閑話
 呪骸としりとり







「棘くん、ちょっといいかい?」
「……しゃけ」
「ゆきとしりとりをしてほしいんだ」
「……」

昼下がりの食堂。そう言って手招きをするアラタへ嫌そうな顔をしつつ、狗巻は彼の向かいの席へ腰を下ろした。
アラタの隣には、女の子らしい服を着たゆきがニコニコ笑顔を浮かべ座っている。

「棘くん、こんにちは」
「すじこ」
「語彙選出の偏りとランダム性のバランスを取りたいのと、会話文以外のやり取りでどこまで相手の思考を予測できるかってとこをテストしたいんだよね」

そこで、言葉を絞ってる君に手助けしてほしいわけ。

そう言ってアラタは楽しそうに人形の頭を撫でた。

「始めていいかな?」
「しゃけ」
「負けないからね!」

人形は意気込んで、口を開く。

「じゃあ、ゆきからいくね。初めはしりとりの"り"! ……りんご!」
「……」
「語彙は絞ったままでいいよ、そのままおにぎりの具で返してごらん」
「……すじこ」
「あ! ゴリラだ! じゃあゆきはね、ラッパ!」
「!」

通じている。いや、大抵はこの流れだとこの単語になる、というセオリーに則った予測から当てただけかもしれない。
自分はしりとりなんてしたこともなく、たまに真希とパンダがしているところに気まぐれでおにぎりの具を放り込むくらいの参加経験だ。

「ツナマヨ」
「ダ、ダ……ダチョウ!」
「明太子」
「ギ、うーん……お兄ちゃんー!」

返しを思いつかなかったのか、人形はアラタに向かって泣きそうな声を上げる。
その頭を嬉しそうに撫でながら、彼は何事かを耳打ちした。

「ありがとう! ギター!」
「……高菜」
「え?」

すこし意地悪をしてやりたくて、「タスマニア島」と言ってみた。
想像通り目の前の呪骸は正しく受け取れなかったようで、不思議そうに首を捻っている。

「んー……もう一回! もっかい言って!」
「高菜」
「動物? ……場所の名前?」
「棘くん、何度か言ってみて。もうすぐゆきが当てるよ」
「高菜」
「……地名?」
「高菜」
「…………島だ! た、た……国外、知名度のある島、……タスマニア島?」
「しゃけ」
「やったー! じゃあじゃあ、ウサギさんはさっき棘くんが言ったから、うどん!」
「ゆき、それじゃ"ん"がついちゃうよ」
「あっ本当だ……! えー、棘くんもう一回!」









「明太子」
「ら、ら、ら……ラッコ!」
「すじこ」
「コインランドリー? ってなに?」
「うーんとね、洗濯物は家で洗濯機で洗うよね? その洗濯機がいっぱい置いてあって、自販機みたいにお金を入れると洗濯してくれるっていうお店のことだよ」
「へぇー! すごい、ゆきも行ってみたいなぁ」
「ほら、次はゆきだよ。り、は?」
「り、り……リンケージエディター!」
「……ツナマ、」
「好き!」
「ツナ?」
「棘くん、好きの"き"、だよ!」

不自然な言葉の変化に違和感を覚え、アラタの顔をちらりと窺う。
その視線に気づいたのか、"妹"を幸せそうに眺めていた彼は狗巻の抱いた疑問に答えるべく口を開いた。

「中学生が知ってる単語としては不自然だからね、"修正"させてもらったんだ」
「……」
「棘くん〜ギブアップ〜?」
「高菜」
「きゃりー? ……棘くんってホラー映画とか好きなの?」

じゃあ次はリング! と人形が笑顔で笑った瞬間、そのままピタリと動きを止めた。

――――また、"修正"するのか。

そう思いげんなりした気持ちでアラタの方を見ると、やはり彼は人形の言動を調整しているらしく、顎に手を当てて少し考えこんでいるようだった。

「…………」
「んー……女の子はやっぱり……うーん」
「……ツナ」
「……きゃりー? ……棘くんってホラー映画とか好きなの? ゆき、こわいのダメなの……夢に出たらどうしようぅ」

半泣きで術師へ不安そうな顔を向ける人形と、それを蕩けそうな笑顔で宥める呪術師。


このしりとり"教育"ゲームはまだまだ続きそうだ。

気が遠くなりそうなお人形遊びに、狗巻は大きく溜息を吐いた。




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