「「あ」」
声を上げたのは、どちらが先だっただろうか。
私と轟くんは、また図書館で顔を合わせていた。
「今日も?」
「あぁ」
「けっこう読むの早いんだね」
「佐倉もな」
私たちはたまに図書館で顔を合わせては、おすすめの本を教えあうようになっていた。
「この間の本、面白かったよ」
ほらこれ、と私は手にしていた本を机の上に滑らせた。
「そうか」
机の向かいに座る轟くんは、私が押しやった本を手に取って、裏表紙を眺める。
「じゃあ借りる」
「ふふっ、どーも」
「これ、」
面白かった、と轟くんが本を机に置く。
「ありがと」
私はそれに手を伸ばして、タイトルに目をやった。
『誘拐と残像』
その文字を見て、私は思わずゴーグルに手を這わせた。
ずれてはいないけど、ずれを直すように指を添えて位置を直す。
「へぇ、どんな話?」
尋ねる私の声は、震えていないだろうか。
「昔敵に誘拐された子供がヒーローになって、世界を救う話」
「ふー、ん、借りてみようかなぁ」
「……」
なんでもない風を装って、私はその本を借りる予定の本の山に重ねた。
「無理に読まなくて、いい」
「え?」
なんと言ったのかわからなくて、私は轟くんの言葉を聞き返す。
「好きじゃないんだろ、それ」
無理すんな、と立ち上がった轟くんが言いながら、私が山に加えたばかりの本を手に取った。
「あ、いや、」
「これ借りてくる」
私が渡した本をちょっとかかげて、轟くんはそのまま行ってしまった。
……見抜かれてた。
(悪いことしたなぁ)
動揺したのは本当だ。誘拐という言葉が目に入って、思わず昔のことを考えたのだ。
はぁ、とため息を吐いてから、私は天井に目をやった。
また、轟くんに気を使われてしまった。轟くんは鋭くて、優しい。
私が隠したものを簡単に見つけて、そしてなんでもなかったように振る舞ってくれる。
本を渡すときに手に触らないようにしてくれることも、ゴーグルのことも、目を合わせないことも。何も聞かずに居てくれる。
(この居心地の良さに、甘えていたらだめだ)
早く追いかけて轟くんに謝ろう、そう思って腰を上げると、向こうから歩いてくる轟くんが見えた。
「もう帰るのか」
「え、あれ、帰ったんじゃ」
「これ借りてきただけだ」
さっき私が渡した本を見せて、轟くんは呆れた顔をする。
「それより佐倉、今日も遅くまでいんだろ」
「あ、うん」
「送ってく」
そう言った轟くんは私の目の前、さっきまで座っていた席に腰を下ろした。何事もないかのように借りてきた本を開き始める。
「や、轟くん帰るの遅くなるよ」
「佐倉も遅いだろ」
送る、ともう一度言ったきり、轟くんは黙々と本を読み始めた。私が呆気に取られて轟くんの顔を見つめていると、何見てんだと轟くんが言った。
「ご、ごめん」
私は慌てて、隣によけてあったプリントを手元に引き寄せる。
シャーペンを持ってからちらりと轟くんを盗み見ると、何事もなかったみたいに小説に目を落としていた。

閉館時間になった夜9時。私と轟くんは夜道を二人で歩いていた。
「こんな時間までごめん」
「気にすんな。俺も本読みたかったし」
なんで急に、送るなんて言ってくれたんだろう。いつもはおすすめの本を教え合ったら、また明日と手を振って分かれていたはずだ。
「なぁ」
「ヒえっ?」
考え事をしていたからか、気の抜けたような声が口から零れ落ちてしまう。
「な、なに?」
「お前の個性のこと、聞いていいか」
「えっ」
轟くんは、私の横で距離を開けて歩きながら、こっちを見ている。
「いい、けど」
じっと私を見た轟くんと目を合わせるのが怖くて、ネクタイを見つめて頷く。
「やっぱりまた今度でいい」
そう言い切って前を向くと、轟くんは何も言わなくなった。
私はなんて言っていいかわからなくて、少し前を歩く轟くんの背中を見ながら歩いていた。



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