私は棘くんと、図書館で勉強をすることになった。

――――経緯を省いてしまった。要はこういうことだ。

短時間ではあったけれど、ひとりで外出するよりは呪術師が同行したほうが充電が早い。それは呪力のある術師に限る。
つまり、同級生の中で適任だったのは乙骨くんと棘くんだったのである。

最初は任務も何もない乙骨くんについてきてもらうつもりだったのだが、そこは棘くんがなぜか譲らなかったので――きっと、乙骨くんの里香ちゃんスイッチを踏ませる可能性を減らしたかったんだろう――私は特段誰かが外出することもなく、それに同行させてもらうことができないときに限り、週に二、三回のペースで外出を許された。
もちろん一人外出禁止令は解かれていないので、棘くん抜きで外出する必要があれば真希ちゃんと一緒に行く、というのがルールである。
ただ、今のところ棘くんが長期の実習に出る予定は無く、そもそも同級生のみんなは頻繁に買い物に出ることも無いので、棘くんとの定期的なお勉強会は約束されたようなものだった。

なぜ都心へ遊びに行ったりではなく図書館なのかというと、その辺はただ単に大人の事情で「外で勉強します」という名目なら外出許可が下りやすかっただけなのだ、と五条先生が教えてくれた。

そういうわけで、私たちは学生の本分である勉強をするために寮を出発したのだ。



「私、図書館ってあんまり来たことないかも……高専の図書室とか資料室とは違う?」
「……いくら」

棘くんもあまり詳しくなさそうだ。私達二人は小さな端末に地図を映して通りを歩いていた。

「そもそも呪術高専って駅まで遠いよね……」
「しゃけしゃけ」
「図書館も隣の駅? だっけ? 棘くんと電車に乗れるのは嬉しいけど、夏になったら暑そう」
「ツナ……」

高専の夏服で外を歩くことを想像したんだろう。棘くんは露骨に嫌そうな声を出した。
全身真っ黒、高専の学ランは太陽の光を効率よく吸収しそうだ。服の上で目玉焼きも作れるかもしれない。

電車に乗り、目的の駅で降りた。この駅には人がそこそこ居るようで、商店街も見える。

「唐揚げのお店があるよ! テレビに出たって書いてある……お土産に買って帰ろうよ」
「明太子!」

お腹に直接訴えかけてくるような、いい匂いが鼻腔をくすぐる。
男の子はみんな唐揚げが好きだと思う。それは棘くんも同じなようで、なんなら今からひとつ買って食べながら行こう、なんて言うから私は笑ってしまった。

「もー、図書館は飲食禁止だよ。帰りにしよ?」
「……」

私がお姉さんぶった言い方をしてしまったからだろうか。棘くんは目を丸くして何度か瞬きをすると、顔を伏せてしまった。
耳の端が赤くなっている。

「あ、あは……えっと、その、西口からスーパーに向かって歩くん……だっけ?」

急に恥ずかしくなった私は、慌てて手元の地図を確認して目的地へ向かって歩き出した。
棘くんはすぐに私の隣に追いついてきて、静かに前を見ている。
肩にかけているスクールバッグはちょっと重いが、まあ仕方がない。
今日は苦手な地理をやる予定だ。暗記がメインのこの教科は、とにかく唱えるか手を動かすしか私には案が思いつかず、今から気が遠くなりそうだった。
自分が呪骸であることを、ゆっくりとではあるが受け入れつつある私は、「お兄ちゃんが私を勉強が得意な子に作ってくれていたらよかったのにな」なんて、自分勝手なことを考えてしまったり。

