「――んぱい、先輩ってば。ほら起きて」
「……う。眩し」

覚醒直前のまぶたを照らす明かりは、悠仁が持っているスマホのライトだ。
眩しさから逃れるつもりで片手を突き出すと、あははという小さな笑い声とともに手を握られてしまった。

「悠仁ぃ……まだねむいよぉ」
「初日の出見に行こ、って先輩が言ったんじゃん。もう起きないと間に合わないよ」
「んー」

わかっている。わかっているけど動けないのだ。だって寒いし眠いし、起きたらすぐ初日の出を見に行けるように、という理由でジャージを着て寝たものの、悠仁の匂いがする布団は温かくてふかふかしていて誘惑だらけなんだもん。
体感ではついさっきまで一年と二年合同で年越し蕎麦を食べて、夜遅くまで笑いをこらえて日付が変わるまでテレビを見て、解散して眠りについたはずなのに。
悠仁はよくもまぁちょっとの睡眠で元気に動けるよなぁと感服してしまう。

「ねむ……」
「もー……ハイ! 俺に抱っこされたい人!」
「うぁ」
「ちなみにこの権利は先着一名様までです!」
「はぁい……」

甘えるように悠仁の首へ腕をまわし、布団から引きずり出してもらった。そこで手を放しておしまいにするつもりが、年下の恋人はジャージ姿の私に防寒セット一式、コートとマフラーをキッチリと装備させて、「ちゃんと捕まっててね」という言葉とともにもう一度私を抱え上げた。
所謂お姫様抱っこの完成である。

「ちょ……ちゃんと歩くよ」
「えー? だってまた布団に戻っちゃいそうだし」
「もう起きた……か、ら……ふぁあ、んん。平気」
「ホントかなぁ」

あくびが漏れてしまうけれど、コートを着ていても流石に裸足で外へ出るほど寝ぼけてはいないので、部屋を出るところで下ろしてもらう。それでもほんの少し平衡感覚が緩んでいたのか、ブーツを履く途中で思わずよろけると悠仁は「ほらぁ」と苦笑して、私の腕を掴んで支えてくれる。

「全然寝てるじゃん」
「起きてるもん」
「しっかたないなぁ、まださっきの権利有効だかんね。特急虎杖号、しゅっぱーつ」
「っ、うわ」

サッとお姫様抱っこで抱え上げられて、思わず悠仁の首元にしがみついた。東北育ちの悠仁は寒さに強いのか、マフラーも巻かずに軽々と私を抱き上げている。

「外寒ぃー! 先輩大丈夫? 寒くない?」
「んーん。悠仁が温かいから、へいき」

平気、というよりも、まぶたが重い。コート越しでもわかる悠仁の基礎体温の高さで私の身体もぽかぽかして、部屋に置いてきたはずの眠気が追いかけてきたらしい。

「まだちょっとだけ寝てていーよ」
「んー……」
「俺も先輩のおかげでめっちゃぬくい。ホッカイロ要らずって感じ」

抱っこされたままほんのちょっぴりウトウトしていると、いつの間にか高専の敷地内にある開けた場所に着いていた。ここなら樹に邪魔されずに日の出が見れそうだよ、と大晦日の前日に悠仁を誘ったのは私だった。

「ほら、起きないと見逃すよ」
「うーん……」

悠仁に横抱きにされたままの私はまだまだ眠くて、なんとか目を開けたものの、今にも重力に負けてしまいそう。
そんな私を見下ろして年下の恋人は吐息だけで笑い、「このままお姫様抱っこしててあげるから、せめて日の出だけは一緒に見よーぜ」なんて優しいことを言ってくれる。
冬の気配を鼻先で感じ取っていると、悠仁が囁くような声で私の名前を呼ぶ。
そちらへ視線をやると、ほこほことした笑みを浮かべた恋人の暖かい瞳と目が合った。

