次の日いつも通りの時間に電車に乗って、私はほぼ無人の教室に一人座る。
昨日の小説の続きを読みながら、私はゴーグルを触った。
小説の中では、昨日の主人公がヒーローに追いつめられているところだった。
『もう復讐なんてやめようよ! そんなのなんにもならないんだよ!』
ヒーローの女の子が、敵殺しの敵、主人公と対峙している。
『もう止まらないんだ、それにこれは復讐なんかじゃない。僕という人間が救われるために必要なことなんだ』
悲しそうな声で主人公が言う。昔の僕を救うためだ、君には悪いことをした。
『私、城山くんにそんなことがあったなんて、全然知らなかった! ……知ってても、何もできなかったかもしれない、でも、でも、それでも私、知りたかった』
女の子が詰め寄る。主人公はじり、と後退する。
『僕は、黒崎さんみたいにはなれないよ。君の隣に立つことも、笑うこともできない。世界が違うんだ』
『違うなんて言わないで! 私たちは今ここに、立ってるじゃない!』
女の子は近づいて、彼の手を取る。個性も使わず、距離を詰めた彼女から目を逸らした主人公が、口を開く。
『黒崎さん、僕は』
ガラリ
「!」
はっと教室の入り口を見ると、ツートンの髪が見えた。
「あ、轟くん」
「ミョウジ」
おはよう、と轟くんが言う。それに応えながら、私は手元の本を閉じて立ち上がる。
「轟くん、昨日はごめん、なんかびっくりしちゃって」
「いや、気にすんな」
そのまま轟くんは自分の机にカバンを下して、チラッと私を見る。
「ぶつかった俺も悪かった」
そして私の持っている本に目を落として、「昨日何借りたんだ」と言った。
「あ……これはここで借りたやつじゃないんだけど、昨日はずっと読みたかったやつ、借りたんだ。人気でさ、市立の図書館だと競争率高くて」
「そうか」
「こっちは結構前のやつ。ほら」
轟くんに表紙を向けると、あぁ、と納得したような声が返ってきた。
「3年位前に有名になったやつだよな」
「うん」
沈黙が落ちる。朝の教室はまだ誰も来なくて、こういう時クラスメイトと何を話したらいいかわからない私は、仕方なく腰を下ろす。
隣の席なのに、なんか気まずいかな。
「それ、」
轟くんがカバンから本を取り出しながら、私の方を向かずに言った。
「面白かったら教えてくれ」
私は驚いて轟くんの方を見ると、あ、うん、なんて間抜けな言葉を返した。
手元の本に目を落とすと、さっきまでの気まずさは消えていた。
轟くん、優しいな。
静かな教室に、ぺらり、ぺらりとページをめくる音だけが響く。
なんだかすごく居心地がよくて、私は知らず笑顔になる口元を抑えることができなかった。
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