※主人公の言葉遣いが滅茶苦茶に悪いです。





私の家は、特別クソみたいな呪詛師を輩出した、ほどほどにクソみたいな家だった。
別に大昔の武士の家のようにお取り潰しになったわけではない。ただ全員殺りあって死んで、家で一番どうでも良かった私だけが残っただけのことだ。それ以上でもそれ以下でもない。

高専という言葉は知っていた。親族が京都に通っていたけれど、私の親は男児が生まれなかったから、一人っ子で女の私をそこへ通わせる気は無かったというだけだった。

なんだって良かったけれど、生きるには金が必要だった。金を得るには道端で物乞いをするか、盗むか、仕事をするか。
子供の私なら、憐れんで誰かに恵んでもらうことは難しくなかっただろう。
それでも私は、これ以外の方法を知らなかった。

……呪霊を祓う、という以外の生き方を。



義務教育は、家が放棄していた。私に金をかけることに、価値を見出せなかったのだろう。
読み書き計算、看板の文字が読めて依頼主が報酬をちょろまかさないことがわかれば私には十分だった。

神は信じていなかった。だがここへ来る人々は、居もしないモノに縋って生きていくしか生き方を知らないのだろう。
他の道を知らないという点においては私とどっこいどっこいなわけだが。見えもしないものに縋る彼らの姿はいっそ哀れでもあり、時には私を何か崇高なものと勘違いして拝む者までいた。
新興宗教の祓い屋。住居と多少の飯も保証されている、食いっぱぐれることもなく金も貰える生活。
まぁ、アタマを張ってるのは金のことしか考えていないような連中だったから、ちょっとばかり金払いは悪かったが。それでも食うには十分だった。



「………君ねぇ。学校も行かずに、こーんなところで鳥頭共のパーティに参加してさぁ……親はいったい何をしてるのかな?」
「その話、長くなる? 今日の分の支払いがまだなんだけど」

アイツらの代わりに払ってくれるわけ? と言った私の言葉を聞いて、先ほどまで乱痴気騒ぎをしていた宗教団体のトップ共を一瞬で根こそぎ気絶させてみせた白髪の男は楽しそうに笑い、目隠しを付けたまま口を開きこう述べた。

「仕事も保証されて、ご飯も食べれる。ついでに教育も受けられるよ」

その言葉に悪くないと頷いた私は、ここへきた。

都立呪術高等専門学校へ。








――――ここへきて三日が経ち、私は騙されたのだということがわかった。

学生の身分では実習はあれど、仕事の斡旋など無い。卒業まで四年我慢すればその権利が与えられるというだけのことだった。
確かに教育は受けられて飯も三食出るが、仕事は保証されていない。
五条悟と名乗ったその男は、とんだペテン師だった。

しかも同級生として、三人の人間と一人のパンダが居た。人間関係なんて面倒くさい。
少なくとも、私が居た宗教団体では二人以上の人間が居れば摩擦が生まれ、三人目が来れば溝ができて天秤のようなバランスゲームが始まる。それが私のような呪術師であれば、仕事の取り合いになる。

それでもここの人たちは、私を構おうとする。
仲良くお勉強だなんて、金にもならないのに。


「おい新入り、茶ぁ買って来いよ」
「……嫌だと言ったら?」
「一発ぶん殴ってその辛気臭ぇツラがしてやる」
「アンタの煩い口も剥いだら多少はマシになりそうだな? あ?」
「真希、やめろよ」
「おかか」
「まぁまぁ二人とも、真希さんもミョウジさんも落ち着いて、ね?」
「憂太、お前どっちの味方だ?」
「僕はどっちの味方でもないよ。ただ二人には仲良くしてほしいだけで、」
「仲良しごっこなんてする気は無いんで。余所をあたれよ、禪院」
「私を苗字で呼ぶんじゃねぇ」
「家は家、子供なんてのは巣穴に潜む虫みたいなもんだろ。名前は記号、屋号みたいなもんだ。区別するためにつけられてるだけのもの、見分けがつくなら呼び名なんてどうだっていいんだよ。だろ? 禪院の、お・じょ・う・ちゃ・ん?」
「テメェ……」

一触即発の空気に肌がピリつく。

「単位を取れば、さっさとここからおさらばできるんだからさ。もう放っておいて」
「バカ、高専は四年制だ。頑張ったところで一年やそこらで大人になれるわけじゃねーよ」
「金稼げりゃ大人も子供も関係ないんだよクソアマ」
「おかか!」
「わーったよ」
「……チッ」

狗巻の言葉にそう答えると彼女は私の前から身を翻し、舌打ちをした私から離れて運動場から去っていった。きっと自分で自販機のところへ行くのだろう。

「ナマエお前なぁ……手と手を取り合ってとは言わないが、もう少し仲良くできないもんかな」
「そっちが干渉してこなきゃいいってだけの話に思うけど?」
「少しは笑えよ。そんなにツンケンしてちゃ生きづらいだろ」
「生憎、自分一人でも息はできてるんでね。余計なお世話だ」