「ツナマヨ?」
「え? あ、ここだ……お、大きい……!?」

道の脇に現れた図書館を見て、私は驚きの声を上げた。
地上二階建てのその建物はとても大きくて、自動ドアが開くたび、人が出たり入ったりしている。

「想像してたよりずっとおおきいね」
「……しゃけ」

私の想像では、一階建てで、中には両手で数えれば事足りてしまうくらいにしか利用者がいなくて、ぐるっと歩けば全ての書架が五分くらいで見渡せるくらいの建物だと思い込んでいたのだ。
私は二階の窓際に佇む女の子の姿をぼんやりと眺めてから、入り口をくぐる。
中はとても広くて、当たり前だが本棚でいっぱいだった。暖色の蛍光灯が点けられ、入って左側のスペースは一面大きなガラスの嵌め殺し窓で外が見えるようになっており、陽光の中、カウチに座った人がめいめいに本を読んだり寛いだりしている。
と、私達の隣を、子供が三人走り抜けていった。お揃いの緑色の大きなバッグを肩から下げている。「走らないの!」と声を落としながら注意する母親らしき女性が、その後を追って図書館の外へ出ていった。
書架は本で埋め尽くされていて、どうやら一階は児童図書コーナー、二階には一般書架があるらしい。
おはなし会のお知らせや、絵本の朗読会などの通知が掲示板に貼られている。

「ツナ」

二階へ行こう、と棘くんが手振りを加えて言った。









目を伏せ、数学の問題に取り組んでいた棘くんが小さく伸びをした。
小さく漏れた欠伸の声に、私もつられてしまう。
授業よりも長い時間、手元の課題と向き合っていたからだろう。集中が途切れたらしい彼は、手元のノートに落書きをし始める。
何を書くんだろう? 男の子らしい角ばった字の横に棘くんがシャーペンを走らせていく。
丸を書いて中に黒丸、隣にも同じものを書いて、二つを円で囲う。その上に草むらを書いて……おそらく髪の毛のつもりだろう、中を黒く塗りつぶしていく。
と、唐突に話し声が聞こえた。

「……ねぇ、この話知ってる?」
「なになに?」
「あるところに、報われない恋をした男の人がいたの」
「報われない? 身分違いとか?」
「そう。二人は愛し合ってて、月に一度の新月の晩に会う約束をしてたの。……毎月ね。それで、あるとき男の人の家族がそれに気づいてしまう」
「て、ことは猛反対された?」
「じゃあ駆け落ち!?」

二つ隣の大きなテーブルで、高校生と思しき制服を着た女の子が三人で会話をしている。
どうやら恋の話らしい。

「だと思うでしょ? もちろん猛反対されて、二人でどこか遠くに逃げてしまおうかと考えていた。でも、男の人の家族は意地でも二人を別れさせたかったのね……女の人を閉じ込めちゃったの。廃屋に」
「廃屋……」
「……そ、それで?」
「女の人は廃屋の中、男の人の家族を呪ったの。皆殺しにしてやる……って」
「こわー」
「いやいや、その男が助けにいくでしょ?」
「もちろん。でもそこには鍵が掛けられてて、家族は巧妙に隠していた。男の人は屋敷中を探して回ったけれど、ついに鍵を見つけることはできなかった」
「じゃっ……じゃあ、」
「そう。今でもその男の人は、廃墟を彷徨っているの。――――自分が死んでしまったことにも気づかずに」
「キャー!」
「いやぁーっ!」

いや、どうやら怪談噺だったようだ。

「……で、この話を聞いた人は夢の中で蛇に捕まって、その女の人の代わりに座敷牢に閉じ込められちゃうんだって!」
「怖すぎじゃん! でもなんで蛇?」
「絶対逃げらんないってこと?」
「そう! その夢を見ちゃったらもうおしまいなんだって……運よく目が覚めても、何度でもその蛇は追ってきて、絶対に逃げられない……」
「うわぁーっ! こわ!」
「じゃあウチらアウトじゃん! もーなんでこんな話したの!?」
「アハハ! どう? 怖かった?」

呪いが見える私にとっては、どちらかというと彼女たちの2メートル後ろに浮いている蠅頭のほうがよっぽど怖いと思うのだが。
顔を近づけてひそひそと話をしているつもりのようだけれど、ヒートアップしていてかなりの声量になっている。そのおかげで、私にも話の内容が聞こえてしまったのだ。

