「ナマエ。好きだ。付き合って」
「……ハァ?」

頭でも打ったか。

「なに寝ぼけたこと言ってんの。もうすぐ食堂閉まっちゃうんだから早く行くよ」

ただの思いつきの悪ふざけ。そう思って受け流して…………もう三ヶ月になる。





それってつまり何倍返し?






「硝子、どう思うあれ」
「どれ?」
「五条だよ。まだ飽きないんだよね……」

毎日毎日、好き好き大好き付き合えよ恋人になれよ幸せにしてやるよ大事にするからさ、の言葉の嵐でちょっと疲れてしまった。
私はもう早い段階で適当な返事を返すようになったのに、五条はまだまだこれを続けるつもりらしい。

「アイツ今日も任務から帰ってきたらどうせまた同じことするんでしょ……あーーー気が重いめんどくさい」
「ドンマイ」
「冷たいなぁ……硝子、一日だけ私と変わってくんない?」
「肥溜めで土下座されても絶対にヤダ」
「だよね〜〜〜」

前までは全然こんなことなかったのに。
教室でぐたぐだと親友に向かってくだを巻きながら、"前まで"のことに思いを馳せる。






あの頃の五条は、まだまともだった。

いや、性格は変わらずクソだし、口も悪いし、悔しいことに呪術の方も今と変わらず強かったし、人間としてはまともじゃなかったけど。
"今と比べれば"、友人としてはまともな部類だったはずだ。



「ナマエさぁ、弱いんだから前出んなよ。ポンコツ」
「……じゃあついてこないでくれる? 気が散るから」
「オマエが呪霊取り逃がしたらどーせ俺か傑が尻拭いするハメになんだろ。……まぁ階級的には他の奴かもしんねーけど」
「そんなヘマしないってば!」
「どの口が言ってんだよ。先週は二級相手に三日もかけてたじゃねーか」
「あれは最初一匹って聞いてたのに報告とは違って四匹もいたから! しかも逃げるし!!」
「その前は呪霊にハメられて一週間も帰って来ないし」
「前後二日は移動日だしそもそも私の体感は半日だったの! まさか呪霊の体内と外で時間ズレてると思わないでしょ。レアすぎて私もびっくりだったんだよ」
「この間も呪詛師に鉢合って満身創痍で帰ってきたくせに」
「…………五条、"満身創痍"なんて単語使えるんだ? 悟きゅん難しい単語覚えてて偉いでちゅね〜傑ママが褒めてくれまちゅよ〜」
「――――とにかく、オマエに迷惑かけられる奴の身にもなってみろよ。しゃーないから俺がバックアップでついてきたんだっつの」



……何度、そんなやり取りを繰り返したことか。
入学してからずっとそんな調子で絡まれ続けて十ヶ月。いい加減もううんざりしてた頃に、五条が嗜好を変えたのか罵倒に面倒くさい煽りが追加されて、三月中旬からこの「好き好き攻撃」が始まった。

"煽り攻撃"が始まったのは、あれは確か……去年の五条の誕生日の後からだった気がする。あの頃から「ポンコツ」とか「弱い」とか「前出んな」が減って、妙な絡み方が増えたんだっけ。

たとえ人間性が崩壊しているクズでも、同級生は同級生。せっかくの誕生日だしなんかしてあげようよ、と提案したのは私だった。
……まぁ、「"なんか"してあげよう」が普通の「なんか」なワケはない。硝子と夏油と私の三人で馬鹿みたいに大きなケーキを焼いて、わざわざ二枚並べたチョコプレートに「からだはおとな おつむはこども じしょうイケメンの さとるくん おたんじょうびおめでとう」と書いて寮の部屋で顔面に投げつけてやったのは傑作だった。自室で油断してたからか無下限も間に合わなくてまともに食らってたし、写真もちゃんと残っている。

