朝目が覚めると、なんだか体中が重かった。
主に腕が痛い。
昨日は何をしていたんだっけ。



寝巻から学ランに着替えながら、私は昨日の記憶を探る。
久しぶりの外出で、天気も良く絶好の買い物日和。
午前中に寮を出て、電車に乗った。五条先生へ今から出掛ける旨を連絡して、「了解!」と親指を立てるゴマフアザラシが送られてきたのを確認した。
狗巻くんと合流する前に用を済ませてしまいたくて、この間、真希ちゃんとお出かけしたときには買えなかった皆へのお礼やら歓迎やらの贈り物を買った。

それを入れたバッグは……どこだ。


部屋の中を見回すと、私のバッグが机の上にぽつんと置かれていた。
いつもは棚の上に戻すのに、と定位置とは違う場所で静かに座っているそれを、不思議に思いながら手にとる。

小さな贈り物たちはちゃんと行儀よく並んで入っている。なぜか携帯電話も一緒に。
充電器に刺して寝なかったのかなと思いながら画面を点けて――――

「え」

狗巻くんからの着信が来ていた。しかも昨日の昼間。メッセージまできている。
慌ててそれに目を通すと、私が送ったらしき誤字だらけの文章と、狗巻くんからは電車に遅れたこと、すぐ行くという短い内容だった。
すべて、時間は昨日の昼間になっている。

「わーーーー……私全然気づかなかったんだ……? 悪いことしちゃったなぁ」

とにかく教室で会ったら謝らなきゃ、と反省しつつ、私は四人分の贈り物をバッグから出して袋に詰め、部屋を出る。

――――今日もいい天気だ。










「おはよ。みんな早いね」
「おー」
「棘、可愛いコアラちゃんが来たぞ」
「すじこ」
「照れんなよ
「あ、あはは……おはよう、佐倉……さん」
「憂太昨日は名前で呼び合った仲だろ? なに緊張しちゃってんだよ」
「ちがうよ!」

教室の引き戸を開け皆へ声をかけると、朝から元気な四人に出迎えられた。
今日はいつもよりテンションが高いようだ。既に席について携帯電話を触っている真希ちゃんとは反対に、なぜか男子三人は教室の後ろで立ったまま話をしている。
私はなんだかわからない話で盛り上がっている三人へ曖昧な笑顔を向けながら、それなら先にと真希ちゃんへ声をかけた。

「あのね、これ真希ちゃんに」
「ん? なんだこれ」
「この間一緒に新宿行ってくれたから、お礼……」
「や、別にいいのに。でもありがとな、もらっとく」

私が選んだのはシンプルな髪留め。真希ちゃんに似合いそうなひまわり色で、これからの季節に合いそうなもの。
包装紙を解いた真希ちゃんが、なんともない様子で私に言った。

「今日はマキゴロウ先生でも充分か?」
「え?」

私が聞き返しても真希ちゃんはそれ以上何も言わず、贈り物の髪留めを見て嬉しそうに笑った。そのまま中身を取り出して、今つけているものを解いて付け替え始める。

私はその姿にちょっと照れつつ、まだ楽しそうにつつき合っている男の子たち三人へ向き直った。

「みんなにはこれ。好きじゃなかったらごめん……」
「え、なんだろう? ありがとう佐倉さん」
「良い匂いするな」
「明太子!」
「手懐けたコアラからのプレゼントだってよ」
「おーかーかー!」

困ったように笑う乙骨くんと、わちゃわちゃとコアラの話で盛り上がっている狗巻くんとパンダくん。
三人へは……男子の喜びそうなものがよくわからなかったから、洋風千歳飴の詰め合わせだ。
瓶に入ったそれはカラフルでとても可愛くて、ひとつひとつは親指の爪ほどもないサイズだけれど、中央は花柄やクマ、外側はブルーやピンクにイエローのポップなもの。

「うまそ」
「しゃけ」
「じゃあ先に一個だけ食べちゃおうかな」

三人がそれぞれ瓶を開けてパクリと飴を口に入れたところで、私は狗巻くんに向かって頭を下げる。

「狗巻くん、昨日はごめん」
「おっ……おか、か」
「連絡無視しちゃって……」
「ん?」
「え?」
「は?」
「……ツナ?」

何の話? と首を傾げる真希ちゃんを含めた三人と、ピンときてなさそうにポケットから携帯電話を取り出す狗巻くん。

「なんだか昨日のことがぼんやりしてて……電話もくれたのに、」
「昨日の抱きつき魔案件ではなく?」
「え?」
「…………」

私とのやり取りを見返しているのか、狗巻くんが無言で自分の端末画面を見つめている。

「なんだ、覚えてないのか?」
「な、なにを?」

三人の生温い視線が、私と狗巻くんに集中する。

「なになになになにこわいこわい」
「へーふーんなるほどなー」
「お、覚えてないんだね……」
「私が寝てる間になにかあったの?」
「いいじゃねぇか。……教えてやろうぜ?」

