今夜は東京でも積雪の予報らしい。

比較的暖かい都心では積もらないかもしれないけれど、高専はほとんど山の中だから明朝はまず間違いなく屋根が白い帽子をかぶるだろう。
そう思って寮の談話室から窓越しに暗い外を眺めていると、見慣れたシルエットが近づいてくるのが見えた。
少し小柄で黒い制服を着て、口元までを襟に隠している男の子。
棘くんだ。
ぼた雪の降る中、傘もささずに高専まで帰ってきたらしい棘くんは玄関でふるふると頭を振って雪を払うような素振りを見せたあと、ガラス越しに私の姿を見てゆるりと微笑み、寮の中へと入ってきた。

「ツナ〜」
「おかえりなさい。外寒そうだね」
「しゃけしゃけ」

肩をすくめて同意してみせた棘くんの頭の上、髪の端っこにちょこんとお土産のように白いかたまりが乗っていた。
落としきれなかった雪の名残りらしい。なかなか融けずにいるところを見るに、棘くんは相当長く外に居て冷えているのだろう。
寮内の暖房でとけてしまったら髪がぐしゃぐしゃになって風邪を引いてしまいそうだな、なんて思いながら彼の名前を呼んで手招きをする。
雪を払うだけなのに、なんだかとても嬉しそうに襟のジッパーを下ろしながら近づいてくるものだから、まるで人懐っこい犬みたいで可愛くて笑ってしまった。

「あはは、もー、」

雪が残ってる、と言う前に棘くんの顔が近づいて、ちゅっと可愛いらしい音が鳴った。何が起きたのかわからず呆然としていたら、いつの間にか焦点が合う距離まで身を離した棘くんが上機嫌そうに「ツナマヨ!」なんて言って、いつもどおりに口元を隠している。

「え…………な、なに」
「いくら?」
「いや、ありがとうじゃなくて……」
「……、…………! こんぶ!」
「お、おかえりでもないの! 雪、ついてるから……取ったげようと思って、」
「…………」

私の言葉に目を丸くした棘くんは、ちょっと気まずそうに視線をウロウロとさせた後でもう一回、今度は頭頂部が見えやすいように少しだけ頭を下げてくれる。
もうほとんど水になっている雪を払う私の手の下で、小さな声が言う。

だって、おかえりのキスかと思って。
思わせぶりな言い方するから。

もにょもにょと恥ずかしそうに呟く彼が可愛くて、愛おしくて。
コーヒーを淹れてキスをしたらどんな顔をするかな、なんて想像したらくすくす笑いが止まらなかった。


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2022.01.15



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