「……俺さ、中学ん頃に、先輩が女の子達と初詣の約束してるの聞いて、羨ましかったんだよね」
「初詣?」
「そそ。先輩の中学最後の年」
「あー……そんなことあったかも」

静謐な空気を壊したくなくて、二人してぽそぽそと言葉を交わす。
仙台の中学に通っていた頃。一年後輩の悠仁とは特に接点もなく、当時はたまに委員の仕事で一緒になった時に、ちょっとした雑談をするくらいの間柄でしかなかった。
卒業する前に私は高専へ来ることが決まっていたし、悠仁がこちら側の人間だとは露ほども思っていなかったから。進路に関する話題は一度もしたことがない。

「俺も行きたいなーって」
「初詣に?」
「うーん惜しい、ちょっと違う。先輩と一緒に、どっか出かけたかった」
「……私?」
「あの頃からずっと好きだったから。だから、今すっげー幸せ」

あ、ほら明るくなってきたよ、と嬉しそうな声で悠仁が言う。
促されて空に目を向けると、確かにもうすぐ太陽が顔を覗かせる寸前といった様子の空が広がっていた。

「俺ケータイも持ってなかったし、連絡先も知らないし。一生会えないだろうなって思ってて……でも高専に来たから、また先輩に会えた」
「あのねぇ……五条さんが急に『これが宿儺の器だよ』って悠仁連れてきた時、私すごいびっくりしたんだから」
「あはは。ごめんて」

私たちが見つめる先、元旦の寒空の中。一瞬にして橙の光が走り、新しい朝が来た。
私を抱き上げたまま、悠仁がもう一度小さな声で「ほんとに幸せだよ」と呟く。

「うん。私も、幸せ。」
「先輩と一緒に行きたいとこも、したいことも、まだまだあるからさ。おせち食ってー、初売り行ってー、お雑煮食ってー……あ。そんで五条先生にお年玉せびってさ。今年も美味いもんいっぱい食おうよ」
「食べてばっかじゃん……」

まぁ、悠仁と行くならどこだって嬉しいんだけど。
とりあえず今日は元旦の定番をおさえておこうかな。

「ねぇ、先輩。今日はどこ行こっか」
「とりあえず初詣――――」

私の言葉を遮るように、くしゅん、と頭上から堪えきれなかったくしゃみの音がして、やっぱり東北生まれでも寒いものは寒いんだな、なんて間抜けなことを考える。

「ッアー……ごめん。なんか急にくしゃみ出た」
「ううん、だいじょぶ。とりあえず部屋帰って、今度は私の部屋のベッドで温まるっていうのは、どう?」
「……それって誘ってる?」
「んー? どうだと思う?」
「年上の余裕ってやつ?」
「本当にちゃんとしてる年上なら、こうやって甘えて抱っこしてもらって初日の出なんて拝まないよ」
「えー……俺は、甘えてくれたほうが嬉しいけどなぁ」

私より悠仁のほうがよっぽど大人だ。だって、急に放り込まれたこんな世界でも、自分にできることを探して頑張って生きている。
もし私なら、無期限の執行猶予がついてたって、死刑を言い渡されたら毎日泣いて暮らすだろう。

「ねぇ悠仁……来年も、またここに来ようね」
「うん。ってか先輩さ、そんなこと言ってっけど来年はちゃんと起きれんの?」
「お、起きるよ!」
「どうだかなぁ、今日は起きるっつってベッド出たのにまだ夢の中みたいな顔してたかんね」
「……じゃあ、悠仁が起こしに来てくれたら、起きる」
「しかたねーなぁ」

だから、生きててね。
思わず出そうになったその言葉は飲み込んで、代わりに彼の胸元に頬を寄せた。

「ねぇ……早くベッド行こ?」
「……ひめ、」
「それ、柔らかく炊いたご飯のことだからね?」
「え!? マジで?」

まじまじ、と適当に相槌を打って目を瞑る。


今年も良い年になりますように。



特別な朝日


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お題:ねぇ

2021.06.12



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