朝焼けと罪の夢主の設定です。
高専一年の頃の話。





未来の話をして君が笑う





寮の外から、二人の男の子の楽しそうな笑い声が聞こえる。その正体はもちろん私の同級生である悟くんと傑くんだ。

今日は節分。二月で最初の金曜日。私達が通う都立呪術高等専門学校は、山間に位置しているからか近頃最高気温が二桁未満の日々が続いていて、もちろん今日も晴れ渡った冬の空が冷えた空気を見下ろしていた。
そんな寒空の下。授業が終わってから急に姿を消した悟くんは、少し経ってからふた抱えほどもある袋と共に戻ってきた。どうやら大量購入したものを前もって寮の部屋にでも入れて隠しておいたらしい。普段の悟くんはどこからどう見ても適当でちゃらんぽらんなくせに、こういうことだけは準備がいいんだよね。
対する傑くんはいつも大人びて見えるけれど、悟くんが絡むと子供みたいにはしゃいでいるのだから、やっぱり二人は似た者同士なんだろうな。

そんなことを考えながら、私はカーテン越しに外界の雰囲気を楽しんでいた。私と一緒にこの部屋で“準備”をしている硝子ちゃんはというと、悟くんと傑くんのふざけあう声をBGMにして、シュウッという音と共に机の上の紙皿にスプレー缶のホイップクリームでこんもりとした白い山を作り出していた。
空になった缶をポイッとゴミ袋に放り込んだ彼女へ「お疲れ様」と声をかけ、クラッカーを手渡す。カラフルな円錐形のそれは、昨日の買い出しで硝子ちゃんが探してきてくれたもの。もちろん彼女だけでなく悟くんと私の分もあるし、なんなら本日の主役である傑くんが使って、更に夜蛾先生と先生作の呪骸達を呼んでも足りるくらいは余分があった。

カーテンレールや壁にくっつけたお手製のガーランドと、ホイップがたくさん乗った紙皿がひとつ。もちろん机の影にはちゃんとしたホールケーキも控えているし、プレゼントも用意した。

これは誰がどう見てもまごうこと無きお誕生日会だ。

早生まれの傑くんは、今日でやっと十六歳になる。

飾り立てられた傑くんの部屋を見回しながら、主役の驚く顔を想像してニコニコしていると、ふすふすと鼻を鳴らす音が聞こえた。音の発生源をちらりと見やると、狸の形をした私の式神が机の上に垂れ落ちたホイップクリームの香りを嗅いでいる。私の可愛い式神は味のないそれを興味深そうに眺めていたかと思うと、おもむろにスイっと視線を動かして、私の携帯電話に目をやった。
すぐ直後に着メロが流れ始めた愛機を手に取り確かめる。二つ折りの画面の上には『一通の新着メールがあります』の文字とアイコンが並んでいた。
カコカコとボタンを押して無題のそれを開くと、差出人である悟くんからの素っ気ない「交代」の二文字が目に入る。
これも予定のとおり。ここからは悟くんが最後の仕上げをするのだ。

「悟くんが呼んでるから、私ちょっと交代してくるね」
「んー。ちゃんと時間稼ぎよろしくぅ」
「はいはい」

やる気のなさそうな硝子ちゃんの声に背中を押され、式神と共に廊下を通り、談話室を抜けて寮の外へ。
どうやら男の子たちは、本来の行事の趣旨をすっかり忘れ去っているらしい。二人ともそれぞれ豆入りの袋を小脇に抱え、大きな手でベージュ色の小さな粒を鷲掴んでは相手へと投げつけている。
どうやらこの豆投げ合戦では、互いに術式を使ってもいいというルールらしい。悟くんが投げた豆は傑くんに当たる前にほとんどが呪霊の口に吸い込まれていき、傑くんが投げた豆は悟くんの無下限の影響でマトリックスのような光景を生み出している。まるで、妖怪大戦争とサイエンスフィクションの世界が入り混じった超能力バトルのようだ。
二人の掛け合いは本当に楽しそうで、まるで小学生がそのまま大きくなったみたいに無邪気な笑顔ではしゃいでいる。きっと、足元で私を見上げている式神も似たようなことを思っていることだろう。
なんだか微笑ましい気持ちで内心苦笑しつつ、選手交代すべく悟くんへと声をかけた。

「悟くん、夜蛾先生が呼んでるよ」
――きみはいま、うそをついたよ
「あー? 何の用だよ」
「知らないけど、また提出忘れじゃない?」
――きみはいま、うそをついたよ
「めんどくせ。まだ決着ついてねーし、後でいいだろ」
「駄目だよ悟。あとで“指導”されたくないだろう? 片付けは貸しイチだからね」

