*注意*
発言がそこそこ下品です。
或る昼下がりのこと、高専を歩く一人の女の子を見かけた。
「君……佐倉サンの、妹さんだっけ?」
「え?」
俺の声に振り向いた女の子は、仏花を手にしている。その様子を見るに、どうやら敷地内にある墓地へ墓参りに行くところだったのだろう。
「あ、そうです。ゆきです」
「久しぶり……つってもあんま会ったことないし、わかんないか。俺は猪野。ゆきちゃんはお墓参り?」
「はい。お兄ちゃんの月命日なので」
「そっか、そうだよな。この度はご愁傷様でした」
「そ、そんな! ……ご丁寧に、ありがとうございます」
彼女は少し言葉を詰まらせると、今は亡き兄との思い出を探すように俺の目を見つめ返してくる。
「猪野さん……は、お兄ちゃんの、兄のお知り合いだったんですか?」
「少しだけだよ。二、三回だけ一緒に任務行ったくらいかな」
「そうなんですか……生前は兄がお世話になりました」
律儀にぺこりと頭を下げるその姿は、まるで呪骸とは思えないほど精巧にできている。
「いやいや、あんま気ぃ落とさないようにな」
「猪野さんは、優しいんですね。ありがとうございます」
「――――っていうことがあったんですよ」
「はぁ」
「え、七海サン感想それだけッスか?」
もっとなんかありませんか? と猪野がぼやく。
問われた方の呪術師は至極どうでもよさそうな顔で、自分に懐いている彼に向かって口を開いた。
「墓参りに行くのは悪いことではないです」
「いやそういうことじゃなく……佐倉サンって、七海サンの同期だったんスよね? どんな人だったんですか?」
最近二十歳になったばかりの猪野は、ビール片手にきらきらとした目で七海を見つめている。
コイツはなぜか七海を慕っていて、僕なんかには目もくれやしない。
……いや、男に慕われたところで別に嬉しかないか。
自分の同期についての思い出を掘り返しているのだろうが、何を考えているんだかよくわからない後輩を正面からぼんやりと眺め、今世紀最大のイケメンで当代最強のスーパー特級呪術師こと僕、五条悟はメロンソーダに口をつけた。
「……変態、以外に形容できる単語がありません」
「えぇー」
恐らく七海は質問の意図を理解しかねているのだろう。そのやり取りを見ながら思わずくくくと笑ってしまった僕は、仕方なく助け船を出してやることにした。
「何が知りたいんだよ。あの変態の、さ」
「あ、そういや五条サンの後輩でもあるんですよね。んー……彼女さんとかいなかったんですか?」
「いたよ」
「えっ」
「昔の話ですけどね」
「まぁー手あたり次第に食い散らかして、とっかえひっかえだったよね」
「五条さん、もっと言葉を選んでください」
「去る者は追わず来る者は拒まず?」
「それならまぁいいです」
事実ですし、と溜息と共に言葉を零した七海はマッコリを傾けた。
さすがに仕事を押し付けすぎたのだろうか? 僕直々に参加を申し付けたはずの伊地知はまだ到着しそうにない。
「アラタは学生の頃から、窓の子とかには人気だったよねぇ。呪術師仲間にはちゃんとヒかれてたけど」
「内面を知らない人にはただの普通の男に見えただけのことでしょう。騙されてしまった方々にはご愁傷様ですとしか言えません」
「てかね、アイツ頻繁に……酷いときは毎週のように女の子と付き合っては分かれてたから」
「えっ」
「しかも振られる方」
「えぇーっ……七海サンの同期なのにですか?」
猪野のその発言に、"変態"の同期を持った彼は心底厭そうな表情を浮かべてみせる。まぁ、言いたいことはよくわかる。僕だって、適当さとついでに実力に関してはアラタより遥かに上を行っていると自負しているが、アレと同一視されちゃ堪ったもんじゃない。
「選んで同期になったわけではありません。私の人格が猪野君にどう見えているかは知りませんが、他人を矯正できるほど聖人ではないですし、そもそも佐倉の女性関係については関わり合いになりたくありません」
「七海サンでも匙を投げるほど、ってことッスか? もしかしてシスコンだからとか?」
生真面目な後輩は物言いたげに口を開いたが、何かを諦めたのか言葉を紡ぐことはせず、バングリから酒杯へと次の一杯を注いだ。
「いや、そういうわけじゃない。アラタに相談されたことあるよ。『本当に私のこと好きなの? って聞かれたから、素直に"別に好きじゃない"って答えたらひっぱたかれた』って」
「最低ッスね」
「それが佐倉という男への正当な評価です」
「しかも若い女の子が多かったなぁ……やっぱり、妹に優しくしてる年上の男の人、っていうのが惹かれる点だったんじゃない? いざ付き合ってみたら、恋人らしいことには喜んで付き合ってくれても興味のベクトルは違うし、仕事でしょっちゅうデートすっぽかすし、"妹"同伴なことも多いし、付き合ってる子が居ても誘われれば平気で他の女の子に手ぇ出すしで悪い方に割と有名だったよ」
「うへぇ」