更に大晦日が近づいた十二月二十五日。気まぐれで一年生四人だけのクリスマスプレゼント交換会なんてのも催した。夏油の持ってる呪霊で一番トナカイに近しいフォルムのやつに真っ白な袋を持たせて、中に入ったプレゼントに括り付けた紐を私以外の三人が選ぶ。もちろん紐を結んだのは私だから、余りは私が引く。
運良く自分が用意したものが手元に戻ってくることは無く、夏油は五条の、私は硝子の、硝子は夏油のプレゼントを引き当てた。中身を見た硝子は「いらねぇー」なんて嬉しくなさそうな顔をしてたけど、夏油の方がもっと嬉しくなさそうな顔をして呆れてたっけ。
人間が喜びそうなものを、"ちゃんと頭を使って"選んだのは私と硝子だけだったに違いない。ちなみに私が用意したiPod Touchと料理本のセットを引き当てたのは五条だった。

「五条、料理できんの? 硝子が貰ったのと交換したら? 包丁ってどっちの手で持つかわかる?」

そんな私の煽りに「オマエよりできるに決まってんだろ」なんてのっかってきた五条は翌日になって、料理本に載っていたものと瓜二つの料理を、しかも前菜とメインとデザートで三つ揃えて作ってみせた。
食べてみたら信じられないくらい美味しくて、勝ち誇った顔をしている五条に「アンタ呪術師辞めてフランスでも行けば?」なんて嫌味にならない嫌味を言う羽目になって、めちゃくちゃ悔しかったことをよく覚えている。

それからというもの、クソデカ料理人銀髪バカ男は何故か私の苦し紛れの皮肉がお気に召したのか、テレビでグルメレポが放送されるたびに毎週喧嘩を山ほど売ってくるようになった。

「へぇー、これカルパッチョだって。センスの欠片も無いナマエチャンにはこんなシャレオツな料理できるわけないよなぁ〜?」

「ナマエ味音痴だよな? 肉じゃがって基本料理らしいし俺が判定してやるから作ってみろよ」

「オマエ絶対テリーヌとか作ったことないだろ。そもそも食ったことある? どーせ庶民舌じゃフレンチの高級感なんてわかりゃしないって」

「世界中探しても味噌汁沸騰させる女なんてオマエだけだろ」

「アクアパッツァ。できるだろ? ……できないぃ? ッハァーこれだから準二級は」

煽られて腹が立って全部作ってやっていたにもかかわらず、ついには「マカロンは女子の食いもんだろ? ギリ見た目だけ女取り繕ってるナマエには箱だけで十分じゃね?」なんて言い放ったかと思えば、私が自分へのご褒美で買ったラデュレの十二個入ボックス全部食べやがって。
ムカついたからバレンタインに合わせて自分でマカロン焼いて、悔しいからラッピングもそこそこ良いやつを買ってきて……つまり全部自前。
でも出来上がってみれば満足のいく出来だったから、適当な人には配って回り。歌姫先輩に「ナマエアンタ料理上手なだけじゃなくてお菓子まで作れんの? 凄いわね」なんて褒めてもらって。
幸せ気分で共有スペースを退散しかけたあたりで、ちょうど帰寮してきた五条にいつものように絡まれたのは……まぁ、想定の範囲内ではあった。

――――コイツの行動がある程度想像できたからといって、腹が立たないかと言われたらそんなことはない。
もちろんその時も例に漏れず腹が立った。

自称・イケメン最強呪術師の性格クズ男は、私が手に持っていたラッピング済のマカロンをジロジロと眺めたかと思えば心底馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ひとの努力を鼻で笑いやがったのだ。

「ッハ、どーせバレンタインなんて渡す相手居ないだろ? 女子のフリなんてやめとけよな準二級"非力"ゴリラ。これ見よがしの女アピールなんて見苦しいっつの。どーせ残飯になるんだし、"優しい優しい悟くん"が処分してやろうか?」

――――ホラ、女子の食いもんだぞ。欲しけりゃ三回まわってワンと言え。

もしタカられたらそう言って見下すつもりだったけれど、「準二級"非力"ゴリラ」は流石にセンスが無さすぎるあだ名だった。仮にも準二級ですけど? そりゃ腕力ゴリラの五条と夏油から見れば、私なんて非力かもしれませんけど?