「……ふふ」
「高菜?」
「ううん、なんでもない」

この話を聞いた人は呪われてしまうとか。あれそれをしたら幽霊がくるとか。絶対に逃げられないとか。古今東西、怪談話には付き物のお決まりのフレーズだ。
そんなことを信じている女の子たちの様子が微笑ましくて、つい声がこぼれてしまった私を棘くんが怪訝そうな表情で見た。
私が女の子たちの話を盗み聞きしている間に、落書きを完成させたらしい。彼の手元には、どうやら乙骨くんらしき髪型のナニかが描かれている。

「それ、乙骨くん?」
「しゃけしゃけ」

当たり、と棘くんが目元に笑顔を浮かべた。ネックウォーマー越しでもわかるくらい、得意げな顔をしている。
それに笑顔を返して、私は頬をペタリとテーブルの上に乗せた。頭を使いすぎて疲れてしまったのか、右頬に伝わる机の冷たさが気持ちいい。

「……?」
「ちょっと休憩……」

私がダウンしたのを見て取った棘くんが、お手洗いにでも行くのか席を立った音が聞こえた。
ふたつ隣の島では、まだ女の子たちが怪談話をしている。どうやら今度は、捨てても捨てても毎晩アパートに戻ってくるぬいぐるみの話をしているらしい。
その楽しそうな声を聞きながら、いつしか私は眠りの世界に落ちていった。








「あれ?」

目を開けると、先程まで居た図書館とは別の場所だった。どうやら畳の上に座ったまま、机に突っ伏して眠り込んでいたらしい。
棘くんはどこだろう、と周りを見回すと、その部屋の光景が目に入ってきた。

電灯も点けられていない、薄暗い空間。障子越しに薄明かりが照らしているのは、外に月でも出ているからだろうか。
衝立には乱雑に着物が掛けられていて、壁も床も天井も全体的に薄汚れて陰鬱な雰囲気だ。
私が体を預けていたのは文机のようで、万年筆がひとつと便箋のようなものが畳の上まで散らばっていた。

夢でも見ているのだろうか。とにかく鍵を探さなくてはと思い私が身を起こすと、肩からするりと何かが滑り落ちた。
拾い上げて見てみると、どうやらそれは男性用の着物らしい。薄明かりの中ではよく見えなかったが、グレーの縮緬でできていて、丈が短いことから羽織りであるということまでが見て取れた。

「鍵……どこ……?」

あの鍵がないと、困ってしまう。
だって大切な鍵なんだから。失くしてしまったら、もう会えなくなってしまう。
何も書かれていない便箋を持ち上げてみても、机の下を覗いてみても、見当たらない。
私に掛けられていた羽織を裏返したり、衝立の向こうや本棚の隙間、部屋の隅々まで見て回ったがやはり鍵は無かった。

「どうしよう……大切な鍵なのに」

部屋の外を見てみよう。そう思い立った私は羽織を手にしたまま障子に手をかけ廊下へ出る。

「わっ」
「す、すみません!」

どん、と誰かにぶつかった。頭上から聞こえた男性の声に、私は咄嗟に謝っ――――


「ツナマヨ、いくら」
「ん……? 棘、くん?」

私は眠り込んでいたらしい。肩を揺さぶられて目を覚ますと、日が傾いていた。

「うわっごめんだいぶ寝ちゃった…」
「明太子」
「……棘くん、鍵……知らない?」
「…………おかか?」
「そっか……なんかね、鍵探す夢見てた……かも」
「……」

女の子たちはもういなくなっていて、どうやら二階には私達二人しか残っていないようだ。
かき消えていく夢の残滓を思い出しながら、ぼんやりと窓の外を眺めている私を見て溜息を吐いた棘くんは、寝過ぎだぞ、というようなことを言いながら私の頭をこつんと小突いた。











