夜の談話室。目を遣る先には、ゆきと真希が楽しそうに恋愛映画鑑賞の真っ最中。最近は夜も暑い日が増えてきたからか、真希は臙脂色の半袖に真っ黒なハーフパンツ、ゆきは最近流行りのアーティストのライブTにジーパンを合わせ、その上にオーバーサイズの男物のカーディガンを羽織っている。たぶん、アラタのお下がりだろう。
真希は恋愛要素の方にはあまり興味が無いようだったけれど、映画にはミステリー成分も含まれているからか、二人してなんだかんだ楽しく鑑賞しているようだ。

「それより、今度の外出。夏祭り行くんだろ? 俺だけ仲間外れなんてショック受けちゃうなぁー。泣いちゃおっかなぁー!」
「こんぶ」
「え、えーっと……着ぐるみのフリしてでも行く? バンダ君が風船持って、例えば佐倉さんと手繋いで……」
「リアルすぎてバレるだろ。夏の最中に着ぐるみが出歩くか?」
「しゃけ」
「ゆきがお土産買ってくれるって言ってたしな。静かにお留守番でもしとくさ」

パンダは「俺はソース煎餅と、綿あめと、たこ焼きと……」なんて要望を乙骨に伝えてはメモを取らせている。一緒には連れていってやれないものの、数日後に迫った夏祭りを指折り数えて楽しみにしているらしい。

『な、なにィ!? 他にも犯人が居るって言うのかよ!』
『そうよジャック……貴方、心当たりはないの?』
『あぁ、もちろんさアンジー。あるには、ある』
『誰なの? それは誰なのよ!? ジャック、この世界の皆の命がかかっているのよ……早く裏切者のバンパイアを炙り出さないといけないの! 早く答えて!』

「あぁぁ……絶対マリアだよ、だってどっから見ても怪しいもん……」
「んー? 案外、このアンジーってやつじゃないか?」
「え? ヒロイン枠なのに?」
「頻繁に影で電話してるし、死人が出る時は必ず現場に先に着いてる。今の"裏切者の"って台詞も、敵側に立ってなきゃ出てこねぇ発想だろ」
「た、確かに言われてみればそうかも……」

洋画というものはどうしてこうも一々台詞回しがクサい上に、似たり寄ったりな名前の登場人物ばかりなのだろうか。ジェーンだとかジェシカだとか、ジャックとかジョンとか……まぁ、日本人でも同じことが言えるのかもしれないが。
西洋人の顔を見慣れていない狗巻には、パンダと乙骨との話の合間に眺める程度の集中力では登場人物の見分けすら危うい。

『俺が気にしてるのは、マリアさ。……彼女が気になるんだ。マリアに話しかけられると天にも昇るような気持ちになるし、他のヤツがマリアの傍にいると落ち着かない気分になる。いつもマリアを見つめちまって、マリアのことばかり考える……』
『ジャック、それって……』
『ああそうさ、クソったれ! 俺はマリアに恋をしてる!』

「アンジーがいるのに!?」
「別にこいつら付き合ってるワケじゃねーだろ」
「か、片想いだ……三角関係だ……!」

『……応援するわ。だって私たち……親友、でしょ?』
『あぁ。アンジー、君はかけがえのない……世界で一番の、俺の友達さ』

「ワァーッ! つらい!!」

ゆきがそう言って仰け反った瞬間、スポンサー紹介が入ってCMが始まった。ゆきも真希も続きが気になる様子で、ソワソワと飲み物をコップに注いではあれやこれやと考察を話し合っている。

「真希さんたち、釘付けだね……」
「しゃけ」
「憂太はいいのか? いつもアイツらとドラマ観てんだろ」
「うーん……今日のは、前に再放送やってたときに観ちゃったんだよね」

ネタバラシしちゃわないように、こっちに座ってるんだ。と乙骨は苦笑いしながらポテチをひとつ摘まんでいる。
いつもなら乙骨を含めた三人でドラマ鑑賞に勤しんでいるからか、女の子二人で座っているソファは少し寂しそうに見える。
……そうか。だからゆきたちは二人っきりであそこに座っているのか。
どことなく感じていた違和感の理由はそれだったらしい。真希が任務に行っていて見れなかったときは録画しておいて、後から三人揃って見るようにしているらしい。