女子のフリとか、アピールとか、残飯とか。失礼すぎてどこからツッコめばいいかわからなくなって、結局出てきたのはYESでもNOでもなく返答にすらなっていない文章だった。

「……なに、五条って私のこと好きなわけ?」
「…………んなわけねーだろ自意識過剰女」

一瞬返答に詰まった五条は、私が何言ってるか本当にわからなかったんだろう。大丈夫、言ってる私もよくわからなかったから、アンタがわからないのも無理はない。
これ以上失礼なことを言われたら流石の私もキレ散らかしそうだったので、さっさと五条を追い払うべく大人な対応を心掛ける。

「ハイハイ。じゃあいちゃもん付けてくるのやめてよね……ハイこれ」
「あ?」
「バレンタイン、作りすぎちゃったから。どーせ誰からも貰えないナルシストの五条に、"優しい優しいナマエ様"が"手作りの残飯"恵んであげるわ」
「…………」

物凄い顔で私の差し出す袋を見つめる五条が次になんて言いそうか、大まかに換算して一年は同じ釜の飯を食ってる私にも想像がつく。
私の術式で寮の共有スペースを滅茶苦茶にして担任に叱られたくはなかったから、予想が当たるより前に先手を取って言葉を続ける。

「"残飯じゃない方"は、硝子と夏油に渡したから。モテないからって二人の分まで横取りしにいかないでよ?」
「そんなに食い意地張ってねーよ。ナマエじゃあるまいし」
「……文句があるなら返してくれる? 夏油にでもあげてくるわ。アイツめっちゃ褒めてくれたから、もっかいあげてもたぶん喜んでくれるはずだし」
「傑が腹壊したらどーすんだよ」
「何度も味見したんだから大丈夫だってば!」

クソッ本当に腹立つなコイツ。同じくらい性格は悪いけど、せめて表面上は取り繕える夏油を見習ってくれないかな、本当に。顔だけは良いからか頭の中で手作りの価値が暴落しているらしき五条にやるよりは、たぶん夏油の呪霊に食べさせた方が"残飯"も喜ぶだろう。

「………………ホワイトデー」
「ん?」
「何欲しいんだよ」
「あー……」

それで、なんて答えたんだっけな。何も欲しくないって言ってるのにやたらとお返しの話をするもんだから、何もかも面倒くさくなって「優しい彼氏が欲しいから御三家パワーで調達して来いよ。やれるもんならな」みたいなことを言ったように思う。
オマエに恋人なんて百年早い、とかなんとか急に不機嫌そうな顔をした五条は、その一ヶ月後のホワイトデーで私を捕まえてこう言い放ったのだ。


――――ナマエ。好きだ。付き合って。






そんな回想を終えた私はぐったりと机に突っ伏した。
あぁ、面倒くさい。私の言うことなんて零割零分二厘くらいしか聞いてくれたことがない性格の悪い五条が、本当に"優しい彼氏"を連れてきてくれるとは勿論微塵も思ってなかったけど。

……嫌がらせひとつでこんなに長いこと付き纏われるなんて。

「ただいまー」
「ゲェッ」

どうせ五条は報告を終えたら真っ先に寮へ戻るだろうから、教室で時間潰ししよう、なんて計画だったのに。
全く疲れた様子も見せずに教室のドアを開けた五条に向かって、硝子は「おかえりクソ男」とひらひら手を振っている。

「ゲってなんだよ」
「……五条、夜蛾先生が呼んでたよ」
「嘘つけ。さっきそこですれ違ったっつの」
「あー……」

バレたか。良い案も思いつかないし、もうここは普通に正面突破しかないな。

「じゃあ私たちはそろそろ寮に帰ろっかな。アンタどうせ夏油と待ち合わせでもしてるんでしょ?」
「いや、ナマエ迎えに来ただけだし。俺も一緒に帰る」
「誰も迎えに来いとは」
「…………私、もうすこし時間潰してから帰ろうかな」
「やめてやめて見捨てないでよ硝子お願いだからついてきて」
「マジ? じゃあお言葉に甘えてナマエと二人っきりで帰ろうかな」
「いいよー」
「裏切者め……」

結局、梃子でも動かなかった硝子に見捨てられた私は、泣く泣く五条と一緒に寮へ戻るしかなかった。あそこで粘っていたって五条は諦めないだろうし、それならさっさと寮に帰って自室へ引き上げてしまった方が最短でこのバカから離れられると思ったからだ。