「すみません! お怪我は……あれ?」

咄嗟に謝った私が顔を上げると、誰もいなかった。確かに誰かとぶつかったはずなのだが、影も形も見当たらない。

この一瞬で消え去るなんて。気のせいだったんだろうか? でも、確かにぶつかった感触と私より背の高い場所から声が聞こえたはずなのに。

「さ、探さなきゃ」

居ないものは仕方がない。とりあえず私は鍵を探さなくてはいけないのだ。

障子を開けた先は中庭につながっていて、縁側がずーっと遠くまで続いている。
とても広い日本家屋のようだ。中庭には藤の木が植えられており、季節外れの花びらがひらひらと舞っては落ちてゆく。
昔は綺麗に手入れされていたであろうお庭は、水が枯れている鹿威しと苔むした飛石、藤の花びらが積もった石灯籠が寂し気に佇んでいる。
建物で四角く切り取られた夜空には、まあるい満月が浮かんでいた。月の光はこんなにも明るいのだ。灯りが無くても、これなら困らないだろう。
ひとまず手近な部屋から見て回ろうと思った私は、今出てきた文机の部屋の真隣にある障子に手をかけ――――








「おい、起きろって」
「ゆきー学長がマジギレだぞー」
「鍵……あぇ?」

――呪骸学の授業中だった。気付けば寝ていた私を物凄い顔で睨んでいる学長先生と目が合う。

「すみません! 寝てました!!!」
「言われなくてもわかる」
「気をつけます……」
「……すじこ」

一体どうしたんだ、という棘くんの視線を横から感じる。

なんだか最近やけに眠い。
授業中に眠くなったことなんて一度もなかったのに、棘くんと充電兼図書館勉強会をし始めてから二週間。居眠りをすることが増えてしまった。
図書館で棘くんと向かい合って自習をしているときもウトウトしてしまうし、お風呂に入っていても夕食を食べているときも、とにかく眠気がきたら耐えられないのだ。
一度起きてしまえば二度寝するようなことは無いものの、座って何かをしている時にふと背後から這い寄ってくる眠気に、私は悩まされ続けている。

学長先生のお小言の嵐から解放された私が食堂に現れると、クラスメイトのみんなが呆れたような同情するような視線で出迎えてくれる。

「学長に呼び出されんの何度目だよ」
「今週もう二回目……」
「おこじゃん」
「ツナ」
「夜ちゃんと寝れてないの?」
「ううん……夜は普通に寝てるし、途中で起きたりもないよ」
「そっか。佐倉さんの充電の影響とかもあったりする? のかな?」
「どうだろう……なんかね、いっつも同じ夢見るんだ」
「前に言ってた、鍵探しってやつか?」

そう。私は居眠りをするたびに、鍵を探す夢を見ていた。
……と、いっても覚えているのはそれだけで、起きると夢の内容は片っ端から掃除機にでも吸い取られていくかのように消え去って、頭の中に残るのは「鍵を探さなければ」という思いだけ。

「うん。詳しいことは覚えてないんだけどね……夢の中で鍵が見つかれば、この眠気も無くなるのかなぁ」
「授業で、相手に夢を見せて憔悴しきったところを襲う、っていう呪いの話あったよね?」
「憂太よく覚えてたな。それ悟が雑談かなんかで話してたやつだろ」
「なんかたまたま……」
「ゆきのは呪いの気配とか特にしないしなあ」
「しゃけ」
「ただ怠けてるだけなのかも……別に先生を困らせてやろうとかは思ってないのになぁ」

学長先生の鉄拳制裁でまだジンジンと痛み続ける頭頂部を摩った私は、困り果てて苦笑いしかできずにいた。












「ない……どこにいっちゃったんだろう」

私は独り、屋敷の中を彷徨っていた。
この日本家屋は本当に広くて、隠れ鬼をしたら永遠に見つけられないんじゃないかと思うくらいに部屋数が多い。
客間らしき部屋、仏壇がそのままになっている部屋、お面がたくさん飾られている部屋、着物が壁に掛けられている部屋、何も盛られていない食器が食事の時みたいに並べられている部屋。
ひとつひとつ部屋を回って、隅から隅まで探していく。

私は布団がたくさん積まれた部屋の中、薄っぺたいお煎餅のような掛け布団を一枚ずつ捲っては別の山を築き、あの鍵を探す。
すべての山を築き終えても、そこに鍵は無かった。
やはり無い。