ニヤニヤと悪い笑みを浮かべたパンダくんと真希ちゃんが私の肩に手を置く。
目の前の狗巻くんは携帯電話を手に持ったまま、何かに耐えるように目を閉じている。
すっ、と真希ちゃんの携帯電話が私の前に差し出される。画面が点いたそれを、彼女はこれ以上ないくらい楽しそうに面白そうに、私へと手渡した。


「これ、昨日のお前の写真」
「え、なになにこわい……………………えっ」



そこにあったのは、真希ちゃんに抱っこされている私の写真だった。


「ベストショットはこれだな」

それだけだったら、良かったのに。

真希ちゃんがスイスイと指先を動かすたび、信じられないような写真が何枚も何枚も……何枚も何枚も何枚も、目の前に現れる。
そして"ベストショット"とやらを見つけたのか、真希ちゃんの指が止まる。


――――写真。

寮の共有スペースのソファの上だろうか。正面から狗巻くんに抱きついたまま、幸せそうな顔でうっとりと狗巻くんを至近距離で見つめている私。
抱きつかれている方の狗巻くんは私の頭に手を乗せ、頬を少し赤らめて目線が泳いでいる。



「合成……」
「なわけないだろ」
「いやぁー面白かったぞ」
「……」
「い、狗巻君落ち着いて……」

信じられない思いで目の前の光景を否定しようとする私を、真希ちゃんの言葉が引き戻す。
狗巻くんは特大のため息を吐きながらその場にしゃがみ込むと、自分の短い髪の毛をぐしゃぐしゃと両手でかき混ぜはじめた。
その横で乙骨くんが困ったように両手をうろうろと彷徨わせている。

「これが……こあら」
「棘からぜんっぜん離れねーの。こんなのもある」

そう言って真希ちゃんが見せてくれたのは、目尻に涙を浮かべながら、走り去る狗巻くんの後ろ姿へ手を伸ばしている私の写真。

「風呂行くって言ってんのについていきたいだの、棘がトイレに立つだけでびーびー騒ぐし」
「名前で呼んでよ撫でてよ褒めてよってマキゴロウ先生には見向きもしなかったんだぞ」
「う、うそだ……」
「嘘じゃねーよ? その証拠にほら、後ろに伊地知さんと七海さんと、ピースしてるバカ目隠しが写ってるだろ」
「……」
「まぁその二人は面白がって見に来た悟が引きずってきただけだけどな」

絶句する私はもう何を言ったら良いのかわからなかった。
ただとにかく、迷惑をバケツ一杯、それも何十杯何百杯とかけまくった狗巻くんに謝らなきゃということしか考えられない。
言わなければいけない言葉も浮かばぬまま、しゃがみ込んだままの狗巻くんへ向かって私は慌てて口を開く。

「い、いぬ、ぬ、いぬまっ、ぬまきくん、狗巻くん、あの」
「おかか」
「……え?」
「高菜、おかか」
「ぶ」
「うっ」
「フハッ」
「アッハッハッハ、アハ、ハハハハッ」
「や、やべ、腹痛い死ぬ、っはは」
「ふ、ふたりともそんなに笑ったらだめだよ、佐倉さんも狗巻君も困って、」
「ちげーって憂太! 棘は今、"棘って呼んで"って言ったんだって!」
「おかか!!」
「おんなじようなもんじゃねーか……あーやべ涙出てきた」
「笑い死ぬ……私の写真、印刷してアルバムにでもするか?」
「え……」
「……」

俯いた狗巻くんの表情はよくわからなかったけど、耳の端が真っ赤に染まっているのが見えた。
彼はそのまま、小さい声で「しゃけ」と呟いた。

私はあまりの衝撃に声も出ず、足の力が抜けてへなへなとその場に座り込んだ。制服のズボンが汚れてしまうかもとか、そんなことは頭のどこにも考える余裕はなかった。

ただ、体は自然と、そうするのが当たり前だというように足を揃え手を付き、頭を下げていた。

「…………このたびは、わたくしめのこうどうで、たいへんごめいわくをおかけいたしましたことを、ひらにおわびもうしあげます……」


何てことをしてくれたんだ、昨日の私。

土下座する私の背を、真希ちゃんとパンダくん、そしていつの間にか教室へ入ってきていた五条先生の爆笑が叩いた。



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