夕暮れに沈んでいく寮までの道は、五条と歩くといつもより長く感じる。
そんなに遠くはないはずなのに。たぶん横からずっとバカの独り言が聞こえているからだ。
早足で石畳の上を進む私に対して、脚の長い五条は何ともない様子で横に並んで歩いている。歩幅で五条に勝てることは天地がひっくり返ってもあり得ないから、できるだけそちらを見ないようにして前へ視線を固定し、脚を動かすことに集中するしかない。
パタパタと走っているかのような慌ただしい靴音は私で、コツ、コツ、と優雅にも聞こえる音は五条のもの。

「なぁ、そろそろ俺と付き合ってくれる気になった?」
「……」
「本当に好きなんだってば……信じろよ」
「……」
「大事にしてやるからさ。好きだよ、ナマエ。俺の恋人になってよ」

毎日繰り返されている言葉をいつも通り聞き流そうと思ったところで、ふと頭にひとつの仮説が思い浮かんだ。

――――もしかして、私が「うん私も好き悟の恋人になる」なんて言えば、このバカは満足するだろうか。

想像の中の私が頷いた瞬間、五条がしてやったりという顔で「騙されてんじゃねーよバーーーーカ」とか言って爆笑している姿が目に浮かぶが……そろそろ私も安息の地を見つけたい。


「――――うん。いいよ」
「えっ」


足を止めた私が五条を見上げてそう言った瞬間、五条が驚いたように目を見開いたのがサングラス越しでもよく分かった。

よしこれでやっと平穏が訪れる…………と思ったけれど、銀髪バカがとったのは斜め上の行動だった。


「やった……! じゃ、じゃあ今からデート行こ!」
「は……」

ま、まだ続けるのかコイツ。
確かに、この"バレンタインのお返し"という悪ふざけに付き合ってやるまで三ヶ月もかかったのだ。つまりその間に後輩もできた。
もしかしたら同じくらいの期間、"恋人ごっこ"をやり続けるつもりかもしれない。

もうこうなりゃとことん五条に付き合って、このバカが満足するまで我慢するしかない。
私は予想以上の面倒くささに白目を剥きそうになりつつも、仕方なく頷く他なかった。





――――――特級になると、思考回路まで特級の阿呆になるのだと気づく頃には、実に六年の歳月が経っていた。


ねーねー遊びに行こうよ。ご飯食べようよ。これお土産だよ。手繋ごうよ。キスしていい?

任務に失敗しても、夏油が離反しても、五条の一人称が俺から僕に変わっても、高専を卒業しても。五条はずっとそんな調子だった。
流石にキスされそうになった時と押し倒されそうになった時と実家に連れていかれそうになった時は術式まで使って死ぬ気で自分の身を守ったし、"優しい彼氏"の五条は私の意思を尊重してくれた。

……いや、尊重とかじゃなくて。最悪このままだと私の戸籍にバツが付く可能性まで出てきたからだ。五条にいくつバツがつこうと知ったこっちゃないが、私はいずれ本当の意味での"安息の地"を見つけたいと心の底から思っているんだから、非常に困る。

「次の土曜さ、時間できそうだから……夜景が綺麗なフレンチとか食べに行かない?」
「あーごめん、その日は合コン行くから無理」
「…………ハァ?」

私の返答が気に食わなかったからか、サングラスを掛けていない五条がこの世の果てを切り取ったような瞳でこちらを睨んでくる。

僕の家で映画見ようよ、去年のやつ円盤買ったんだ。もう二百回くらい聞いた誘い文句だが、仕方なくついて来てやって一本観終わって、そろそろ一緒に住まない? なんて面白くもない冗談を聞き流したところで今に至る。
食事の誘い方もいつも通りだし、いつもは私も仕方なく付き合ってあげてるけれど……今回ばかりは頷けなかった。

生憎、その日は「私の今後が変わるかもしれない大事な予定」が入っている。

私みたいな呪術師は出会いが――――"頭の中身がまともな人"との出会いが極端に少ないから、こういう機会を逃がすわけにはいかないのだ。なぜか呪術師の男連中は私を遠巻きにしているし、つまり"まともじゃない人"とですらそういう浮いた噂のひとつにもなりそうにない。
そんな中、たまたま仲良くなった窓の子が合コンに誘ってくれて、「よし、これで私も安息の地を」と意気込んで当日を楽しみにしているのに。

