「棘さ、昨日の件の報告。言ってないことあるでしょ?」
「……高菜」
「別に責めてるわけじゃない。ただ伊地知が変なこと言ってたからさ」

学長室。目の前に座る夜蛾学長と、左斜め前に立つ五条の視線が突き刺さる。
きっと伊地知をまた脅して吐かせたんだろうな、と思いながら、狗巻はその言葉を否定した。

「おかか」
「いや、隠してるね。ゆきのことだろ?」

そこまで検討がついてるのなら、わざわざ何を確認したいんだ?
じ、と五条の考えを読み取ろうと見つめてみるが、そのかんばせはいつものように飄々として笑みを浮かべたままだ。

「気絶じゃない、揺らしても起きない。それなのに、食べ物を何も摂取してないにも関わらず、ゆきは起きた。そりゃ放っておきゃ動くかもしれないけど、それにしては妙だ」
「……」
「前に"お腹減ったよぉ"ってパフォーマンス下がったときでも、不調に苦しむまで三日はかかってる。帳に入る前まではいつもと特に変わらなかったらしいじゃない」
「……高菜」
「そんなわけないでしょ。外見上の損傷もないんじゃ

ただ停止しただけだ

って流石に伊地知でもわかるよ」
「……」
「……はぁ」

裏声を使ったって似てないからな。
追い詰めるように話し続ける五条を遮って、夜蛾学長が溜息を吐く。

「術師の呪力切れ。これが何を意味するのか、お前もわからないわけではないだろう」
「……しゃけ」
「交戦中に呪力が切れれば、狗巻といえど強制力は落ち、最悪の場合は言霊の効力を発せないこともある」
「……」
「伊地知が悟に吐かさ……教えてくれたらしい。

呪力が底を尽きかけているのに狗巻二級術師は呪言が使えた

と」

ほとんど把握してるじゃないか。
腹を括った狗巻はうんざりした気持ちでその言葉に一つ頷き、事の経緯を話し始めた。







「棘が呪力を使った分、ゆきが補填してるんじゃないかって?」
「しゃけ」


自分の推理はこうだ。

自分が呪力を切らしかけても呪言を使えた理由。
それに相反するように動かなくなっていった佐倉の身体。
……佐倉の内にある分の呪力を狗巻が使った。
スイッチが入ったのはどこだかわからないが、使った量だけ佐倉の呪力は減り、意識レベルが下がって停止した。
跋除後、狗巻が呪力を新たに使わなくなった分、補填として借り受けていた呪力を佐倉が回収した。


――――呪力の貯蔵庫という呪骸。


それが狗巻の出した推測だった。



「興味深いね」
「実際、技術としては実現可能な範囲だ」
「明太子」
「機能搭載しすぎじゃないですか? メモリどんだけ積んでんだよって感じ。オーバースペックだろ」
「……実際に、アラタから質問されたことがある」
「へぇ。どんな話ですか?」



「呪力に重さはあるのか。21グラムなら、どれだけの呪力を詰められるのか」




「……そこまで細かく指定するなんてね」

心底気持ち悪いなぁ、と五条が笑う。


――――21グラム。科学では証明されていないもの。


その意味を理解した狗巻は思わず呻いた。

「ツナ……」
「ホント。再現の仕方がイッちゃってるねぇ」
「ガスにも空気にも重さがあるのだから、呪力にもあるはずだ、というのがアラタの持論だった」
「それで、学長はなんと答えたんです?」
「知らんと言ってやった」
「本当にそれを証明できたかどうか、わかる変態はもう居ないワケですね」


寮の食事を食べて、嬉しそうに笑う顔。
パンダのジャーキーを分けてもらって、その硬さに驚いた顔。
真希のおやつをつまみ食いして目を輝かせたあの顔。


「呪力を吸い取って放出する呪骸を作るのは、そう難しいことではない。実際、呪いの人形なんて言われてるものはその類だからな。呪力量の少ない非術師には、呪力を吸って空気中に放出するだけの機能しかない呪骸でも、心身に影響を与えるほどになる」

保管して

、ってのがね」
「蓄積し、分け与えて、徴収までするとは」
「……でもね、僕と学長の推測は違う」


そこまで言って、五条と夜蛾は狗巻を見る。



「僕だと断られちゃうからさ。棘、デート行ってきてよ」



明日の天気を話す時のように、五条はさらりとそう言った。



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