「なぁナマエ、棘が今日オマエに告白するんだってよ」
「……カミングアウト? なんの?」
「いや普通に。『オツキアイ』してください、って」
「は?」

新学期初日の今日。
桜が綺麗に咲いた、四月一日の真昼間から素っ頓狂なことを言い出した親友を横目で睨み、私は溜息を吐いた。

「まーたそういう……この間五条先生と同じことやったばっかじゃん」


"この間"は、確かつい数週間前だったと思う。自習の鍛錬でペア決めをする時、私がなんの気無しに「ハーイ、ミョウジナマエと組んでくれる人ー」と声をかけたら、どこからか出現した五条先生が一番ノリで「ハイ! 僕、五条悟っていいます! ずっと前からミョウジさんのこと気になってました! よろしくお願いします!」と頭を下げながら片手を突き出したのだ。
あれ、確か自習のはずじゃなかったっけ? 台詞と行動、どこからツッコミを入れようかと私が躊躇っていると、すごいスピードで走ってきた棘が「おかかいくらツナマヨ! 明太子!」と五条先生の横に並び同じポーズを決め、後ろからパンダが合流して「俺も前から好きでした! 付き合ってください!」と声を張り上げ、最後は真希までも「私もずーっとオマエのこと好きだった。絶対後悔させねぇから私を選んどけ」と頭を下げた。

――――まぁ、お見合いイベントの一番最後に用意されがちな光景である。
"いつも通り"の悪ノリを目の前にした私は「じゃあ真希」と素直に親友を選び、選ばれなかったバカ共は残念そうに頭を抱えて地を転げ回った。

……負け犬はこんな風に吠えていた。「なんで僕は駄目なの!? ハイスペック最強イケメン五条悟じゃん!」「おかかぁっ! ツーナーマーヨー!!」「可愛さでは俺がトップなはずなんだが? ……傷ついちゃうぞ。傷ついちゃおっかなー!!」と。
そんな予定調和はもう見慣れたもので、「掃き掃除はいいから、私の代わりに倉庫から手合わせ用の呪具持ってきてくんない?」と声を掛ければ、白髪担任は何事も無かった様子で立ち去り、残された同級生二人はけろっとした顔で倉庫へ歩いて行った。

まぁ、本当に"そういう意味"で私へ「お願いします」と言ったわけじゃないことくらいはわかってたから、勝者の真希と一緒にのんびりと優雅に立ち話をしながら、私はバカ二人の準備を見守っていた。
…………その言葉が本当だったらいいのにな、と思いながら。


「いや、今回はマジらしいぞ」

そんな即興お見合いイベントモドキの記憶を思い起こしていると、真希と私の間ににゅっと顔を覗かせたパンダが、いつも通り牙を剥き出しにしながら笑っていた。

「うわっ聞いてたのパンダ」
「応援してやろうと思ってな」
「……それだいぶ前にも言ってたよね?」


あれはいつのことだったかな。
"応援"という単語を拾い上げた脳は、級友の言葉に促されるまま素直に"だいぶ前"のことを思い出す。……至極残念そうな顔をしながら「"おつかれサマンサ会"の景品用にチアガールの服注文したんだけど、七海じゃ着れないサイズだったんだよねぇ」と言った、当時の担任のことを。
新品中古だしナマエにあげるよ、と上下セパレートのミニスカチアガール衣装とフサフサのポンポンを、セクハラすれすれの顔で私に手渡してきたのは、あろうことか高専教師の五条悟その人だった。
……もう一度言う。五条悟は"教師"だ。

差し出された紅白色の贈り物。無言でそれを切り裂こうと私が呪具を振り上げた途端、何故か横から衣装一式を掠め取っていった輩がいた。そいつの名は狗巻棘という。
ちょっと、と私が制するよりも先に「こんぶ!」と愉快そうに笑った棘は、あっという間に早着替えを披露し、しっかり鍛えた腹筋とぺったぺたな胸を見せつけながら自信満々にポーズを取る。

「いくら、すじこ、明太子!」そんな風におにぎりの具を元気よく口にする度にポーズを変え、ポンポンを持ってウサギさながらにぴょんぴょんと跳ねる棘。その姿をスマホのカメラでパシャパシャ写真に収めながら「棘ちゃん可愛いね! イイよイイよ! 次はこっちに視線ちょうだい!」と、ローアングルで褒めちぎっているのは五条先生。
……何度でも言う。五条悟は紛うことなき教師である。ちなみに、狗巻棘は男だった。

"応援"のシメのつもりか、ポンポンを豪快に投げ捨てて左右それぞれの手で指ハートを作った棘は、たぶん五条先生が衣装と共に用意していたらしきフリップを掲げると、私の方へ「ツナマヨ」とウィンクを飛ばす。

――――好き

バカは期待した顔でこちらへ熱い眼差しをくれていたけれど、私は何も言わずにそのフリップを真っ二つに切り裂き、棘の頭に手刀を振り下ろした。
教室の床に沈むミニスカチアガールこと、高専一年男子・狗巻棘。
…………その時も私は、その言葉が本当だったらいいのになと無表情を貫きながら思っていたのだ。


