放課後、私はさっそく図書館へ足を運んでいた。
どうせこの時間じゃ電車は混んでるし、それ以上にとにかく雄英の図書館を見たかったから。
(あ、やっぱ結構広い……というか一校舎分くらいある)
図書館というより図書施設って感じだ。私は入り口で生徒証のIDをかざしながら、ゲートをくぐる。
と、
(あれ、あの赤白の人)
クラスメイトの人が館内の案内板を眺めているのを見つけてしまった。
見つけたからには、一応声をかけておこうかな。なんて珍しく私が思ってしまったのは、きっとお茶子のおかげかもしれない。グッドコミュニケーションフォーヒーロー、なんて思いながら、その後ろ姿に声をかける。
「轟くん、だよね? なんか探し中?」
「……ミョウジ」
声をかけると私より頭一つ分大きい轟くんは、首だけで私を見る。……一回も話してないのに、名前覚えてくれてるんだ。
やっぱり雄英のヒーローコミュニケーション能力はすごいと心の中でつぶやきながら、轟くんの横に立って看板を見上げてみる。
「借りようと思って」
轟くんが看板に目を戻しながらそう言う。
「そうなんだ……何読むの?」
「……なんでも」
「そっか、いいの見つかるといいね」
じゃ、また明日。あんまり話したくないんだろうか、そっけない轟くんにそう声をかけて、私は看板に書いてあったお目当ての小説フロアを目指す。
(おおーすっごいいろいろある)
ついこの間出た新刊からだいぶ前の珍しい本まで、ありとあらゆる本が棚にびっちり詰まっている。
(これは読み甲斐がありそう)
私は通路の入り口から奥へ向かって気になる本を探してから、もう一回入り口に戻るまでの間にもう一度棚を見て借りる本を決めるのが癖だ。どれにしようかな、なんてウロウロ物色していると、私のいる通路の入り口の方から「……あ」という声が聞こえる。
「ん?」
なんだろうとそっちを見ると、轟くんが一冊本を片手に、通路の最端にいる私の方を見ていた。
「あ、轟くん」
「おう」
無表情でこくっと頷くと、轟くんは棚の向こうから背表紙を眺め始める。その姿をなんとはなしに見てから、私も目の前の棚に目線を移した。
(小説とか、読むんだ)
でも全然意外じゃなかった。むしろ、放課後の教室で静かに本を読んでそうなイメージが、ちらっと見た限りの轟くんのイメージかもな。
しかも難しそうな話とか。サスペンスとか頭使いそうな本が好きそう。
そう思いながら借りたい本を引き抜きつつ選別していると、
「っ、つ」
「あ、悪い」
どんっと右肩が何かに当たった。衝撃で私が手に持っていた本が床に落ちて、近くで低い声がする。
ばっと声の方へ身体を向けて一歩無意識に下がると、そこにはちょっと驚いた顔の轟くんが立っていた。腕の中には2冊に増えた本が抱えられている。
「あ……」
「……」
体温が下がっている。無意識でおなかの前で交差させていた腕がひんやりしているのに気づいて、咄嗟に笑顔を作る。
「ご、ごめん、見てなかった」
「いや、俺の方こそ悪かった」
しゃがんで床に散らばってしまった本を拾い上げる。気になる本がありすぎて、けっこうな数を抱えていたみたいだ。最後の一冊を拾おうと手を伸ばすと、向こうからもにゅっと手が伸びてきてびくっと肩が揺れてしまう。
「ご、めん」
「……、」
声が震えた。しゃがんだまま顔を上げた先に、轟くんの顔があったから。
正確に言えば、轟くんと目が合ったから。慌てて視線を逸らす。
「ごめん、ありがとう」
「いや……」
拾ってくれた本を受け取って、お礼を言う。顔、取り繕えてるかな、
「轟くんも小説読むんだ? 何借りるの」
轟くんの手に残った本に視線を移して、そう尋ねる。
「電車ん中で読むやつ、」
ちょっと露骨だったかな、冷えて震える手を悟られないように本を抱えなおして相槌を打つ。
ちょっと身体が触っただけでなんだ。動揺してみっともない、施設のガキンチョ共に触られても平気になったじゃないか、これから一緒にやってくクラスメイトだぞ、
そう自分に言い聞かせても、震えは止まりそうになかった。
「あんたそれ全部借りんのか」
「え? あぁうん、」
一週間分だし、と軽く持ち上げて見せながら頷く。
「カバン入んねぇだろ、もっと減らせよ」
「あ」
全然そこ考えてなかった。確かに入らないや。
どれを次回に回そうかな、と抱えた本を覗き込みながら悩んでいると、轟くんが通路入り口に足を向けながら言う。
「向こう、机あるから、置けば」
「あ、そっか、ありがとう」
そのまま行ってしまう轟くんの背中を見ながら、気を使ってくれたのかななんてぼんやり思った。
傷つけちゃったかな、悪いことした。
クラスメイトになった人にあからさまに怯える態度取られたら、どんな人でも嫌がるだろう。
明日会ったらちゃんと謝ろう。
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