不毛な話し合いに疲れた私は二人と一体から距離を取り、運動場の隅にある階段の脇に座り込んだ。

私は、自分の親が私には何の興味も無いのだと理解した頃から、笑うことを止めていた。さして楽しいこともないし、私が笑顔を浮かべたところで誰が喜ぶわけでもない。
むしろ家の者は、何を楽しいことがあるのかと面罵するだけだったのだから。
自習という名のこの時間が終われば、今日の授業はすべておしまいの予定だ。
お節介な奴らと手合わせをすることに意味があるとは思えず、つまり私はもう少し時間をつぶす必要があった。

「……ツナ」
「…………ハロー、狗巻。あんたも私を責めるのか?」

私の傍へ近づいてきた狗巻は、隣に腰を下ろしてこちらへペットボトルを差し出した。

「いらない」
「おかか」
「わかる言葉で話してほしいんだけど」
「ツナ」
「ハァー…………いくら? 払う」
「おかか」

首を振った彼は、私の手に無理矢理、しかしとても丁寧にそれを握らせた。
そしてそのまま乙骨とパンダの組手をここで鑑賞するつもりらしい。自分の分のスポーツドリンクを片手に寛ぎ始める。
私は仕方なく、炭酸飲料の名前がラベルに印刷されているペットボトルの蓋に手をかけた。あとで請求されないとも限らないが、なぜか執拗に私を構う狗巻はなにかとお菓子やら飲み物やらを私へ分け与え、自己満足でもしているらしい。ちゃんと私が受け取るまで、コイツは煩いのだ。
煩いとはいっても、狗巻の言っていることは私には全く理解できないのだが。


私が溜息と共にキャップを捻った直後、手元の小さい容器がポチャンと鳴るのが聞こえた。


「――――あ?」


未開封のものらしからぬ抵抗の無さと、聞きなれないその音の抱き合わせに私が眉を顰め手元に目をやった瞬間、ものすごい勢いで中身が吹き出した。

「はぁっ!?」
「ツナツナ」

慌てふためく私の横で、悪戯が成功したと言わんばかりに狗巻が楽しそうに笑っている。
その眠たげな双眸を射殺さんばかりに思いっきり睨みつけながら、私は舌打ちをして手洗い場へと向かった。





……それからというもの、狗巻はあの手この手を使って私に悪戯を仕掛け続けた。

私は八割方それに引っかかり、その都度ぶち切れて狗巻に突っかかった。
生きていくのに何ひとつ必要なさそうなメントス爆弾なんて単語を覚え、私も狗巻へやり返した。もちろん、成功するまでには時間を要したし、狗巻へ仕掛けようとした内の半分は準備中に自分で誤爆した。
とはいえ爆弾だけが狗巻への復讐の手段ではない。
他にも上靴の中敷きにボンドを塗りたくってやったり、居眠りしている間に制服のジッパーを強力な瞬間接着剤で溶接してやったり、レトルトカレーのパウチの中に瓶いっぱいのタバスコをぶち込んでやったりした。

同じくらい狗巻にもやり返されたし、負けず嫌いの私も熨斗を付けて仕掛け続けてやった。

なぜそんなにも私に構おうとするのか。その理由が、私を早く仲間の輪に入れたかったからだということがわかる頃には、私は狗巻の悪戯を笑って流せるようになっていた。

……そう、笑えるようになったのだ。


「明太子ー!!!」
「ッハハ! 引っかかってやーんの」
「今度は何仕掛けたんだよ」
「アイツの靴下に正露丸を瓶いっぱいぶち込んでやったんだよ」
「どうせ硝子さんとこから勝手に持ってきたんだろ。後で怒られるぞ」
「おかか……」
「なんだよその顔。恨めしそうに見たって、昨日のお返しだよ狗巻?」
「――高菜っ」
「は? なに笑って……ハァ!?」
「ツ・ナ・マ・ヨ
「いつの間に勝手に張り替えてやがんだよクソッ!! 学ランの裏地は! 着物の裏地とは!! ちっっっげーーんだよバカ!!! 元に戻せ!!」