……そんなこともあったな。

回想は終わったけれど、このまま私の脳を放っておけば、同級生と元担任の悪ノリが走馬灯のように上映されそうだったから、自分を現実に呼び戻すべく何度か強く頭を振る。

「あのね、今までそういうの何回あったと思う?」
「……今回が初じゃねーか?」
「パンダと私の両手に足の指まで足しても、数え切れないくらいはあったっつーの」
「いやいや。今回はマジって言ってたぞ。呪術師界で一番キュートなパンダアイドルの俺が保証する」
「……信憑性がネットの掲示板レベルなんですけど」

噂の主はタイミングよく席を外していることだし、どうせこうやって友人を仕込みに使うのも計画の内なのだろう。


――――もちろん最初の最初は驚いた。
初めて棘が告白紛いのことをしてきて、それを真正面からくらった私は神話に出てくる蛇に睨まれたが如く固まり。じわじわと顔に熱が集まることにも抵抗できず言葉を失ったまま立ち尽くし、自分と一番背の近い同級生を穴が開くほど凝視するくらいにはびっくりした。
だって、まさか少女漫画みたいに「こんなに好きなのにナマエったら全然こっち向いてくれないじゃないの! 酷いわっ! アタシと勉強、どっちが大事なの!?」なんて台詞を棘が言うとは思わなかったから。……実際に私の耳に届いた言葉は「明太子ツナマヨ! おかか! いくらぁっ! おかかおかか高菜ぁ!!」だったけど。

まぁ結論から言うと、初めて棘から贈られた『好き』のフレーズは"ただの悪ノリ"だった。
棘とパンダはこちらが呆れる程にはそういう悪ふざけが好きだけれど、ネタバラシは早い方なのでその点はありがたい。……まぁ、五条悟という『ネタバラシもせずに立ち去っていく質の悪い通り魔』の隣に並べれば、私の同級生二人はそんなものだ。
もちろんその時もネタバラシは早かったし、告白紛いの台詞を披露された二秒後に"悪ノリ"の事実を知った私は、思いっきり棘の頭をぶっ叩いた。
「おかかぁぁ」なんて痛くも無いのにヨヨヨと泣き崩れる真似をしてくれた棘は、私の顔が赤い理由は怒りから来るものだ、と都合よく勘違いしてくれたらしい。

――――つまり、私は棘のことが好きだった。それもずっとずっと前から。

それから幾星霜……じゃなかった、何度そのノリに付き合わされたことか。時にはターゲットを真希に変え、ある時は憂太を巻き添えにして繰り広げられるそれは、「狗巻棘の愛の告白」というイベントを無表情で乗り切るだけのスキルを私に与えてくれた。

……コントの一環として好きと言われても、別に嬉しくは無い。それでも棘を好きなことに変わりはないのだから、おちゃらけた元気そうな横顔を眺めるだけでも楽しいのだ。


「私と真希以外にはやめてよね……ちょっと遅れるけど女の子入ってくるらしいし」
「それは棘に言えよ」
「……言って理解してくれる男だとでも?」
「悟と比べりゃ、棘の方がまだ脳味噌詰まってると思うけどな」
「俺はむしろ"期待されたと思って張り切る"に一票」
「男って、本当にいつまでも頭の中身が五歳児なんだね……」

パンダの言葉にげんなりした気持ちで溜息を吐く。
悪ノリをちゃんとバッサリ切り捨ててくれる後輩が来るといいな。全力で機を逃さない同級生の行動は、むしろ見ている私の方が恥ずかしくなってしまう。

「こんぶー」
「おー、おかえり棘」
「……」

平然とした顔で教室へ戻ってきた棘は、席に座るとダルそうな表情でスマホを触り始める。
この眠そうな顔を見て、誰が「あ。この人、今日告白するんだな」なんて思うだろうか。緊張感の欠片も無いし、たぶん何も意識してないに違いない。

その姿を横目に私が机の中へ手を突っ込むと、何かが指に触れた。
覚えのない感触に首を傾げながらそれを引っ張り出す。


――――私の机の中に入っていたのはおにぎりだった。
……違う違う。おにぎり柄の三角形の封筒だった。


どうやら中身の便箋もおにぎり型をしているらしい。
開いてみると中の文字はピンクのインクで書かれていて、「ナマエちゃんへずっとずーっと前から好きでした」という一文で始まっていた。字は棘のものだけどハートが多いし、棘が私のことを"ナマエちゃん"と呼ぶことは無いから、どう考えても作文したのは五条先生だな。
頭の悪そうな単語とハートマークで彩られたラブレターの最後は「放課後はとっておきのサプライズがあるから、帰らずに待っててね棘くんより」で締めくくられていた。