店員が運んできたチキン南蛮を見た僕は「うまそー」と正直な感想を口にし、さっそくそれをひとつ口の中へ放り込む。美味しいものは美味しいうちに頂く、これ鉄則。
少し大きめに潰したゆで卵と、しゃりしゃりした玉ねぎのタルタルソースが南蛮酢と鳥に良く合っていて実に美味しい。やっぱり硝子のおすすめはハズレが無いな。
猪野にはもう少しだけ、"憧れの七海サン"の同級生の情報を与えてやろうと思い、僕に倣って皿をつつく彼に向けて昔話を続けてやる。
「しかも、ベッドの中では触るだけ、みたいなやつだったらしい。根本的に女の子には興味が無いんだな」
「五条さん」
「死人に口なし、別に今更気にする話じゃないだろ」
「誤用ですし、そもそもデリカシーの問題です」
こちらを睨んでくる七海の視線はさっくりと無視してもう一つチキン南蛮を口へ運ぶ。
……うん、美味しい。
「何スかそれ。もしかして……佐倉サンは男が好きだったってことッスか?」
「いや、アラタの尊厳を守るためにも言っとくけど、アイツはちゃんとしたヘテロだよ。性欲じゃなくて、単純に女の子を教科書とか参考書としか見てないやつだったから。触るだけ触って満足して、ちゃんと女の子も満足させるけど本番はしないからプライドずたずたにするクソ男だ、って」
「最低ッスね」
「高校生とかでも平気で手ぇ出してたよね」
「しかも犯罪だ」
「イカレ具合としては呪術師の適正以前の問題ですね。怨まれて夜道で刺されるよりは、警察に駆けこまれて前科が付いていてくれた方がまだマシです」
「"妹"のお披露目会されてからは『あーなるほど』って感じだったけど、当時は女に困ってない感じが他の術師からは"クソムカつく"って評価だったらしいね」
「五条さんも女性には困ってないでしょう」
「僕は本命じゃなかったとしても、僕のことを好きって言ってくれる女の子は大事にするから」
他にアラタはどんなことを言っていただろう、と僕の頭の中のアラタ語録をリストアップしていく。
――――女の子って、怒りをぶつけるときになぜか平手打ちしますよね? 男ならできるだけダメージを負わせようと思うから拳で胴体か顔を狙いますけど、平手なら当たる範囲が広いから相手により多く精神的ショックを与えられるような気がする、みたいな理由なんでしょうか?
――――僕に近づいてくる子ってちょうどいいんですよ。誰かに恋してたり、実際にモーションを掛けられてる相手がどう思うか、どんな風に女の子が思ってるかとか。観察するにはうってつけですよ。
――――付き合ってればどれだけ顔とか仕草とかまじまじ見てても許されますし、体に触っても文句も言われないのでとっても助かってます。
――――AVとかは別に見ないですね……映像で見るより、生で見たほうが情報量多いですし、実際に触ってみないと触感とかわかりにくくて……3Dの方がどの角度から見ても参考になるじゃないですか。
「本当にただのクソ男じゃないッスか」
「同感です。女性への扱いについては、今思い返してみても腹が立ちますね」
そこで言葉を切った七海に、次は何を飲みますかと尋ねられた。気づけば僕の手元のジョッキは空になっていて、猪野もビールをちょうど飲み干すところだった。
七海のこういうところを見るたびに、こいつは一般企業に勤めた経験があるんだなぁとしみじみ感じる。この生真面目な性格じゃあそこそこの量の貧乏籤を引かされ続けてきたのだろう。
……ま、呪術師に戻ってきても籤の配給元が僕に変わるだけで、適正はあってもあまり以前と違いは無いような気はするが。
「でもあの呪骸ちゃん……ゆきちゃんって呼んで大丈夫ですよね? ほとんど人間の女の子じゃないですか」
「猪野君は学生でしたし、佐倉と組んだ回数は少なかったですから。そう思うのも仕方ありません」
「俺はできる限り七海サンと一緒に任務に行きたいですから!」
そして認めてもらって、七海サンに一級の推薦をもらうのが夢です! と猪野は大きな声で言い切った。
なんだってこんな堅物に心酔しているのか……僕には猪野の趣味がよく理解できない。七海と一度任務をしてからというものずっとこんな調子だから、頭の固い七海は表面上はわかりづらいけれど、だいぶ猪野のことを可愛がっているようだ。
「お断りします」
「相変わらずだなぁ七海は。こんなに愛を囁いてくれてるのに応えてあげないなんて」
「誤解を招くような言い方はやめてください。名誉毀損で訴えますよ」
「女性関係ならいい弁護士紹介してあげるよ」
「結構です」
注文した料理をひとしきり腹に収めたところで、今日のところはお開きとなった。酒を覚えたての猪野は少しふらふらしていたものの、何とか自力で帰れそうだ。駅までは七海が送っていくらしい。
結局最後まで伊地知は現れなかったが、アラタの思い出話に免じて許してやることにする。
僕は大きく伸びをして、明日は後輩たちの墓参りに行くのもいいかもなと独り呟いた。
<< △ >>