「真希ィー、コイツの写真撮ってやれよー。最高傑作だからさ」
「ナマエが自分で撮ってんだから別にいいだろ。……まぁ面白いから私も撮っとくか」
「おかか! おかか!!」
「流石の呪言師サマもそんなんじゃ呪霊にだってバカにされるなぁ? 夏も終わったからって色気づいて制服変えてっからだよ、今まで通りネックウォーマー付けてろタートルネックボーイ」
「……」
「昨日の私の写真消して土下座してくれたら、"手術"してそのジッパー下げられるようにしてあ・げ・る
「――――"腕を上げろ"、"動くな"」
「は!? そんな無理矢理やったら襟伸び……ちょ、やっくすぐっ……っは、あはははあはっハ、アハハハ!!! やめっバカ! くすぐるんじゃはははははっ」
「おー棘やっちまえー」
「助けろよ真希!!!」
「聞こえないなあー。私は今、棘のベストショット撮るのに忙しいからな」





そんな調子で半年間。今日も今日とて狗巻の悪戯は留まるところを知らない。


「狗巻ィ! 私の学ラン返せや」
「明太子?」
「何の話? ……じゃあないんだよ。その腰につけてんのはてめーの新しい水着かなんかか? あ?」
「しゃけしゃけ」
「おまえらホント仲良くなったなぁ」
「確かに。ナマエがここ来たときはギスギスしてて毎日ひやひやしてたもんだ」
「そりゃ突っかかってくるコイツが悪いに決まってるだろ」
「うるさいな、禪院のお嬢ちゃん。その綺麗な口縫い合わせてやってもいいんだよ? 飯をケツから食いたいんなら喜んで手伝うけどな? あァ?」
「その呼び方やめろっつったろ。おまえホントに口の悪さはいつまで経っても変わんねぇな」
「悟がポケットマネーでマナー教室通わせてたけど、効果のほどは推して知るべしってとこか」
「冠婚葬祭だけ取り繕っときゃ文句は言わないって五条が言ってた」
「もー、毎度毎度……二人ともその辺にして、もう次の授業始まるからさ」
「ハイハイ。とにかく私の制服返してよ」
「しゃけ」

仕方ないなという顔つきで、狗巻は勝手に身に着けていた私のスカートを脱いだ。私はそれをひったくるように奪うと、着替えるために教室を後にする。

「高菜ー!」

なぜか教室を出た後も、狗巻は私の後を追ってくる。足音のする方を振り向くと、どうやら早着替えを披露したらしい。コイツはきっちりと自分の制服のズボンを身に着けている。

「なんだよ。真希とは別に喧嘩してるわけじゃないんだ、いつも通りでしょ」
「明太子」
「まぁね。……にしても、最初は全然言ってることわかんなかったけど、いつの間にか狗巻の言ってることわかるようになってたなー」
「しゃけ」
「ふふ。やっとダチになれたってとこ?」
「……おかか」
「あン?」

私の言葉に、狗巻は首を横に振った。
喧嘩でも売ってんのか、という思いを眼光へしっかりと塗り込めて彼を睨みつけると、狗巻の襟から見えている耳の端が紅く染まっているのがわかった。
狗巻はそのままピタリと脚を止め、私の顔をじっと見つめている。

「な、なんだよ」
「……」
「今度はお前の制服全部剥いで、ブルセラにでも売っぱらってやろうか?」
「……」
「……冗談だよ。なんか言えって」

狗巻は私の言葉を聞いているのかいないのか、ぱちぱちと瞬きをしてからネックウォーマーをサッと引き下げた。
彼の頬が紅い。
陽の下に晒された蛇と目が合い、その唇がゆっくりと動く。


「…………は?」
「ツナマヨ、」


そういうことだから、返事は後でいいよ………………じゃあない。
私の見間違いで無ければ、狗巻の口元は今こう動いたのだ。


"す"

"き"


と。








制服に着替え無言で帰ってきた私たち二人を見て、真希と乙骨とパンダは微妙な顔で目を見合わせた。

「おまえら二人ともなんて顔してんだ。アオハルか」
「いや……うん……なんでもない」
「しゃけ」
「えっ狗巻君まさか」
「まじか」
「棘ついに」
「……ツナマヨ」
「なにピースしてんだお前……まだ、保留中なんですケド」







サイダーは恋の音





初めてナマエの笑顔を見た時。その吹き出すサイダーの音が、恋に落ちる音だと気づいた。
早く笑ってほしかった。誰よりも口が悪く、四則演算も四十七都道府県もあやふやな彼女だったけれど。憂太と同じように、ここへ来て良かったと心の底から笑顔で言えるようになってほしいといつも思っていた。

何度悪戯を仕掛けたかわからない。でも一番ナマエと距離が近く、手渡しできる炭酸飲料の爆弾を選び続けてよかったと、その時心底思った。
彼女の初めての、心からの笑顔を独り占めできたから。

そのまま彼女の全てを独り占めしたいと長いこと思っていて、やっと決心がついて後を追ったのだ。
答えを急かすつもりはないが、必ず落としてみせると面と向かって言い切った。


あの蓋に仕掛けた、ソフトキャンディのように。

絶対に落としてみせるから。


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2020.12.28




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