「ない……ない……あれがないと錠が……」

私はそう呟きながら、隣の部屋に続く襖に手をかけた。










「ゆきちゃーん。学長にバフかけまくって激おこぷんぷん丸にさせたんだって〜?」
「……」
「ついにバカまで心配し始めたぞ。昼飯食べに行くから起きろ」
「佐倉さん、起きて起きて」
「う……鍵は……?」

今は週の後半、午前の授業が終わって昼休みに突入した時間らしい。
真希ちゃんが寝ぼけ眼の私の肩を揺すって、呆れた声で「まだ見つけてねーのか」と言う。

「んー。夢の中の私は、きっと一生懸命探してるはずなんだけど」
「高菜」
「眠くなくなる鍵なら持ってきたよ」
「えっ?」

先生のその言葉に、私は救いを求めるように顔を上げた。
もしかして、呪術師最強の五条先生なら夢に干渉することすらできるのだろうか?
さすが私たちの先生だ、いつもはちゃらんぽらんだけどいざという時は頼りに――――

「ハイ、午後は棘くんとゆきちゃんは遠足です!」

私の期待を裏切り、元気よく最強の先生が言った。
遠足、という聞きなれないその言葉を咀嚼する。

「どこに?」
「ツナマヨ?」
「君たちがいっつもデートしてる図書館の近くの女子高だよ」
「デートじゃないです勉強兼充電です」
「……」
「その充電のせいで四六時中眠いんじゃないの? ってことなんだってばよ。今回の実習は、サ」

曰く、誰しもお腹がいっぱいになったら眠くなる。それと同じように、私もたらふく呪力を溜め込んだから眠いのではないか、という仮説に基づく実習だという。

「あとは燃える術式カッコ仮とかも見てみたいしね」
「半端な名前付けてんじゃねーよダセェな」
「しゃけしゃけ」

確かに、呪霊と戦えばその術式らしきモノも再現できるのかもしれない。
あとは呪術師への充電……全てが不確かな情報だが、試す価値はある。






そして私達は、いつもの駅から少し離れた場所にある学校の前に降り立った。
今回は勉強道具は無い。いつもとは違って車での移動、本来なら棘くんひとりで祓える階級の呪霊だけれども、ペアを組む私の術式モドキを見たいからという理由で五条先生が同行している。

「もう一度説明して伊地知」
「はぁ……資料をお渡ししたはずなんですが」
「車の中じゃ酔っちゃうじゃん」
「……はい」

校門の横には女子高等学校の文字が見える。どうやら私立の女子高のようだ。ちゃんと人払いがされていて、普段なら学生でいっぱいのはずの校舎の窓は暗く静まり返っていた。
伊地知さんの資料と説明によると、この校内で二人の女生徒が前触れもなく昏倒し、その場に居た窓が一瞬だけ呪霊の姿を視認したという。
授業中に意識を失った二人の女生徒たちは既に病院へと運ばれ、意識を取り戻してはいないものの今のところ命に別状は無いそうだ。
校内に逃げ隠れたと思しき呪霊は一体のみ。複数人の中から二人の人間だけを狙って呪いを放ったことから、おそらく二級相当の呪霊とみられる。

「学校にはその呪霊以外にも元々いろいろなモノが居ますから、どうぞ気を付けて。帳を下ろします」

闇より出でて、闇より黒く――――

伊地知さんがそう言うと、空から大量の墨を垂らすように女子高全体が翳っていく。
補助監督の伊地知さんは外に残るけれど、五条先生は私たちと一緒に帳の中へ入ってきてニコニコと微笑んでいる。

「まぁ僕はただの付き添いだから。手は出さないし、二人で頑張ってきて」
「しゃけ」
「わかりました……」
「そだ、もしゆきが

燃えた

ら教えてね〜」

そんなに簡単に再現できるのなら、自習中にその術式モドキが使えてもおかしくないはずだが。
ここ数週間で、呪力を拳に集めて殴るという手段のみを会得した私は、パンダくんのおさがりであるナックルを手に嵌め、気合を入れた。


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