私が保護されたのは、ある冬の日、雪の降る夜だった。
例年にはないほどの大雪に見舞われたその日、雪で足止めされて孤立した住民を助けるために、多くのヒーローが来ていたのだという。
その日はとても寒くて、とてもお腹が減って、
私は独り"部屋"で膝を抱えて外の雪の音を聞いていた。
さくさく、さらさら
たまに聞こえる、どさっ ぱらぱらぱら、という音。きっと屋根の雪が落ちる音だ。
通りから少し離れたここは、車の音もない、本当に静かなところだった。
"部屋"の外では、たくさんの人がわいわいと何かに興じている声が聞こえてくる。
あぁ、さむいなぁ
目隠しをされたまま私がじっとしていたとき、急にがたがたと椅子を倒すような音が聞こえてきた。
「……?」
なんだか焦ったような声と、怒声。
きっと誰か、ゲームに負けたんだろう。
その時はそう思っていた。
わぁわぁと言い合っていた声が急に静かになると、俄かに室内の温度が上がったような気がする。
「……っ」
温度差にぶるりと身震いしながら、私はふと、空気にツンとした臭いが混じっていることに気付いた。
(なんだろう、このにおい……)
暖房でも入れたんだろうか。にしても、普段は私の"部屋"まで暖かくなることはないから、誰かがつけっぱなしにした暖房が強くなっているのだろうか。

そのまま何分かが経つと、やっと私は周りの温度がおかしいことに気付き始めた。
(なんかおかしい…誰の声も聞こえないし、それに)
異様に、暑い。真夏のというよりは、焼けるような……
「!!」
私は刺されたように立ち上がると、恐る恐る目隠しを外す。
目の前に広がるのは、一面の
(火事……)
火の海だ。そこらじゅうが燃えて、炎を生んでいる。
(ど、どうしよう、消さないと)
きょろきょろとあたりを見回しても、火を消せるものなんてなにもない。それどころか、酒瓶や紙束、布切れなんかが散乱していて、それらを糧にしてどんどん火の勢いが増している。
(でも、ここから出ていいって言われてない)
私が立っているのは、小さな段ボールの中。
膝を抱えて座れば、それだけでいっぱいになってしまうような小さな箱。
これが私の"部屋"であり、"寝床"であり、居ていい場所。
(でも、火事、だし、みんな居ない、し)
それでも"教育"された私の身体は、見えない力に縛られたみたいに動かない。
(もしかしたら、陰で見ていて、私が"部屋"から出たら、"教育"されるかもしれない)
私の皮膚は暑さで汗ばんでいたけど、身体は震えるほど寒かった。
("教育"されるのは嫌だ……痛いのは、もっと嫌だ)
もしかしたら、私がここで焼けて死んでしまうまで、見ているのかもしれない。
私はふと、それでもいいんじゃないかと思う。
(死んじゃったら、もう"教育"も痛いこともない)
お腹が減ることも、目を隠すことも、"部屋"にずっと居なきゃいけないことも、ない。
(このまま死んじゃったほうが、いいかもしれない)
そう、思って、私はゆっくり座ると、静かに目を閉じた。
目を閉じると聞こえる、雪の音と炎が広がる音。
ゴウゴウ、さくさく、
がたん、さらさら
火事を見るのは初めてだけど、こんな音がするんだ。
ゴウゴウ、さくさく、
がたん、さらさら

バタン

なんだか、変な音

「君! そんなところで何をしてるんだ!」
(やっぱり)
「早くこっちへ来なさい!」
(行ったら、"教育"される)
「くっ…」
私はぎゅっと目をつぶって、その人の声が聞こえないフリをしている。
「どうした13号!」
(ふ、ふえた)
「せ、セメントス…奥に子供が居るんですが、反応がなくて」
「なっ、おい! そこは危険だ! こっちへおいで!」
(きこえてない、きこえない、"部屋"からでちゃいけない)
「ぐぅ…耳が聞こえてないのかもしれない、下に行ってウォーターホースを呼んでくる!」
「わかりました、僕はブラックホールでなんとかしてみます!」
(あつい…もえちゃう、かも)
「あっ…」
ふわ、と身体が浮いた。お腹に大きな掌が回って、私を抱き上げている。
「はぁ、大丈夫? 怪我はありませんか?」
「やっ、はな、し」
"部屋"からでたら、"教育"される。きっとこの人は、私に"教育"する。
「おっ落ち着いて、もう大丈夫だよ、安心して」
僕は君の味方だから、そう言ったその人の顔を、私は今でも覚えている。
ヘルメットに、宇宙飛行士みたいな服。私を抱き上げる、大きな腕。
私は人形になったみたいに、その人に抱かれて"部屋の外"へ出て、そして意識が途切れた。

「ん……」
水面に浮上するように、私は目が覚めた。白くて大きな天井に、なんだかすぅっとする匂いがしている。
(ここ、どこだろう…?)
意識がはっきりしてくると、どこか遠くで人が話している声が聞こえる。
声がする方に目を向けると、私のすぐそばで背の高い人が二人、話をしているようだった。
「とにかく……子は…不明」
「です…ご両親……ヴィラン…でしょう」
ぼーっとその人たちを眺めていると、話をしているうちの一人が私に気付いた様子で、近寄ってくる。
「目が覚めましたか?」
あの時、私を抱き上げた人の声だった。私は驚いて、こっくりと頷く。
「怖かったね、もう大丈夫だよ。もう誰も君を傷つけたりしない」
よく頑張ったね、とその人の手が、私の頭を撫でる。
「なにがあったか、覚えてるかな?」
頭を撫でるその人の横から、女の人がにゅっと視界に入ってきて、私に言う。
「なにか思い出せること、ある? なんでもいいよ、お母さんのこととか」
「……オカアサン」
(って、なんだろう)
「そう、お父さんでもいいんだよ、お友達のこととか、おうちのこと、わかるかな」
(おうち)
「へや…」
「部屋? あなたの部屋かな?」
私の喉は、なんだかイガイガしていてすごく話しにくい。
「うん…ナマエの"部屋"、」
「どんなお部屋かな?」
「あそこにいないと、怒られる…」
「……」
「"教育"、されちゃうから、ナマエ、"部屋"に戻らなきゃ…」
「ナマエちゃん、ナマエちゃんはね、もう部屋に居なくてもいいんだよ」
「……なんで…?」
私が聞くと、女の人はすごく変な顔をしてから、私に笑顔を向ける。
「ナマエちゃんはね、好きなとこに行っていいんだよ。ずっと部屋に居なくてもいいの」
「でも…」
もしかしたら、今ここに居るのも、全部言いつけを破ってるから、この人たちが"教育"するのかもしれない
「お姉さん、ナマエ、痛いのやだ…」
「うん…」
「どうして、へんなかおしてるの…? すっぱいときの顔してるよ…」
「ううん、大丈夫だよ…」
「痛くない?」
「うん…うん…」
そのまま目の前の女の人は、しくしくと泣いた。
私はきっとどこか痛いのだろう、かわいそうだと思って、泣き止むまでずっと女の人の頭をなでていた。



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