――――サプライズ。要は、放課後が"その時"ということなのだろう。

目を通し終わった私がちらりと主犯へ視線をやると、どうやらこちらの様子をずっと眺めていたらしい眠たげな瞳と目が合う。

「おっおかかおかか!」

恥ずかしそうに両手で顔を隠し、犯人はスカスカな指の格子から私を見ている。

「サプライズって?」
「おかか!」

そんなものないよ、と言った棘の顔は妙に赤く、嘘をついているというよりも熱があるように見えた。

「……棘、熱あるんじゃない?」
「…………すじこ」
「硝子さんとこ行ってきなよ」
「……おかか」

ふいっと目を逸らしてそんなことを言ってるけど、教室を出てく前も含めさっきからやたらとソワソワしてるし、なんか怪しいんだよな。
仕方ないので私は高く手を挙げ、「ハイ」と声を出して三人の注目を集めた。

「じゃあ私が代わりに医務室行く」
「こ、こんぶ?」

驚いた様子の棘が、赤い顔のまま瞠目している。
と、私の意図を汲んだのか、パンダも低い声で「じゃあ俺が」と手を挙げた。
真希は流石私の親友とでも言うべきか、「いやいや私が行く」とそれに続いてくれて、最後はつられたように棘も口を開く。

「しゃけ明太子!」
「どうぞどうぞ」

挙げていた手を三人して棘に向けて下ろし、私たちがニヤッと笑ったところで棘はハッと現実に戻ってきたらしい。流石、棘にはノリの良さが染み付いている。
そんなの反則だ! とかなんとか騒いでいるけれど、そこは私が黙らせた。

「一緒に行ってあげるから。ホラ、熱あるんでしょ」
「おかか……すじこ」
「嘘つかないの」

真希とパンダに小さく手を振り、二人して教室を出た。しょんぼりとした顔で私の隣を歩く棘は、玩具を取り上げられた子供みたい。

「……そんなにしたいの?」
「?」
「"サプライズ"。とっておきなんでしょ?」
「……」

ぽわぽわと赤い顔のまま、棘は私の目を見て「しゃけ」と答え、また目を逸らした。

「じゃあ体調悪くないときにサプライズしてくれたらいいじゃん」
「……」
「別に今日じゃなくてもいいでしょ」
「……明太子?」
「え? さっきお昼食べたばっかじゃん。もう十二時四十五分だよ」

急に時刻を尋ねてくる棘に奇妙なものを感じながら、それでも私は素直にスマホの液晶で時計を確認し、廊下の角を曲がる。

「ツナ、」
「っわ」

待って、と急に腕を引かれ、私はつんのめるようにして動きを止めた。「どうしたの?」と振り向けば、さっきよりも少し目元の赤みが強くなったような同級生が私を見つめている。

「具合悪い?」
「い、いくら」
「え?」
「いくらっ」
「いや今しなくてもいいでしょ、治ってからで」
「おかか!」

今じゃなくちゃダメなんだとばかりに真剣な眼差しが訴えている。
"放課後に"と時間を指定する程のサプライズなのに、それは果たして今ここで披露できるほど小さい仕込みなんだろうか。
クラッカーも何も手に持ってないしな、と級友の両手をしげしげと眺めた私を気にする様子もなく、棘はこう言った。

「ツ、ツナマヨ
「………………」

……私、知ってるんだからね。今日がエイプリルフールだってこと。悪ノリの帝王狗巻棘と最悪な災厄の五条悟とモノクロ人情劇主演のパンダだけが知ってるイベントだと勘違いしてるんじゃない?
熱のせいで思考回路もバカになりかけているのか、顔の赤さと真剣そうな目付きのアンバランスさが私の呆れを誘う。

「……ほら、早く行くよ」
「おかかっ、……ツナマヨ
「ハイハイ」
「ツーナーマーヨー!」
「私も私も。」

それから硝子さんのところに放り込むまでの間、壊れたレコードみたいに「好き」を延々と繰り返した棘は、やっぱり熱が出ていたらしい。
まぁ熱といっても七度に足を突っ込んだ程度の微熱だったけれど、それでも体調が悪いことには変わりない。

「ツナマヨ!」
「ハイハイわかったから、教室行って棘の荷物持ってくるだけだってば」
「ツ、ツナマヨ……」
「あんまり熱上がるんだったら解熱剤出すって硝子さん言ってたし、帰ったら部屋で静かに寝てなよ」
「……しゃけ」





告白新喜劇





「……なぁ、絶対ナマエはエイプリルフールのこと"嘘ついていい日"って程度しか認識してねぇと思うんだけど」
「俺も同感。午前しか嘘ついちゃいけないとか、そもそも日本のルールじゃないしな」
「どーせ今頃説明もせずに告白……あ、おかえり」
「ただいま。棘、熱あるから早退するって」
「ふーん」
「……なに?」
「いや、オマエ棘になんか言われたか?」
「あー"サプライズ"のこと?」



「ただのエイプリルフールだったよ」




+++++
エイプリルフールは他愛ない嘘を笑って過ごす日だそうですね。
ネタバラシは当日のうちにやらなきゃいけないんだとか。
私はじゅじゅtenで獄門疆買えなかったので悲しみの一日でした……嘘だと言ってよ、夏油店長!祓ったれ本舗解散してネットショップ開店してんじゃねーぞ夏油店長!

2021.04.01




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