私は教室の席に座って、ぼーっと誰もいない室内を眺めていた。
ま、朝早きゃ誰もいないよね。今7時だし。
私は満員電車が嫌いだ。まず人と触れ合うのがダメ。目が合うのもダメ。この3年間で施設のガキンチョと遊んでるときは大丈夫になったけど、まだ大人は怖い。
だから誰とも触らなくてすむよう、距離が取れるよう、なるべく朝早い電車に乗って中学は過ごしていた。
それは今でも、高校生になっても変えるつもりはない。
時間はいっぱいあるし、とりあえず本でも読もう。
そう思って、カバンから小説を取り出す。
近所の図書館のバーコードが貼られたそれは、きっと今までいろんな人が読んだんだろう。日に焼けて、私に開かれるのを待っていた。
きっと雄英なら、図書室も大きいはず。通っていた中学校じゃ物足りなくて、私はいつも帰りがけや土日に市立図書館へ通って、一週間分の本を借りるのが常になっている。
まだ入学初日だし、きっとすぐに本は借りれるようになる。そう思いながら、私は昨日無作為に手に取って借りてきた小説の1ページ目をぺらりとめくる。

内容は、ひとりの男の子が家族を殺された復讐として敵殺しの敵になる話だ。
敵殺しの、敵。復讐なんて何も生まないぞ!と登場人物の一人が主人公を説得しようとしている場面。
主人公の男の子が言う。『それでも、僕はあいつを倒さなきゃいけないんだ! 僕みたいなやつは、一人で十分だから』
私の視線は、その一文に吸い寄せられるように留まる。僕みたいなやつは、一人で十分だから。私みたいな子供は、私一人で十分だから、
『だから私は、ヒーローになる! ヒーローになって、私みたいな子供が一人でも居なくなればいいって、』
そうしたら、私も救われるような気がするから。
本に目を落として、自分の世界に入り込んでいた私の耳にチャイムの音が響く。
あ、考え事しちゃってたな。気づけば私以外いなかった教室の席は埋まり、入り口で話し込んでいる人が2人いる。
それをなんとはなしに眺めていると、廊下に何かが横たわっているのが目に入った。
(な、なんだあのミノムシみたいな……)
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
なんかくたびれた感じの人だなぁなんて思いながらその人を眺めていると、どこか見覚えがある気がしてくる。
(なんかどこかで見たような……気が……)
じっと相澤先生を見ていると、ふとこっちを向いた先生と目が合う。
「っ」
はっとしてすぐに目線を下げた。ゴーグル越しとはいえ、他人の目を見るのはまだ怖い。
「コレ着てグラウンドに出ろ」
体操着を手にしている先生の手元を見ながら、私の手は無意識にゴーグルに触れていた。
フレームレスで視界を遮らないゴーグル。この時代、個性の関係で装着が必要な人は案外いる、私もその一人だ。
「さっさと着替えてこい」
先生の号令で、全員が更衣室に向かって移動を開始する。
私は集団の一番後ろから。歩く速度の違いか、自然と男子が前半分、女子が後ろ半分を占める形になっていく。
「ね、私麗日お茶子! 先生はああ言ってたけど、これからよろしくね」
「あ、うん、ミョウジナマエだよ、よろしく麗日……」
「お茶子でいいよ! だから私もナマエちゃんって呼んでい?」
「……ウン」
す、すごい。もう名前で呼び合うクラスメイトができた。これがヒーロー科なんだろうか、コミュニケーション能力が違う。
「お、お茶子」
「なに?」
「や……私こそ、これからよろしくね」
なんか恥ずかしくて顔が見れない。施設でガキンチョ共にナマエちゃーんなんて呼ばれるのとは違って、すごい意識してしまう。
やがて着いた更衣室で女子と男子で分かれて、みんな体操服に着替えながら自己紹介の運びになった。
「えーじゃあみんな名前呼びでいいじゃんね!」
「そーしよ! やったー!」
透明な葉隠……透が、ぴょんぴょんと跳ねて空気が動く。
人の名前を覚えるのは得意だから問題はなかったけど、やっぱりなんだか恥ずかしい。
中学では私もだけど他人から距離を置かれていたから、あんまりクラスメイトと親しくなることはなかった。そのツケが今頃響いているのかと思うくらいにどきどきする。
女の子たちが制服を脱いで肌着になっている横で、私はブレザーワイシャツとスカートだけ脱いで、中に着ていたハイネックの長袖シャツに黒タイツのまま、ジャージの上下を身に着ける。
「ナマエちゃん暑くないん?」
「いや、まだ肌寒いしさ、それに私寒がりで」
そんな言い訳をしながら、ジャージの袖を引っ張って丈を確認する。
……よし、腕は出てない。首も、脚もオッケーだ。

ちゃっちゃと準備してグラウンドへ出ると、相澤先生による個性把握テストが始まった。

「うわぁ……」
目を使う私の個性じゃあ、高得点を叩き出すのは非常に難しい。
それに誰だか知らないけど"面白そう"とか言ってくれた人のおかげで最下位除籍処分なんて話になってる。圧倒的に不利だなーこれ……たぶん発奮材としてなんだろうけど。
私が得意なのは短距離走だけど、それは"個性禁止"の記録の中でだ。女の子の中では上をとれる自信はあっても、やっぱり男の子に混じればそこまで記録は伸びない。
それでもなんとか女子の中で記録を出していると、もじゃ頭くんのボール投げになった途端、相澤先生の目つきが変わった。
「あ……」
「個性を消した!?」
思い出した。ヒーロー名は覚えてなかったけど、昔々に13号に連れられて会ったことがある。
そっか、あの時目を合わせても平気だったのは、この人が、相澤先生が個性を消す個性を持ってたからなんだ……
なんだか妙に納得してしまった私は、トータル最下位から2番目という記録を見つめてまた納得していた。
「ちなみに除籍はウソな」
あ、ですよね。ほっとしたけど最下位の次か、やっぱりへこむなぁ。




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