……乙骨と、真希と。三人で。楽しそうに。

「あ。棘くん見て見て! 『阿修羅と五日』のDVD出るんだって!」

公開終わったばっかなのに早いね、すごく楽しかったよね。そんなことを言って笑顔を浮かべてこちらを振り返り、テレビ画面を指差すゆきに「しゃけ」と同意を示して頷いてやってから、ふと考える。

自分の不調だけで彼女を遠ざけてしまって、申し訳なかったと思う。時たまこちらを窺うような視線を感じてはいたけれど、気付かないふりをして冷たくあたっていた。何となく調子が悪いのは自分の問題であって、べつにゆきの所為じゃないのに……

コツン、とパンダに頭を小突かれた。
なんだよという思いを眼光に込めてそちらを見上げると、いつものにやけた表情ではなく、仕方ないなといった風に苦笑している。

「……いい加減認めちまえよ。そしたら楽になるぞ」
「……」
「呪術師ってのは明日死ぬかもわからないんだから、その時が来てから後悔したって遅いんだからな」
「…………ツナマヨ」

なんとなく、この違和感の正体には気づき始めていた。
彼女を見ていると落ち着かない気分になったり、話しかけられれば嬉しかったり、乙骨と会話しているところを見ればほんの少し気分が悪くなる。
いつも気づけばゆきのことを考えていて、目で追って。今は何をしているだろうかと気になってしまう。
こういうことの経験が無い狗巻ですら、流石に認めざるを得なかった。


――――自分は、ゆきに恋をしたのだ。


そう仮定してみれば、今までの違和感には全て納得のいく説明がついた。

データ取りの名目で一緒に新宿へ出かけた時。
褒めろ撫でろ名前を呼べと抱きつかれた時。
夢に憑く呪霊を祓うために、彼女の呪力切れを待つのではなく同じ夢に這入ろうと決めた時。
乙骨に「付き合って」と言ったゆきの言葉にショックを受けた時。
同じ部屋で別々のベッドに横になって、ゆきとしりとりをした時。
鬼ごっこで後ろから抱きつかれた時。
花嫁人形の呪物を回収しに行った先で、二人して簡易領域に閉じ込められた時。

きっとあの頃から、ゆきに恋をしていた。

――――ゆきばかりを見ていた。


「しゃ、け」
「応援するぞ。……俺は、な」

呪骸であるパンダが付け加えたその言葉がどんな意味を持つのか、自分にだって痛いくらいよくわかる。

問題は、ゆきはヒトではなく呪骸だということだろう。でも自分は既に、"ひとりの女の子の佐倉ゆき"として彼女を見ている。

…………それ以外の見方は、もうできそうになかった。

彼女の仕草のひとつひとつが気になって、視線を独り占めしたいと思う日が来るだなんて。アラタがゆきを連れていた時も、再起動した彼女が入学してきた時も、微塵も思いもしなかった。

「アンジー……闇落ちしないで……戻ってきて……」
「ほらな、言った通りだろ」

『早まるなアンジー、まだ最後の審判の時が来たわけじゃあないんだ』
『ジャック。貴方が私のものにならないなら、こんな世界はもう要らないわ……』

でも、この想いを伝えてどうなる? ゆきの気持ちは? もし人形偏愛症の変態野郎と罵られてしまったら?
手酷く振られてしまったら、立ち直れないかもしれない。
これは呪霊を相手にするよりも、よっぽど自分の頭を悩ませる問題だ。

『君に何を言われようと、俺はマリアを選ぶ! 彼女がバンパイアだろうがなんだろうが、知ったこっちゃねぇ……神に誓って、俺は彼女を愛している!』
『ジャック……私たちは、永遠に分かり合えないのね。残念だわ』

「おーまいがー……身分違いの恋……」
「犯人はわかったし、後は銀の弾で銃撃戦でもやっておしまいだろ」
「さ、最後はハッピーエンドで終わるよきっと! だから負けないでジャック……!」

向かい風に翼を折るか、血を吹きながらも飛んでいくのか。
あの男が言った言葉は正にこの状況を指していたのだ。


――――後悔だけは、したくない。


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