。
温かい彼の手を握り返しながら、私はふわふわとした落ち着かない気持ちを持て余していた。
……なんだか落ち着かない。ソワソワする感覚を早くどうにかしたくて、ふと周囲に目をやった。
すれ違う女の子たちはみんな可愛い浴衣を着ていて、ちらほらカップルらしき人も混じっている。楽しそうに腕を組んだり手を繋いだり、心底幸せそうな笑みを浮かべては見つめ合って、可愛らしい仕草で男の子に寄り添って。
棘くんも、いつかはあんな風に普通の女の子とお付き合いをするんだろうか。確かに語彙を絞っている分、遠巻きにされがちかもしれないけれど……こんなに優しいんだから、きっと棘くんの人となりを知った女の子は、みんな彼に好意を抱いてしまうだろうな。
そこまで考えた時、何かがちくりと私の胸を刺した。違和感に気づいて体を見下ろしてみても、特段異常はない。
「……?」
「ツナマヨ?」
「あ、ううんなんでもない……」
ほら、今も。
私が気を取られて歩みが遅くなったことに気付いてくれて、「どうかしたの」なんて訊いてくれて。人にぶつからないように道の端に寄って、歩く速度を落としてくれる。
気配りが上手で頼りになる、私の自慢の同級生――――
ちくり。
また、何かが私の胸を刺した。
……充電のし過ぎだろうか? 携帯電話にも過充電って言葉があるし、これだけ人が多い状況ならありえない話じゃないだろう。明確に数値化されているわけじゃないから、私の呪力許容量の限界は今まで測れたことがない。
初めてフル充電の状態になって、体が驚いているのだろうか。もしくは、これが充電完了の合図なのかな?
「……」
「高菜、」
考え込んでしまった私は、気づけば足を止めてしまっていた。心配そうに振り向いた棘くんが、私の顔を覗き込むようにして近づいてくる。
「あ――――」
眠たげな瞳、長い睫毛、形のいい眉、元気に跳ねている綺麗な浅黄色の短い髪。
「おかか? すじこ?」
具合悪い? もう帰ろうか? そうやって私の様子を尋ねてくれる、落ち着いた優しい声。逸れないようにと私の手を握ってくれている、おっきな手。私より少しだけ背が高くて、乙骨くんと比べると少しだけ線が細くて、それでいて男の子らしくしっかりと筋肉がついていて、話しかければいつでも優しく応えてくれて、私の話をちゃんと聞いてくれる。
「あ……あれ……?」
棘くんの視線から逃げたくて、一度下げてしまった目線がなぜか上げられなくなった。顔が発火しているみたいに熱い。試しにもう片っぽの手でほっぺたに触ってみると、確かにぽかぽかと温かい。
怪訝そうな顔をした棘くんは繋いでない方の手をするりと私の額に滑らせ、熱を計るみたいにしてそっと触れている。
「……明太子」
熱い。棘くんが触れているおでこが、繋いだ手が。とにかく熱い。
「おかかおかか、いくら」
一旦外に出よう、と宣言した棘くんは、私の額から手を離してするりと自然に前髪を梳いた。そのまま携帯を取り出すと、どこかに向かって連絡を取り始める。
「……」
「……」
「……」
誰かに……たぶん、真希ちゃんにメッセージを送ったんだろう。棘くんは携帯をポケットにしまいこんで「歩けそう?」と尋ねてくる。
「……ん」
こく、と頷くので精一杯だ。
どうしよう……私、本当になんか変かも。
「しゃけ。ツナマヨ」
「……」
棘くんはその言葉通り、ゆっくりと私の手を引いて歩いて行く。
鳥居を出てすこし横に逸れて数十秒後。たまたま近くに来ていたのか、真希ちゃんと乙骨くんがこちらへ向かって歩いてくる。
「どうした。なんかあったか……」
「佐倉さん大丈夫? 具合悪いって……あれ? なんで手――――」
乙骨くんが何かを口にしかけた瞬間、真希ちゃんが物凄い速度で乙骨くんの胴体を肘で小突いた。攻撃をくらった方の乙骨くんは「う゛っ」と呻いて横腹を押さえている。
「ま、真希ちゃん……私、なんか調子悪いかも……」
「いくら」
「…………確かに、"今までとは"違う感じだな。棘、付き添って先帰れ」
「しゃけ」
「ご、ごめん……もうちょっと皆と回りたかったのに」
「痛ぁ……き、気に……しないで、佐倉さん」
乙骨くんはちょっと苦しそうで何とも言えない顔をしながら、心配そうにそう言ってくれた。対して、真希ちゃんはちょっと興味深そうな顔で私を見つめている。
棘くんは真希ちゃんからお土産を預かって、私の手を引くと駅へ向かって歩き始めた。
「明太子?」
「ん……だいじょぶ」
いや、本当は顔も熱いし前をまともに見れないから大丈夫じゃないけれど。
棘くんは私を心配してくれているのか、改札を抜けても手を繋ぎ直してくれて、高専までの道のりをゆっくり歩幅を合わせて歩いてくれる。
「……」
「……ツナ」
「?」
ほら見て、と指差された先には大きな丸い月。
棘くんの口元と、私の手の甲にある呪印と同じ形。
……お揃いの、丸い輪。
「ツナマヨ」
「……うん、ほんとだね…………」
本当に、綺麗な丸い月だ。
「打ち上げ花火……無くて残念だったね」
「……しゃけ」
「…………」
「……」
隣に立つ棘くんが、握った手にきゅうっと優しく力を込めた。
安心させようと気を遣ってくれたんだろう。
それにすら何かが反応して、私の胸をちくりと刺す。
どうしよう。私、どうしちゃったんだろう。
「ん? 真希と憂太は?」
「こんぶ」
「パンダくん……ただいま……」
「なんでそんなに元気なくしてんだ? ……棘、まさか失敗――――」
「おかか」
「……わかんない。私……なんか調子、悪くて」
「ははぁ。で、お手々繋いで仲良く帰ってきたのか?」
「……」
「うん……」
何とも言えない顔をしているパンダくんにお土産を渡し、寮まで送り届けてくれた棘くんにお礼を言ってから自室へと戻る。
――――先に帰っちゃってごめんね。
三人にそうメッセージを送り、真希ちゃんに言われていた通りに浴衣をたたむ。
朝になったら学長先生に相談しよう。
ひとまず今日の症状を書き留めるべく、私はペンとノートを取り出した。
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