※恋愛ゲームの小話。応援PJよりちょっと前。狗巻先輩にラブレターを渡す話。






任務帰りに教室へ寄ると、たまたま同級生が居た。

「あーでも今から任務……あー……どうしよう……気付かないふりするのもなぁ……」
「……何やってんだオマエ」

何か白いものを手に持って困ったようにウロウロとしている様が気になったが、俺がここへ来る途中、駐車場前で待ちぼうけを食らっているスーツ姿の男性を見かけたばかりである。
何かを悩んでいる様子のコイツには申し訳ないが、緊急ではないのならチンタラ世間話をするつもりはない。

「任務の予定じゃねぇのかよ。補助監督の人待ってんぞ」
「あ! 恵くん超いいとこに来るじゃん流石タイミングバッチリ男・伏黒恵!」
「は、」
「これ狗巻先輩に渡しておいてもらっていいかなありがとよろしくそれじゃアディオスアミーゴ!」
「ちょっ――――」

言いたいことだけ言って、同級生の形をした台風は姿を消した。押し付けられてついつい受け取ってしまったそれは、表に『狗巻先輩へ』と書かれたシンプルな白い封筒だった。
しかもご丁寧にハートのシールなんかで封がされている。

「……」

絶対ろくでもないことになりそうだが、渡せと言われて受け取った手前、放置するわけにも捨てるわけにもいかない。
ちょうど戻るところだしな、と言い訳のようなことを考えつつ、仕方なく封筒片手に寮へと向かう。
寮の玄関をくぐったところで、お目当ての人物と白黒の先輩に遭遇した。

「おー恵、いいところに」
「お疲れさまですパンダ先輩。狗巻先輩も、……なんですか?」
「棘と動画見てたんだけどな」
「すじこー」
「いや、玉犬はペットじゃないです」

それよりこれ、と言って狗巻先輩へ例の預かり物を差し出すと、案の定先輩は首を傾げていた。下半分が襟で隠れているが、不思議に思っているのだということは目元だけでもよくわかる。差出人の予想がつかないのだろう。
そう思って俺が同級生の名前を口にすると、その表情は途端に渋面へと変わった。目を細めて眉をしかめる姿は、振り回されている時によく見かけるそれだ。
……もちろん振り回しているのは一人しか居ないが。紅二点のうちの一人。信じられないほど座学の成績が悪い、俺の同級生だ。

「……こんぶ」
「いや、俺は預かってきただけなんで。中身とかは見てませんけど」
「なーんだ棘、ラブレターかぁ?」

封筒を受け取った狗巻先輩はそれを開封するためにくるりとひっくり返し、ハート型のシールが目に入ったところでピクリと眉を動かす。
ニヤニヤしながら隣で覗き込んでいたパンダ先輩も、それを見てぽかんと口を開けた。……牙、鋭いな。

「……まじか」
「…………」

狗巻先輩は緊張した面持ちでやけにゆっくりとシールを剥がし、中の便箋を手に取る。封筒は白かったが、どうやら中の紙は薄ピンク色のようだ。女子らしいな、という薄っぺらな感想が頭に浮かぶ。

ぺら、と開いたそれを片手で持ち、パンダ先輩には見えないようにしながら、中身の文章に十数秒ほど目を走らせ――――直後、狗巻先輩はそれをぐしゃりと握り潰して吠えた。

「おかか!!!!」
「な、なんですか急に」
「お! か! か!!」

否定の単語を繰り返し、憤りを全身で表現する狗巻先輩。その手からぐしゃぐしゃになった紙を抜き取ったパンダ先輩が、破れないように慎重に便箋を広げたのを見て俺もついでにと覗き込む。

……そこにはこうあった。






――――大好きな狗巻先輩へ。


狗巻先輩。いつも気遣ってくださって、ありがとうございます。
面と向かってお礼を言うのは恥ずかしいので、お手紙を書かせていただきました。
任務に赴く先輩はいつもかっこよくて、見ているだけでドキドキが止まりません。もちろん勉強をしている姿も、身体を動かしているときも、ご飯を食べているときも、全てが魅力的です。
今度、ぜひお食事でも行きませんか?
もちろん二人っきりで、なーんて……キャー!!
恥ずかしいこと書いちゃった!
嫌いにならないでくださいね。狗巻先輩、だ〜い好き!



あなたの五条悟より。




「何やってんだあの人…………」
「いくらすじこ!! おかか!!」
「まーた悟の悪ふざけか。ご丁寧にハートマークまで」
「おかかぁーっ!!」

なんとなく話が掴めた。同級生の中では一番ポンコツなアイツに狗巻先輩が想いを寄せているのは周知の事実だが、自称“お茶目”な五条先生は提出課題やら報告書の筆跡を真似るなり透かすなりして、このラブレター“モドキ”を書き上げたのだろう。
それをわざと目につくようなところに置いておいて、本人か、もしくは俺みたいに誰かを経由して狗巻先輩の手に渡ればいいと画策し――――その結果がこれだ。
知らぬ間に、あのちゃらんぽらんな担任による悪ふざけの歯車になってしまったことが腹立たしい。

「はぁ……」
「ぬか喜びだったな〜棘ぇ」
「め、……っおかか!」

何かと悪ノリのターゲットにされがちな俺ですら、これには同情を禁じえない。


……この人の恋が報われる日が来ても、きっと周囲からは永遠にイジられ続けるんだろうな。


そんなことを考え、俺が狗巻先輩へできるのは「ドンマイです」と慰めの言葉を送ることだけだった。


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2021.07.05-2021.08.01



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