笑顔でそう言い放った傑くんへ、悟くんは心底嫌そうな顔をーー演技だけれどーーしてみせた。この半年強で理解はしていたけれど、やっぱり悟くんはかなりの演技派である。
まあ、私達の中で一番俳優の才能があるのは傑くんなわけだが。

しゃあねーなとぼやきながら歩き去っていく背中を見送って、傑くんは地面にしゃがみこんで豆を拾い始めた。
私もそれを一緒に手伝いながら、たまに呪霊の口へと豆を投げ込んでいく傑くんの大きな手を眺める。
私より頭一つ分以上高い背丈。嬉しいときに細められる切れ長の瞳。清潔感のある黒髪。任務で助けてくれたり、皆との買い出しでは荷物を持ってくれたり。きっと世の中の女の子はみんながみんな、傑くんのことを好きになるだろう。
それは私も同じで、でも少し違う。外見や性格以上に彼に惹かれる理由。

傑くんと居ると、私の式神が静かなこと。

嘘を見抜く私の式神。狸の形をした愛らしい私の相棒は、皆の本音を引きずり出す。尋問に長けたこの術式はとても便利で、残酷だ。小学校でも中学校でも、生徒も先生も互いに嘘ばかり吐いていて、学校はまるで戦場のよう。高専に来るまでは、私には正常な人間関係が築けるとはこれっぽっちも思いもしなかった。

でも、私の同級生は違う。硝子ちゃんも傑くんも悟くんも、保身のためのくだらない嘘なんて吐かない。もちろん他愛のない冗談はあるけれど。特に傑くんと話していると嘘が少なくて、ほんの少しだけ息がしやすいから。
だから私は、傑くんのことを好きになった。
“時間稼ぎ”のためだけじゃなく、ただ隣で他愛のない冗談を言い合うこの時間を大事にしたいから、まだこの好意を伝えるつもりはないけれど。

「まだまだ寒いね」
「本当に。明日にはもう暦の上では春だなんて、信じられないよ」
「ね。もうすぐちゃんと春になって、そしたら後輩が入ってくるんだよ。どんな子だろ」
「ナマエはやっぱり女子がいいと思う?」
「女の子だったら嬉しいけど……悟くんがいじめそうだからなぁ。悟くんのこと適当にあしらえるような子がいいんじゃないかなぁ」
「言えてる」

二人でくすくすと笑いながら、だんだんと減っていく地面の上の粒を眺めていてふと思いつく。傑くんと私の間、ちょうど境界線みたいに残ったそれが、まるでひとつの流れのようだ。
きっと、人はこれを“天の川”とでも形容するんだろうけれど。

「……傑くん、知ってる? 節分ってさ、夜に妖怪が出るって書かれた本があるんだってね」
「あぁ……百鬼夜行だろう? 確かにそんな話を聞いたことがあるな」
「夜中まで起きてたら、見れるかな」
「そうしたら呪霊も捕まえ放題だろうね。楽しみだな」
――かれはいま、うそをついたよ
「……」

傑くんの呪霊を眺めていた私の式神が、じっとこちらを見上げて訴えかける。
……わかってる。彼は呪霊が好きなわけじゃなくて、術式の仕様上、しかたなく呪霊を使役しているだけなのだ。式神が本音を暴くから私はそれを知っているのに、傑くんは“私が知っている”ということを知らない。だからこうやって嘘を吐く。
……嘘を、吐かせてしまう。

「たくさん捕まえたら、来年は悟を囲んでワンサイドゲームになるかもしれないね」
――かれはいま、うそをついたよ
「……手加減してあげなきゃだめだよ」
「どうかな。悟が泣いたら止めてあげようかな」
「後輩にヒかれるよ」
「大丈夫。私は強いからね」
「腕力で後輩も黙らせちゃう?」
「そうだね……『後輩が黙るまで殴るのをやめない』かな」
――かれはいま、うそをついたよ
「恐怖政治じゃん」
「私の将来の夢は波紋使いだからね」
――かれはいま、うそをついたよ
「悟くんは弟子入りしたいって言ってきそうだね」
――きみはいま、うそをついたよ
「悟に師匠って呼ばれるのは、ちょっと気持ち悪いなぁ」

中身のない、他愛もない会話。
来年の話をする傑くんはとても幸せそうで、もちろん私だって、楽しそうな話をする傑くんの顔を見て、幸せを感じている。
好きだと伝えたことは無いし、きっとこれからも言うことは無いだろう。

――――こんな平和な日々がずっと続けばいい。

二〇〇六年の二月三日。この頃の私たちは未来を信じていて、道の先に何があるかだなんて気付いてもいなかった。


きっとあの時、鬼は笑っていたのだろう。

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ハッピーバースデー夏油くん!GWが終わるね!遅れてごめんね!
話は暗いけど祝う気持ちはたくさんです!

2022.05.08



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