――――五条の都合でおじゃんにされて堪るものか。

「なに? どこ行くって?」
「いやだから合コン。一昨年の暮れに会った子いるでしょ? で、パイロットとの――――」
「僕と付き合ってるのに? 合コン行くの?」
「は? 誰が付き合ってんの?」
「ナマエが」
「誰と」
「僕と」
「――――なんで?」
「……いやいやいやいやいや『付き合って』って言ったら『いいよ』って言ってくれたよね!?」
「いや五条がしつこすぎてマジでうんざりしてたし。悪ふざけの次元超えてて面倒くさかったし……そう言えば黙るかと思って」
「はぁーーーーー???」

私の指摘に頭を抱えた五条がその場に突っ伏した。勢い余ってコーラの缶を握りつぶしている。もちろん自宅であっても無下限は回し続けているからか、ぶしゅりと零れた黒橙の液体は五条の手から離れたところを伝い、腕から膝まで染み込むことなく床へと流れていく。

「なんだよそれ……なに、ずっと僕のこと騙してたわけ……?」
「人聞き悪いな、騙してないし。ずっと付き合ってあげてたでしょ? 流石にバレンタインの"お返し"の悪ふざけでここまで引っ張るとは思わなかったけどさぁ」
「……」
「ねぇ、そろそろオチ考えようよ。ゴールは? どこ着にすんの? 戸籍にバツつくのだけは本っっ当に嫌なんだけど」
「…………」

私の言葉を受けて、仕掛け人・五条悟は静かに部屋を出ていった。やっと大オチを披露する気になったんだろう。

……っておいおいおい、このジュースの池はどうすんのよ。
役目を放棄した家主の代わりに仕方なくティッシュで床を拭いてやっていると、ものの十数秒で最強のバカは帰ってきた。
仕掛け人はゆっくりと傍らにしゃがみ込むと、床を拭く私の手を取って一緒に立ち上がらせて、じいっと私の目を正面から覗き込んでくる。

「なに? せめて片付けるの手伝ってからオチ発表してほしいんだけど」
「……ナマエ。本当に、僕が学生の頃の"悪ふざけ"なんかを……今まで続けてるんだと思ってる?」
「そうだけど? それ以外になんかある?」
「……今度の土曜、結構いいレストラン予約してたんだけど」
「知らないよ。当日じゃないんだからキャンセルきくでしょ? 電話くらい自分でしてよ」

私がそう言い放つと、五条はスッと膝を折ってその場にしゃがみ、空色の六眼で私を見上げてくる。

「そこで渡すつもりだったんだけど……」

おっきな手で持った、小さな箱。パカリと五条が開けたソレの中には……

「ゆび……わ」
「うん。僕と、結婚してほしい」
「嘘でしょ……」

至って真剣な顔で「嘘じゃないよ」と言って指輪をクッションから抜いた五条が、そっと私の左手を取る。

――――あ、これもしかして嵌められるんじゃ

「ま、待って待って待って私まだイイって言ってない」
「ダメ?」
「いやダメとかそういう話じゃなくて、そもそも付き合ってないし」
「……僕は付き合ってるつもりだったんだけど。周りの術師にもそう言ってあったし」
「道理で飲みに誘っても誰もついてこないわけだ……」

"最強の五条悟"の女に粉かけるバカは居ない。
そりゃそうだ。まともじゃない人間だとしても、流石に命は惜しいだろう。

「ね、僕と結婚して?」
「……」
「一生大切にするから」
「…………」
「愛してるよ、ナマエ」
「………………ま、まずは恋人から、オネガイシマス」

まだ待たされんのかよー……と天を仰いだ五条は、その一年後にキッチリとスーツを着込んで夜景の綺麗なレストランを予約して、もう一度プロポーズをやり直してくれた。
もちろん私もそれに二つ返事で頷いて、数年経った今ではお揃いのデザインの結婚指輪を付けている。

硝子に結婚の報告をしたときは「どうせすぐ絆されるだろうし面白かったから放っといたけど、こんなにかかるとは思ってなかったよ」と笑われたし、七海には「本当に付き合ってないと思ってたんですか?」なんて目を真ん丸にして驚かれた。


……自分のことをずっと馬鹿にしてたクラスメイトが本気で告白してきただなんて、普通信じられないよね?


まぁ五条に――――悟に、一度も訊かなかった私が悪いんだけどさ。



+++++


2021.03.03




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